「アンダルシアの犬(Un Chien Andalou)」その4
「赤瀬川、黒木、小原… あの双子も大した三人を選んだものだな」
海藤が深夜の激闘を繰り広げているうち、斯波が救援に向かわせたG.F.Oの現地即応班は、小原尚美の「エマク・バキア」が展開する異次元空間に軟禁されていた。
お陰でこちらは、監視班も分散対応となり支援を絶つ形となってしまった。今回は海藤の経験値と機転が生きたことで助かったが、あと一歩のところまで追い込まれてしまったのは失策だ。何とか現地で彼を救出できたものの、彼に刻まれた傷跡は自分たちが負うべきものだったと、猛省と改善を図らねばならない。これまで監視班の詰所や本部の物理および通信アクセスも厳重に制限しているが、このように先手を打たれたとあっては位置情報などは既に特定されている。該当の能力については、既に目星がついている。
「
彼女は
「さて、あとは表の仕事だ…」
世界中に拡散された美堂敬介の能力、例の奇妙な生物の映像に関してはその話題性が一気に終息を迎えつつある。協力者のルシール・オックスブラッドはこの情報を削除するどころか、更に氾濫させた。それも「この生物の創り方」として、アナログとデジタル何れの手法からも「再現可能」である証拠動画やテキストを世界中に拡散している。その速度と言えば、彼女の電子データを操作できる能力の真骨頂と言えるだろう。
随分と大仕事を連続で手伝ってもらい、今回得られた
また、情報戦の極め付きには名乗りを揚げたロボット製作企業による声明発表。過去にも同様に第三者による情報リークがあったことを説明し、動作試験中の損害を被った場合の補償に関しての報道が始まると、人々の注目はその企業に移り、本土にある支社に向かっての批判を向けるようになった。
真実を隠す最良の手段は巧妙な嘘ではなく、数に勝る新たな真実ということを斯波はこれまでの仕事でよく知っている。これも技と言うべきものだった。
一連の対応を考えれば、事件の余波は生徒間のほうが大きかったかもしれない。
例の美堂敬介を初めとして、能力から解放された連中が元に戻ると記憶がなかったため、どうして自分たちがここにいるのかも、何故集まっているのかも判らないでいた。ただし、学校でも耽美系で知られた男子生徒が、女子生徒に囲まれて屋外で眠っているとはただ事ではない。
ここで第三者に発見されて一件落着のはずが、そうは行かなかった。なんと彼は能力とは関係なしに、彼女たちを繋いでいたのだ。要するに、
全く理解不能な景色に、近隣を通りかかった住民も学校関係者も頭からクエスチョンマークが消えることはなかった。何より、こういうトラブルは生徒間で圧倒的速度でもって広がり、話題のトピックスは完全にこの珍事件に入れ替わってしまった。
「たまに早起きしてみると、珍しいものが見られるもんだな」
「人の不幸で活き活きするなんて、ロクなことにならないわよ」
この伝説の目撃者となった生徒が二人、教室で話していた。
毎日一番の登校を心がける風紀委員長である
「まったく、風紀はどうしたらいのよ…」
「蓮の字、俺はこの責任を取って副委員長をやめろとか、そういうことは言わない」
「案外優しいのね」
「だろ? だから安心して今後一切、俺の遅刻をなかったことにしてほしい」
「どさくさに紛れて変な要求をしない!」
流石に許せないと、漫画のように河上の両頬を思いっきり引っ張ってやった。彼らの教室では、よく見る光景である。周囲もそのやり取りに笑っていた。
「ところで海藤君を見なかったけど、どうしたの?」
「ああ、体調悪いから欠席するって連絡くれたよ」
件の海藤はというと、完全に疲労困憊。自分の能力で外傷の回復を図ろうとするも、いつもの何倍もの時間が掛かってしまうほどで、G.F.Oの医療班に世話になっている。彼が不在であることは、一部の生徒以外は普通に心配する程度だった。その心配する生徒のある一人、一部始終を見ていた時山爾子は独自の課外授業に勤しんでいた。気分が悪いと仮病を使って午前の授業を抜け出すと、彼が深夜に走り回っていた外周コースを歩いてみた。あの光景を自分の目で確かめたくて気持ちが落ち着かなかったのだ。
「あの時、光の波長が変わった… あんなに弱っていたのに、また力強く光った」
海藤が持つ
「やっぱり、結構残ってる」
彼女の眼にはまだ機能を停止していない、それこそあの光の残滓を確認できる。彼は確かにここで戦っていた。それも、普通の人間であれば見ることのできないほど、微弱ではあるが美しい光を明滅しながら機能を停止していく。その景色を眺めていると、人の気配を感じた。
「おい、そこで何してる」
まさかと思って声を掛けられた方向を振り向くと、そこに居たのは河上だった。そこで何しているのかは、こっちも聞きたいところであったが、この自由人に行動理由は存在しない。一年生の時は同じクラスで、その辺りはよく知っている。
「そっちこそ。今は授業中だと思うけど」
「「爾の字こそ、今は体育の外周ランニングってわけでもないと思うが?」
「そっちもお得意の、ちょっと気分転換ってやつかな」
「おい、俺のは
「とりあえずホッブズに謝りなさいよ…」
「マァ何だ。爾の字も
この一言に、時山はぎくりとした。例の連中というのは、今朝から騒動になった美堂と十二人の女子か、それとも自分が関わっている生徒会の三役か。いや、後者は彼が知り得るところではないはずだが。普段から自由人で、やたら耳ざといところがある。まさか知られているのではないかと顔に出さないだけで精いっぱいだった。
「そうね… それじゃ授業に戻るわ」
「おう、そうしたほうがいい。俺は海藤のところに寄っていくが、何か伝言あれば」
「彼、欠席したの?」
「まあそんなところだ。今朝の事件とちょっと関りがあるんじゃねぇかと思ってる」
河上の口ぶり、まさか彼もあの現場を見ていたのだろうかと時山は思った。周囲には誰も居なかったはずだが、さっきの口ぶりといい彼もまた何らかの能力を持った存在なのか、どうもこの旧友の心は自分の能力でも読みづらいところがある。それでわざわざこの場で自分に話しかけたというなら、納得がいく。
「健の字、美堂の奴と結託して夜な夜なナンかしてたんじゃねぇだろうなって…」
彼の一言に時山は安堵した。完全に自分の杞憂だった。まったく相変わらずの自由人、ちょっと自分の考え過ぎだった。だが、あの美しい光を持つ海藤を不純極まりない本性を隠していた男の仲間にするのは、何だか小癪だった。
「痛い痛い痛い!何だお前まで!」
やはり時山も、漫画のように河上の両頬を思いっきり引っ張ってやった。
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