第6話「世の中の仕組み(Structure of the World)」

「世の中の仕組み(Structure of the World)」その1

 生徒会長、赤瀬川鈴寿あかせがわすずは放課後の活動を終え会長室で一息つくと、ここからもう一仕事が待っていた。


 彼女は時山爾子ときやまにこが目安箱にこっそり投函した手紙を手にしていた。だがキレイに折られたそれを開いてみると、白紙あった。


 「あれ? 白紙…?」


 これは不思議と思って紙面に触れてみると、彼女の要件が表示された。先日、光のマン・レイがアンダルシアの犬と格闘するの映像が再生さはじめたではないか。

 

 無論、この手紙は折り畳みできる極薄ディスプレイでもなければ投影機能をもったそれでもなく、紛れもない紙の便箋であった。


 「爾子は見たものをこうやって保存… 共有もできるのね」


 時山の能力「閉じられたレズィユ・クロ」が急速に進化していることに驚きつつ、これで一つ、向こうの戦力を制圧したと赤瀬川は思った。

 いかなる拡張子をも用いないこの映像情報ならば、例の監視班やあの厄介極まりないルシール・オックスブラッドの眼をかいくぐることが出来る。そこで、これを投影してやることはできないかと赤瀬川は考えていた。


 「それにしても、士別れて三日なれば刮目して相待すべしとはいうものの…」


 映像に映る光のマン・レイの戦いぶりを見ていると、彼の身体を透視した姿に切り替わる。そこには過去に時山が透視した波長と光が重ねられると、元の波形よりも大きくなり、その光も強くなっている。


 この兆候は明らかに成長や進化を思わせるものだ。この短期間で戦闘能力で遥かに勝る個体を休眠、再起不能に追いやっている。紛れもない自動作用オートマティスムの最上位、あの双子が語ったように筆頭の脅威だ。


 「気になるのは尚美との接触… あれは一体?」


 彼に協力する間借人LODGERの接触者はルシール・オックスブラッドの他にあり得ない。


 現にこの学校で現出した残りの接触者は、海藤が転校してくる前後での接触は一切無いことは確認済み、第一にあの一件で確認した能力の性質は異能を持つ自分たちからしても「異能」と思わされるほどだった。

 

 「だとすれば、やはり…」


 ここで赤瀬川が導き出した答えは、海藤の支援者である斯波禎一しばさだかず間借人LODGERの接触者ではないかということだ。しかしこれも憶測、彼がそうであれば何故自らが手を下さないのかということだ。


 断片的な情報からでも我々三人を凌ぐ能力であり、光のマン・レイに頼る理由がない。


 「そこは直接、学長に確認しようかな」


 その斯波学長とはこれから生徒会長として面会がある。これは表でも裏でも気になっていることを直接確かめる絶好の機会だ。向こうも向こうで、この生徒会の活動にお小言の一つ二つはあるだろう。


 ならばどう出るかと、赤瀬川は不敵に「ふふ」と笑うのだった。


 赤瀬川たちに驚異的な成長ぶりを見せつけた海藤は、今現在は手も足も出ない状態になっていた。


 例の如く、放課後に武道場が空いていたので河上義衛かわかみよしえから手ほどきを受けていた。河上は珍しく胴着と袴姿の彼を見て、それこそ侍のように見えた。しかし、その河上と来たら素手でもかなり強い。


 今回は互いに向き合って立ち、彼をひっくり返して肩を地面に付けたら勝ちというお題を出された。これもやはり、一見すると単純だが一向に上手くいかない。両腕を掴んでそのまま引っ張ろうとしてもびくともしない。逆に、掴んでいる海藤がそのまま押しつぶされるように沈んでしまう。思い切って、体当たりしてひっくり返そうとしても突進してきた海藤が跳ね飛ばされてしまう。どうにもこのトリックが判らないと、もう一回くらい投げを受けてしまうなと天井を眺めながら海藤は考えた。


 「なんとなく判った。足だ…」

 「その通りだ健の字、袴だって立派な武具だぜ? 足の動き…力のかかってる向き悟らせない。現代格闘技じゃ、見落とすとこだ」

 「今、ひっくり返って、袴だって思ったよ…」

 「わかっただけでも大したもんだ」

 「なるほどね…じゃ師匠、これ脱いでやってみてよ。それなら勝てるかも」


 海藤はそれを聞くや「今がチャンス」というように、河上の袴を引っぺがそうとしてきた。流石のこれには驚いて、そのままひっくり返ってしまった。その一方で自分の勝利条件の達成に余念がないのが海藤らしいところだったが、感心しているところではない。彼は。これは流石の河上も大いに焦る。

 

 「馬鹿!やめろ!何するんだ!」

 「今だ!これなら勝てる! 兵は詭道也って…こないだ言ってたじゃないか!?」

 「こんな方法で活かすんじゃない! やめろ! 今すぐやめろ! 袴から手を離せ!」

 「ちょっと… 何してるのよ二人とも…」


 そこに二人のやり取りをピタリと止める声があった。


 二人が視線を向けた先には、風紀委員の山岡蓮が立っていた。


 彼女は放課後の巡回中、武道場で騒ぎ声が聞こえたので寄ってみたが「とんでもない事に遭遇した」と、彼女の顔にありありと「疑惑」の二文字が浮かび上がっているではないか。この極めて重大な誤解を、何とかしなければならないというのは海藤も河上も一緒だった。

 

 「蓮の字… ち、違う。これは違うんだ」

 「山岡さん、違うんです。僕は袴の下が気になったんです!」

 「え、ええと、ど、どういうことかしら…?」

 「健の字… お前は少し静かにしててくれ!」


 成程、だとは毎朝のやり取りでも思っていた。なるほど、河上が朝遅いのはそういうことかと。そして、この転校してきた美少年もまたなのかと、まるで割符を合わせたように全てが一致していった。そう、時すでに遅し、彼女に浮かんだ疑惑という二文字が「確信」の二文字に変化するのがわかった。


 「だ、大丈夫… わ、わわ私、誰にも言わないから… そ、それじゃ…」 


 そそくさと武道場を後にする山岡の背を見ながら、二人はとんでもないことになったと後悔しかなかった。


 「お前、明日から時間をずらして登校してくれ…」

 「もともと時差があるからいいと思うけど… 開き直って一緒に登校する?」

 「万事休すだ… 俺は悪左府じゃないんだ…」

 「こんなときに聞くのもなんだけど… 誰それ?」

 「うるせぇ、後で検索しとけ…」


 翌朝、風紀取り締まりにいそしむ彼女は相変わらずだったが、二人に向けられる視線は妙によそよそしかった。


 そして昼休みなどは、そういうことに関心の或る女子たちから「妙な視線」を向けられるのだった。


 「まったく、困ったもんだよ…」


 海藤はぼやきつつ、河上が言った例の人物を図書館のアーカイヴで検索していたが、終生忘れ得ないような古典文学との出会いに大いに後悔と混乱するのだった。

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