第3話「果てしない謎 (L'enigme sense fi)」

「果てしない謎 (L'enigme sense fi)」その1

 春休みに入って、ようやく一息ついた。


 海藤は、ここまで休息の尊さを実感したのは生まれて初めてだった。先の事件もあり、初日からの授業欠席で「嵐を呼ぶ転校生」のように思われたが、級友たちには「面白いやつ」という評価に安定した。どうやら、ここの学生としての守備も上々というところだ。


 あと一週間と数日で最初の一か月が終わり、二年生となる。こんな日常が、間借人LODGERの接触者となった十人にも等しく存在している。海藤は斯波から共有されたデータを見た。


 高等部普通科、国際科、特進科という学科とともに彼らの名前が並んでいる。そう、彼らに名前がある一人の人間だ。自分と同じく、東京新区統合校の生徒として生活している。


 「そう、同じように。…」


 こんな考えが、海藤の頭の中で繰り返される。異能を発揮しない限りは普通の学生、一方的にこちらから彼らの日常を奪う行為は形はどうであれ暴力となる。外次元の生命体が身体に同居していようと、彼らは歴とした人間である以上は当然のことだ。


 「ダメだ! 気分を変えよう」


 三月から四月に変わる時、花開く蕾の如き十代の心はどうしても不安定になる。そこで海藤は、隣人の河上義衛かわかみよしえに教えてもらった「行きつけの店」に自分も行ってみようと思った。


 当の本人はというと、行先は不明だが「今日は色々ある」と言って出かけている。

 

 「自分も出かけようか…」


 とにかく行動することで交感神経を刺激し、やる気を強制再起動させ気持ちも変わる。原始的な方法だがこれしかない。


 海藤はてきぱきと身支度をして、折り畳みの自転車を軽く点検した。学生の移動手段と言えば小型バランススクーターが主流の現在、自転車に乗るというのは日ごろから和服を着るような活動的骨董趣味になっている。


 複合商業施設ショッピングモールの中ではなく、住宅地の中にあるため自動案内があっても判りづらいと河上に聞いていたが、本当に判りづらかった。


 学園都市の住宅地は、外観がほぼほぼ同じであり、何度か同じところを行き来してしまった、それこそ自転車ではなくバランススクーターなら携帯端末と地図同期して自動操縦で誘導してもらえたかもなと考えていると、どうにかたどり着いた。

 

 「この看板、間違いないな…」


 木製の看板には「甘味処ほの果 海上学園都市扶桑出張店」と力強い墨で揮毫してある。この趣深い看板に突如として現れる「海上学園都市扶桑出張店」という現代の単語の不釣り合いさが、どことなくあの河上という少年の印象に重なる。

 入店してみると、一階の店内には季節の和菓子が並んでおり、河上から御裾分けしてもらった「玉響たまゆら」も並んでいた。


 菓子店というより、まるで美術館で作品を見るような海藤の姿に「おや」と思った店主が声をかけた。

 

 「こんにちは。もしかして、河上様の同級生でしょうか」

 「あ、はい。河上君、よくここに来てるって聞いたんで…」

 「それは、ありがとうございます」

 「ええと、長いんですか。彼が通ってるの…」

 「本土の本店はご先祖様からの付き合いですよ」

 「そ、そんなに!?」

 

 聞けば河上の実家はS県S市の総鎮守「氷川様」のすぐ傍、そしてこの「ほの果」の本店も長らく欅の美しい参道の近くでこの生業を続けている。


 そして、歴代店主の大福帳には「おとくいさま」と河上家の名前が江戸の初期から太平洋戦争前まで赤丸でかこってあるのを、特別に店舗紹介用に電子データ化されたアーカイブを見せてもらった。なるほど、十代の男子が和菓子というのも随分渋い趣味だと思ったが、ご先祖からの付き合いというのであれば、この和菓子は彼にとっての故郷なのだろう。


 人間はどこに行こうとも故郷に帰る生き物だ。元の土地へ帰るだけではなく、五感全てに存在する記憶が、いつでもどこでも魂を故郷に帰らせるのだと聞いたことがある。


 「そんなこと言ってたの、父さんだったかな…?」


 ほの果で綺麗な紅白の金平糖を一袋。この前の河上の御返しに、どら焼きを一箱買い求めた帰りにそんなことを考えていた。そこで海藤は河上よろしく、少し寄り道していくことにした。ここの住宅地を抜け自然公園を通り過ぎる。道すがら、公園の景観の為にと設置されたオブジェが目に留まったが、その中でひときわ異彩を放っている作品があった。


