「光の男(Man Ray)」その4

 海藤が転校生としての儀礼を済ます一方で、斯波は別件に取り掛かっていると学長室に来客があった。先のリモート会議に姿を見せなかったと思っていたが、直接訪問してくるとは恐れ入った。


 「御足労感謝いたします。ルシール・オックスブラッド女史…」

 「いえ、こちらこそ。挨拶もなしに」

 「構いませんよ」


 斯波の挨拶に答えたのはルシール・オックスブラッド、米国における間借人LODGERたちの案件監視班、通称「L.O.W(LODGER Observe Workgroup)」のメンバーである。出身国および年齢共に不明、国内外問わず常に重要事件の傍らにありながら、捕縛された経歴もなく海外の諜報部隊から追跡捜査を受けても所在を特定されたこともない。


 一つ判っていることは、艶やかな栗毛とグリーンの瞳が極めて美しい。斯波が彼女と直接対面するのは、これが二度目となる。


 「光の男マン・レイの後では、私の登場もインパクトが足りないようで」

 「いえいえ、オックスブラッド女史の神出鬼没ぶりは何時も驚きますよ」


 まさしく神出鬼没、誰もがその姿を知っていても彼女の身分の特定も身体的拘束も不可能だった。このことから各国の諜報機関では「バブーシュカ・レディの再来」と仇名されている。それでもやはり米国は商売ビジネスの国、彼女を有益な情報提供者として個人でありながら政府と協力関係を結んでいる。


 現に、二〇六九年の事件も間近で一部始終を確認しており、これまで共有された間借人LODGERに関する情報と分析結果については、彼女の功績によるところが殆どであった。


 「先ほどの会談はこっそり拝見しましたが、なかなかの能力ですね」 

 「光の男マン・レイ自動作用オートマティスム、このタイプで完全に能力を制御できている個体は彼のみ…」

 「その上、更に成長を続けている… 米国の研究機関も驚いていましたよ」


 間借人LODGERの能力には三種類が確認されており、海藤のような超常的能力を元来の身体能力の一部として操作できる自動作用オートマティスムの他に異環境展開デペイズマン身体構造変異ウンハイムリッヒに分類される。


 「海藤君… いや、光の男の能力はかなりの可能性を秘めています。彼自身の発想力も合わされば、仄かに光る双子グリマー・ツインズの制御も可能です」

 「それに彼の父親も斯波氏とは縁浅からぬ人物… バックグラウンドからしても協力者としては適任でしょう。ところで、斯波氏。


 この独り言というのは、女史が重要な情報を非公式に共有する時の口癖だった。


 「この学園都市で接触者と断定できた人間は十名…接触の法則性や背景については、もうじき結果が出ます」

 「助かります。相手の動きが判れば、異環境展開デペイズマン身体構造変異ウンハイムリッヒに対応するにしても、相応の準備ができます」


 ルシールと斯波が目下警戒しているのは、物理法則すら捻じ曲げるような「異環境展開デペイズマン」と、文字通り身体構造を変化させることで肉体を強化する「身体構造変異ウンハイムリッヒ」についてだった。

 これは仄かに光る双子グリマー・ツインズが発動した能力でも一部を観測しただけで、未知数な部分もあることは確かだ。


 「十代の子を監督するのは中々の骨折りですね」

 「それなら、もう一人加えて十一人。青少年の健全な育成の一環として、。活発な学生はクラブチームにいれて監督しておくのは、日本の学校文化ですから」

 「御冗談を」


 付き合いこそ短いが、この男はこういうところが面白いのだ。初対面の折、先の事件の真相を打ち明けた時も動じることは無かった。間借人なら家賃を払ってもらうが、米ドルか日本円のいずれで請求すればよいのかと真顔で答えたことを覚えている。虚勢ではなく、万事以前から知っているような振る舞いをするのだ。


 そして今、この男の言わんとするところはこの接触者のうち何名かを更なる協力者として交渉ないしは、というのだろう。しかし、これを独断で実行するということは


 「情報共有に関しては、でご協力願います」

 「女史、もちろんです。この学園都市上で確認された情報は、即座に共有致します…しかし、…?」


 流石のこれには、ルシールのほうが焦った。やはり、この男の前で隠し事は出来ない。よもや、身内が先走ったとは失態に他ならない。


 どうやら、自分が所属するLOWとは別の組織が海上学園都市および、斯波が率いるタスクフォースへのオンラインとオフラインで接触していたのが検知されている。彼から共有されたアクセスログから、G.F.Oの監視網はかなりの精度を持っていることが分かった。


 しかし、斯波と自分たちに対する眼差しに旧弊な連中の猜疑心はかくも強いものかとルシールは呆れたが、一息つくと斯波に謝罪した。


 「これは大変な失礼を、早速本国に戻って厳重注意と指導をしておきます。」

 「くれぐれも頼みます。我々は互いの信頼でもってこの案件に対処しなければなりません故」


 ルシールが一礼すると一瞬の映像ノイズのようなものが走り、斯波の眼前から完全にその姿を消した。おそらく今頃は、本国の自室に戻って口頭指導といったところだろう。どうもワーカホリックな彼女には、あの能力はうってつけのように見えた。


 「たまには休暇で訪れてほしいものだな」

 

 そう呟くと斯波は、ルシール・オックスブラッドの置き土産を紐解きながら、周辺エリアと海藤の保護・監視状況と照合する。幸いに、この十人との接触は無かったようだが若干一名、別の問題を発見した。しかし、この問題については


 「学校らしく、一応奴にも指導が必要か」


 斯波は、そんな風に思うのだった。

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