「春の初日(The First Days of Spring)」その4
河上義衛はその日の昼休み、神妙な顔つきで最近感じ取ったという異変を海藤に語っていた。
「この二日間、何かがおかしい」
「いや、それは河上君があんなことしないで、登校門限を守ればいいんじゃないの?」
風紀委員は河上を寮長に据えることで、寮生からも「模範的であれ」という第三者の眼を向けさせたにも関わらず、彼の遅刻はまるで以前と何ら変わらなかった。
それもそのはず、なんと河上は自分が管轄する一号棟の寮生に対して、自分の遅刻は一切「ないこと」として風紀委員への報告を上げるように厳命した。
ここからが、この河上の手腕が光った。
その代わりに寮生活における門限などの制約緩和、加えて風紀委員主導による厳格な寮生心得を「我々の自主性を損なう行為だと思わないか」と焚きつけて、寮生の意見として改案の検討を進めていることをちらつかせている。
まるで職権乱用を絵に描いて額装したような行為の現在進行形、副寮長の海藤すらこの一連の行動には「おいおい」と苦笑してしまう。
風紀委員の肝煎りで実施された新施策にも関わらず、これでは寮長制度の見直しが始まるかもしれない。おそらく、河上の真の狙いはここにあると海藤は察しが付いた時、彼のとんでもない
自分が嫌いなものは、制度もろともぶち壊すとはなかなか恐れ入る。
「違う、そうじゃない。俺の遅刻はともかくとしてだ。今朝も見かけたんだが、爾の字が遅刻して指導されてたんだよ」
「爾の字って、この間の時山さん? あと、河上君のはともかくで済む話じゃないし…」
「そう、時山のことだ。アレは俺と違って一年生の頃から無遅刻だった。そんなのが、急に二日間も続いて遅刻するなんて不自然すぎる」
「体調が悪いとか、夜更かししたとか…そんなんじゃないのかな?」
「そこが不思議だ。確かに寝不足って雰囲気だが、眼の光がらんらんとしてる」
蛇の道は蛇という古い言葉があるものの、遅刻を取り締まる風紀委員より常習者の方が、生徒の異変を察知している。これに海藤は呆れてしまった。
しかし、時山爾子に関しての「異変」は自分も見逃せないところがある。斯波やG.F.Oの監視班から、これといった動きは観測されていないと共有を受けている上に、海藤本人もあの肖像画を貰ってから接触は一切無かった。
「何かあるぞこれは…」
「
話している海藤と河上の後ろに、いきなり風紀委員長の山岡蓮が現れた。風紀委員の副委員長となってからは、ますますキビキビとした取り締まりぶりを見せている。その顔は、完全に取り締まりの時のそれだった。
「蓮の字、何しに来た!?」
「あんたの考えることなんか、大体お見通しよ。まったく、トンデモないことやってくれて… いいこと、どんな不正にも必ず
「蓮の字、密告者を使ったな!? いいか、善意の報告なんてのは背信だ。終いには自分の背後を脅かすことになるぞ?」
「はいはい、わかったわかった。私は私で独自の情報源があるのよ。ところで二人に、ちょっと聞きたいことがあるのよ」
「もしかして、時山さんの件?」
海藤の一言に山岡は「河上と違って察しがいい」という風な表情をしていた。やはり、彼女も時山の様子を心配しているようだった。
「そう、彼女が二日連続の遅刻だなんて珍しいから、二人とも何か知らないかなって」
「今、河上君からその事を聞いたばっかりだよ。それでも、どうして僕たちに?」
「あら、この前二人で時山さんの活動を手伝ってたって聞いたから、仲が良いのかと思ったのよ」
「困ってる生徒を見過ごすのは、どうかなと思ってね」
「呆れた。何で貴方が誇らしげにそんなこと言えるのよ」
これには、海藤も山岡に全面同意するほかは無かった。どちらにせよ、何か知っていたら教えてくれと言ういつもの山岡のお節介ぶりに、やはり彼女には河上と自分では敵わないと思うのだった。
話題の時山爾子とはといえば、学校の図書室で生物関係の資料を漁っている。ここには、生物の標本も資料として保管されているのでそれを見ようと思った。
理由は無論、自分が黒木環那に見た「何か」に類似あるいは匹敵する質感を持つ生物を直に見ておきたいと思っていたのだ。
人間は見たいものを見る。そして見えるまで、求め続ける。
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