「アンダルシアの犬(Un Chien Andalou)」その3

「さぁて…」


 そんな風にカッコつけたところで妙案はすぐに湧いてこない。助っ人もやってこない。


 頼みの綱であるG.F.Oの現地即応班が信号発出後も到着しないということは、例の異次元空間を操作する小原尚美おはらなおみの仕業が考えられる。部隊丸ごと消失とあれば、監視班もてんやわんやというところだろう。まあここまでは予想していたが、なかなか理想的な絶体絶命というやつだ。


 今はどうにかして、単独でこの四つ足の十三人の刺客たちを片づけなければならない。なんとなくだが、海藤は相手の能力の特性が判って来た。美堂の能力はこいつらを産み出すこと、その元となるのは「自分と接触したもの」ではないか。


 こいつは、第三者をも変身させる「身体構造変異ウンハイムリッヒ」に違いない。そして能力が発動するのは、対象の意識がない睡眠時だろう。


 そう、昔の怪奇小説よろしく自分の身体を怪物に乗っ取られるというやつだ。


 その変身させる対象は自分に接触した人間を、一体どこで選んでいたかと言えば朝にやっている風紀委員の取り締まりだ。彼に気があって寄って来た女子を対象にしている。それこそ犬を鎖に繋ぐように、その時に縁を結んでいるはずだ。


 「幾ら色男でも、こんな一遍に相手するなんて…」


 少し下世話な表現だなと海藤は思ったが、この十数体が彼の能力の限界なのだろう。でなければ、全校生徒を変身させて自分を始末するはずだ。もう一つ重要なこととして、その美堂本人がこのうちの一頭に居るのは確かだ。動物の群れが一頭に導かれるように、司令塔の一頭がいるはずだ。でなければ、これだけ統制のとれた行動にはならない。最初に現れた二頭も、どちらかが彼のはずだ。もう一頭がどこのクラスの女子で、彼と何をしていたかは余り考えたくない。


 さて、一体どの個体なのかと呑気に観察する暇はない。ナノ・マシンを常時光学迷彩として展開しながら、自分の治療も行わなければならないので非常に忙しい。何せ例の金属の鱗やご自慢の牙の威力が、段々と体に刻まれつつある。それもギリギリで躱せないところを狙って二、三頭が時間差で攻撃してくるのだ。いやらしいことに致命傷には至らず、出血を狙っての攻撃だった。だんだんと疲労と痛みで、動きも判断も鈍って来るのがよくわかる。


 「全員が目を覚ますのを待ってたら、こっちが永眠しちゃいそうだよ…」


 海藤の視界がぼやけはじめたころ、その悪戦苦闘ぶりを鮮明な映像ヴィジョンとして眺めている者があった。


 「これも、夢じゃなかった…」


 女子寮の自室から間借人LODGERの接触者である時山爾子ときやまにこは「閉じられた眼レズィユ・クロ」の遠隔透視によって彼の行動を監視していた。あの双子や生徒会の三役が語ったように、彼が「光の男マン・レイ」と呼ばれる存在でああり、敵対する存在であることが現実だと否応なしに理解できた。それでいて、彼女の思うところは敵意ではなかった。


 「いけない、このままじゃ…!」


 彼女の眼には海藤の波長と光が弱まっていくのが見える。どうやら、かなりの重傷だが|。彼は自分たちと同じように能力を持ちながら対立する形を取ったが、これには裏があることも知った。故に彼女は光の男(マン・レイ)の監視者となり、彼を黒幕からの奪還を伺っているのだった。


 「さぁて… って、さっきからこればっかだなぁ」


 手も足も出ないとはまさにこのこと、地獄の猟犬の如き十三人の刺客たちの攻撃は止み倒れている海藤を取り囲んでいた。聞こえるのは例の奇妙なうめき声だけ、とどめの一撃を狙っている。それでも、本体が姿を現さずに自分を警戒しているのは流石と思ったが、海藤の攻撃は既に終了していたのだった。


 「奴らの連携方法… 信号トラヒックの流れは、全部読めた」


 まさしく果報は寝て待て、十三頭全ての攻撃を受けていたのと同時に、逆に自分のナノ・マシンをひっそりと付着させて身体構造をスキャンさせていたのだ。


 そこで一頭がある信号を送信しており、他の十二頭はそれを受信していることがわかった。そこで他の十二頭の受信ポートを閉鎖、送信側には異変を察知されないように導通可能である偽の信号を発信させた。


 少し手間はかかったが、これで一対一だ。


 ゆっくり海藤は立ち上がる。司令塔はどうやら、どうやら手勢との導通に失敗していることに気づいた。これには大いに焦ったのか、全身の金属製の鱗を逆立てて臨戦態勢。しかし、今更そんなことをしたところで威嚇にもならない。言葉は無くとも、互いに次の一手が最後になることは判っていた。


 「どっちが先かで決着… これはクロサワ、それともイーストウッド?」


 一瞬の静寂の後、同時に攻撃を繰り出した。例の大口が海藤に迫るが、それは地獄の入り口というよりはのに等しかった。


 「


 海藤が相手の口中に打ち込んでやった一撃、ナノ・マシンの急速分解能力をオーバードライブさせての一撃だ。


 その威力は凄まじく、相手の牙は触れただけで消えていった。そこから急速な生体分解は全身に広がっていき、あれほど堅固であった金属製の鱗は枯葉の如くボロボロと崩れおち、あの逞しい四肢も木炭の割れるようにひび割れていった。


 最後は発光とともに、奇妙な生物は姿を消した。そして、その灰とも砂ともつかない亡骸の上に、間借人LODGERの接触者だった美堂敬介が気絶していた。もし、海藤が通常の体力であの一撃を繰り出していたら諸共に分解されていただろうが、今回はが加わっての一撃が成した最良の結末だった。


 彼の能力が完全停止したためか、他の十二人の刺客も十二人の眠れる美女に変わっていた。やはり、諸々の感情は解決しないところがあるが一件落着だ。


 ここで誰かが目覚めて大騒ぎするか、それとも発見されて大騒ぎになるのか、この先のことは当事者間と登校してくる連中に任せることにしよう。


 段々と白んでいく空と相手の最後に、まるで吸血鬼でも倒したような気分だったが。確かに自分の出血量を考えればその通りであるかもしれない。自分が待つものは夜明けと、今頃は異次元の監獄から解放されたであろうG.F.Oの現地即応班による救援だ。


 流石に自分も、もう一歩もここから動くだけの体力はなく大の字になって天を眺めていた。 

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