 「まるで光の結晶…こんな感想は安直かな?」


 オブジェはいずれも青銅製だが、強化透明アクリル製なのかそれだけが半透明で、青のグラデーションが美しい。そして、内部には突起のある銀色の球体が浮遊するかのように点在しており、これが発光している。直前に甘味処に寄ったせいか「氷室を重ねたのに金平糖を散らした」というような感想が浮かんだが、よく見れば「Emak Bakiaひとりにしてくれ」という単語が刻印されていた。

 面白い作品だなと思いつつ自転車で進んでいくと、この先に学術研究および支援機関が集約された団地があるのだが、海藤はこの入口手前に例のオブジェがまた展示されているのに気付いた。


 「あれ?こんなところにも…」


 それも、色彩も形状もまるっきり同じだ。成程、大量生産による複製を大衆の比喩として、個人のアイデンティティの希薄さをと見立てさせるのがこの作品の文脈コンテクストかと考えたが、それは随分と安直ではないかと海藤は思った。そこで自然公園に引き返して一休みしようと考えて踵を返した。


 ここで異変が起こった。


 間違えようもないのだが、自然公園に戻った筈が急にあのややこしい住宅地に戻っている。ならばと思って、また引き返すと今度は公園の中を自転車で走っているではないか。迷子は迷子だが、最初に甘味処を目指したそれとは状況が違う。それこそ、異次元の迷子になっている。


 「あれ?」


 なにせ、自分が望む方向にあるべき景色が存在していないのだ。さながら、映像のコラージュのように次から次へと、この学園都市の別の場所へ行きついてしまう。なんと今度は自分が住んでいる寮の敷地。そして急に本土からの入場ゲートと、本当に脈絡がない。さらに一切、人の気配が感じられない。物音と言えば、自分が漕ぐ自転車のチェーンの音だけだ。

 

 自分が「光の男マン・レイ」なんていう、シュルレアリストのような異名を持っているから、ついにそのような世界に閉じ込められたのかと海藤は自嘲していると、さらに景色が変わっていく。


 「これは明らかに、学園都市ここの景色じゃないよなぁ…」


 大理石のアーチを潜ると、柱が所々歯抜けになっている遺跡が二つ向かい合っている。その中央を行く道は、遥か遠くの紅い円筒の塔へと続いていく。また、人の影はあるがその姿がない奇妙な景色だった。


 こういうのはダリかキリコか忘れたが、ここは海上の学園都市でもなければ日本の本土でもない。異次元の景色だ。こんな芸当ができるのは間借人LODGERの能力、それも異環境展開デペイズマンの能力に他はないだろう。


 そう思ったのは、例のオブジェが自分の背後に出現したからだ。それも今度は中空に浮遊している。


 「どうやら、こいつの仕業で間違いないね」


 念のためナノマシンを展開し、このオブジェについてスキャンしてみたが接触可能であるにも関わらず質量熱量ともにゼロだった。


 間違いなく、異環境展開デペイズマンの能力だが、本体も全く検知できない。姿は見えども触れることができないとすれば、これは本体ではない。だとすれば本体は何処に居るのか、何者か、自分は何処にいるのか。


 「前みたいに何も攻撃してこないのが、唯一の救い…」


 自分の能力「自動作用オートマティスム」とカテゴライズされ、身体機能の一部としての能力を展開可能だが、その範囲は半径十五メートル程度。相手の能力はこれの比ではない。さて、どう対応するかと考えていると再び景色が変わる。


 「春休み中に学校に呼び出されるようなことは…してないんだけどなぁ」


 強がって嘆息してみせるものの、この光景は無言の手紙だった。学校は学校でも、先日騒動を起こした遭遇した例の廊下ではないか。どうやら、相手は自分を知っている。正体も能力も十分に知っているのだ。突如、背後に気配を感じるとそこには同じ年くらいの少女が一人立っていた。

 

 「察するに、君があの作品の作者ってところかな?」

 「とか随分な言い方だな。一応、先輩なんだけど? 海藤健輝…いや、光の男マン・レイと呼んだ方がいいかな?」

 

 海藤は無論、この少女に見覚えがある。


 小原尚美おはらなおみ、高等部特進科二年生とデータにはあったが、無事にここを脱出したら能力の分類に「異環境展開デペイズマン」と付け加えられるだろう。


 しかし、無事にここを脱出できればの話だが。

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