「世の中の仕組み(Structure of the World)」その2

 普段と変わらない学長室を訪れると、そこには斯波学長の姿がある。


 一つ異変があるとすれば、この斯波禎一しばさだかずだが、赤瀬川の眼に別の顔が見えていることだった。


 世間的にはこ次世代型海上学園都市「扶桑」の東京新区統合校の学長だが、その一方で十年前に米国で起きた例の事故、通称「間借人LODGER」と呼ばれる超常現象の動向を追う組織「G.F.OGoing For The One」の長でもあり、あの「光の男マン・レイ」の支援者である。


 まるでマンガやアニメに出てくるような単語の連続、彼は紛れもない黒幕フィクサーだ。


 「ようこそ赤瀬川生徒会長…君が来るのを待っていた」

 「斯波学長、お忙しいところ恐縮です」


 一礼する赤瀬川、傍目から見れば「新しい生徒会長が学長へ挨拶に伺った」という学校生活の一風景に過ぎないが、互いに別の顔を持っている。


 「歓迎する。他の二人も呼んだらどうだ?」

 「それは副会長の黒木と小原か… それとも、仄かに光る双子グリマー・ツインズのどちらでしょうか?」

 「どちらでも構わないが… 後者だと話が早い」


 斯波は赤瀬川が「仄かに光る双子グリマー・ツインズ」と呼称したことを聞き逃さなかった。間借人LODGER案件の一切はデジタル、アナログいずれの情報であってもアクセスは困難、まして監視の目を掻い潜ることは不可能だ。仮にそれが出来るとすれば、やはり時山爾子の能力以外にない。


 「斯波学長、貴方や同盟者は間借人LODGERに関する事象を一切排除するお積りですか?」

 「赤瀬川君、国家は常に安全保障と経済を念頭にする。この日本で、ましてこの扶桑で十年前の事故を繰り返す訳にはいかない…」

 「学長は間借人LODGERの能力を、どのようにお考えでしょうか?」

 「あの能力は現代科学を超越している。紛れもなく人類に新たな進歩と調和となり得るものだよ」


 現代科学を超越した魔法の領域に至った能力、科学だけではなく現存するあらゆる叡智や思想信仰すらを覆すだけの存在であることは嫌と言うほどに理解している。

 例えば「光の男マン・レイ」の能力一つを例にしても、この地上から難病やあらゆる感染症を根絶できるだろう。


 「私も同じ意見です。そして私は、その進歩と調和が始まる時期到来と考えています」

 「赤瀬川君、その歩調はあまりに性急過ぎるとは考えなかったかね…?」

 「人類の変化、進化は常にそうだと歴史が幾度も証明しています」


 ならば何を歴史から学んだというのか。物事に順序があるように、生物の進化には時期がある。過去を振り返ることはせず只管に未来への脱出、現在の全てを蔑ろにすることは愚行に他ならないと斯波は考えている。

 現在の人類が間借人LODGERの能力を契機とする進化を熱望すれば、この能力を巡って新たな資源争奪の衝突が始まるだろう。その先に待っているのは進歩と調和ではなく、退歩と分断のそれでしかない。


 「初めに聞くべきだったが、君たちは間借人LODGERが何か知っているのかね?」

 「正体…ですか?」

 「全知全能の能力を持つ存在だが、あれは我々と同じ存在だ」

 「学長… 失礼ですがそれは一体どういうことでしょうか?」

 「間借人LODGERは異なる次元…分岐タイムラインで進化した人類だ」

 

 斯波の一言に、赤瀬川は言葉を失った。同じ人類と、この男は言った。あの異形と異能の存在が、ましてや異空間を展開する物体が人類だというのか。


 「私たちと同じ、人類…?」

 「そうだ。彼らは現在の我々が科学と呼ぶ英知の頂点、あるいはその限界を超えた新たな地平にまで至った分岐タイムラインからの使者だ」


 歴史、時間の流れは幾億兆もの分岐タイムラインから最適化と集束を繰り返して構成されており、現在我々が存在する歴史はその本流にあたるのだが、彼らはそうした分岐から逸脱した存在だという。


 「それだけの存在が、どうして遥かに劣るこの世界へ…?」

 「先進的過ぎたのだ。それ故に種としての役割と進化の終焉を迎えた… そこで別分岐の人類との融合調和し生存を図っている」

 「それがこの世界に姿を現した理由ですか…」

 「その通りだ。何れ君も詳細を知るだろうが、あの事故もその過程で起きたものだ」


 赤瀬川はこれまでの話を聞いても、斯波を狂人とは思わなかった。彼の語る内容を証明するような記録が、いつの間にか立体映像ホログラムのように何の装置も無しに表示されているではないか。やはり彼も間借人LODGERの一人かと彼女が思ったところに、斯波が口を開いた。


 「それと私は、君が想像するように間借人LODGERの接触者ではない」

 「それは、例の協力者も同じでしょうか?」

 「ふふふ、その通りだ。あちらの実力に関しては、君の友人が接触して知っているだろうが… 荒事は奴の十八番だよ」

 「そうですね。極めて厄介だったと聞いております」

 「ははは、それはそうだ。私も真正面からなら手を焼く存在だよ」

 

 大した隠し玉だと赤瀬川は思った。仮に、光の男マン・レイこと海藤健輝を排除したとしても今度はこの正体の知れない上位存在たちと戦うこととなる。


 「私から伝えたいことは伝えたが… これ以上の出過ぎた真似は身を亡ぼすとだけ忠告しておこう」

 「斯波学長、御忠告ありがとうございます。我々は十二分に出過ぎた真似をしておりますので、信じる道を進むだけです」

 「それも良いだろう。少なくとも、君たちには選択する権利がある」

 「はい、それに反抗は十代の特権… その先にある未来であるとか、運命と言うのもは、自分の心次第だと考えていますから」

 「運命は裏切るのが常だとしても、やるのかね」

 「


 可憐な容姿と裏腹に、中身はまるで曹操孟徳のような豪傑に通じる精神を持っている。これだけの事実を目の当たりにして、尚も自分の信念を曲げないというのは、いよいよもってこの少女の精神力が並外れたものであると判る。


 現に彼女の目に溢れているものは虚勢ではなく闘志だ。


 「斯波学長、最後に一つよろしいでしょうか?」

 「我々に協力するという申し出なら… 是非に及ばずだが」

 「光の男マン・レイは、あの事故の真相を知っているのですか?」

 「それはいずれ彼が向き合うことになる。その覚悟だけはしておけと、伝えてある」

 

 斯波の答えに全てを期待しなかったが、いずれ向き合うのであればまだ自分たちにも選択肢は残されていると赤瀬川は考えた。


 そうだ。運命と言うのものは自分の心次第、正しいと証明するものは己自身だ。

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