「蛇使いの女(La charmeuse de Serpents)」その2

 海藤が病院に搬送されると厳戒態勢でG.F.Oの医療班へ対応が引き継がれた。斯波禎一しばさだかずは自宅から緊急回線で接続し、監視班と情報共有をしていた。


 血圧や血中酸素も大幅に低下、刻一刻と変わるのを目の当たりにすると斯波も監視班の面々も動揺は隠せない。そのほか生命維持に関する数字も全て最悪の値を示しているが、不幸中の幸いか「光の男マン・レイ」のナノ・マシンは一部動作しており、これによって一命を取り留めている。


 「今度は白昼堂々と仕掛けるとはな…」

 「光の男マン・レイを襲撃後、対象は現在も移動中と現地即応班からの報告です」

 「攻撃の方法や被害から察するに… 何らかの毒物か?」

 「その通りです。光の男マン・レイの被害状況から、相手は特殊細菌を自己防衛システムとして使用する自動作用オートマティスムと推定しております」

 「体内に独自の自己防衛システムを持つ… 光の男マン・レイと類似した性質か…」


 監視班の青島文香あおしまふみか同様に斯波も驚いてはいたが、似た能力を持つ個体が登場するのはありえないことではない。


 更に気になるのはその被害状況だ。


 彼女が細菌を自在に操れるとすれば、関係者への更なる攻撃や無差別攻撃を懸念しなければならない。先日、斯波学長と特別面談をした赤瀬川の様子から察するに、これはかなり強力な交渉の手札の一つになっているはずだ。最悪の場合、首都圏および本土全体への警戒態勢を敷く必要がある。


 「標的は移動中とのことだが、周囲への二次被害は?」

 「現出地点、および周辺エリアの二次被害は一切確認されておりません」

 「青島君、現地の映像は?」

 「はい、もちろん。現地即応班からの映像がこちらです」


 青島は斯波に光学迷彩で偽装したドローンによる空撮映像を共有したが、周辺地域の日常そのものだった。地上で撮影された現地即応班の福田たちの動画にも、海藤が搬送される以前のような景色が映っている。


 さらに、これだけ強力な毒素を放っているというのに、本人がカフェで使用していた食器等には該当するような最近の残留は確認されていない。斯波は症状の潜伏期間を考慮し、カフェの従業員を含め現地の周辺人物の特定と七十二時間の監視を指示した。


 「もしや… 細菌の活動期間や感染範囲も操作できるのか…?」

 「斯波氏、御明察です。現在L.O.Wは標的を蛇使いの女ラ・シャルムーズ・デ・サーペンツと名称を決定しました。」


 斯波の独り言に呼応緊急回線を通してルシール・オクスブラッドが彼の自邸に姿を現した。これまでにない事態に、流石の女史も狼狽の色を隠せないでいた。


 「その名称になぞらえれば血清は彼女本人の他はない」

 「その通りです。若しくは、光の男マン・レイの能力が回復するのを待つ他は…」

 「女史、光の男マン・レイのナノ・マシンの自己修復サイクルは、そちらのデータにありますか?」

 「共有致しましたが、今の状態であれば最低でも二十四時間を要します。まさか、それに賭けるとでも?」


 現在確認される海藤の生体データでは、二十四時間この苦痛に耐えられるほどの余力がないことは明らかだった。


 「嘘でしょ…?」


 監視班の青島も表情を強張らせながら、医療班から監視コンソールへ共有される数値を観ている。この数値の向こうに、今も光の男マン・レイが苦しんでいるのが伝わるようだった。


 これだけの事実を目の前に、普段冷静な斯波にも焦りの気配が漂っているものの、彼の表情は既に問題を解決したときのそれであった。


 「ルシール女史、時は一刻を争っております。そんな猶予はありません。それに、私はせっかちな性分ですので…」

 

 ルシールは彼に何か秘策があると気づいたが、まるで見当が付かない。あの男は、自分たちの知らないことをよく知っている。だが、自分たちは余りにもこの男のことを知らない。


 一方で「蛇使いの女ラ・シャルムーズ・デ・サーペンツ」こと彌生武子やよいたけこは、赤瀬川鈴寿あかせがわすずと二人で異次元空間の密会をしていた。この空間は、例の如く小原尚美おはらなおみの空間操作能力「エマク・バキア」の小規模展開で構築されたものだ。


 彌生の能力によって光の男マン・レイに能力喪失に匹敵する損害を与えた。この大殊勲に加え、背後の協力者たちを脅かすこともできる。戦闘ではない故、例の奇妙な協力者の出る幕ではない。


 さらにあの斯波と言う男は賢い故、この脅威を無視することは絶対に無い。ましてや本土にこの一件が共有されれば、危険性から警察機関や自衛隊にも無反応でいられる筈がない。


 「これでカードは揃った。これで、あの学長ともう一勝負ってところね?」 

 「ただ、私たちは彼の命を奪うことが目的ではない。万が一の時は…」

 「鈴寿、判ってるわよ。彼が私にもう一度接触すれば、解毒できるわ」

 

 連中が自分たちに再び救済を求めて接触するとすれば、それは降伏を意味する。圧倒的優位、その言葉が赤瀬川の脳裏に浮かんだ。そんな彼女にも、一つ気になっていることがあった。


 「ところで武子、感染させる方法ってアレしかなかったの?」

 「えっ?いや… 彼の身体に触れるだけでも良かったんだけど…」

 「けど?」

 「彼、近くで見てみると可愛い顔してるから、ついやっちゃったのよ」


 なんとも過激な淑女だと赤瀬川は呆れてしまった。美人にありがちな話だが、突拍子もない仕草や動作で男子がコロッと参らせてしまうのは、どうやら彼女も例外ではないらしい。彼女は元来、強烈な毒を持っているようだった。

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