「光の男(Man Ray)」その3
「ようこそ海藤君、そして見事な成果発表会だった」
「ありがとうございます。何て言うんでしょう… これからよろしくお願いします」
「そうだな。
斯波の一言は冗談のようにも聞こえるが、至って真面目なものだ。間借人(LODGER)の出現については二十四時間の監視体制で逐次共有する。また、学園都市内の全区画へのアクセス権限を付与、移動に関しては艦内に展開する移動プラットフォームの許可が出ている。とんだ通学定期券の発行だった。
「斯波学長、何から何までありがとうございます」
「感謝したいのはこちらのほうだよ」
海藤の素直な感謝に、斯波はそう返すほかは無かった。旧友にはこの学園都市の通信網構築に、そしてその息子に最大の危機を救ってもらおうというのだから、自分の無力を恨めしく思う。
「これは雑談だが… あの光学迷彩はどうやって思いついた? これまでの検証記録では確認できない能力だが?」
「はい、さっき誰かが当てましたが、蝶の鱗粉を見て思いつきました」
「なるほど、君の父は変形菌の自己組織化を応用した通信網構築・保守システムを開発したが…流石だ」
自然から着想を得るというところも、やはり父親によく似ていた。それ故に今後共に仕事をしていく上で、どうしても斯波は聞いてみたいと思っていたことがあった。
「これから先、未曽有の苦難が待ち受けていると判りながら、どうして引き受けようと思った」
この一言に、海藤も流石に言葉に窮した。改まって学長という立場の人間に聞かれると、なんだか面談試験のようなものを感じる。それでも海藤の答えは至ってシンプルなものだった。
「そういうことは、自分の気持ち一つで変えていくことが出来ると教わりましたから」
にこと笑って答えたその様子に、やはり斯波は友人の面影を見た。彼もまたそうやって、如何なる困難を成し遂げて来た。ならば、自分の判断は間違っていなかったという気持ちと、この計画は必ず完遂させると覚悟を新たにするのだった。
斯波と面会を済ませた海藤はもう一つ仕事があった。
転校生として入寮届、先ずは自分が正真正銘の
先端技術に囲まれた次世代型海上学園都市でも、かつて本土で見られたような生活様式が、情操教育の一環として残っている。例えばこの学生寮制度もそのうちの一つだが、リモートでは体験できないコミュニケーション能力を養う教育プログラムでもあった。
これは特に、
何よりこの寮生活というのが、例えば転校とか学校の屋上のように漫画やアニメにおける「学校生活の三大定番」に数えられており、中等部から高等部は人気が苛烈で入寮が抽選になっていると「入寮手引き」に書いてあった。
「この三大定番ってやつ、二つ揃えたけど景品でももらえないかな」
誰にいう訳でもなく、海藤はそんな風に思っていた。よく考えれば寮生活どころか普通の学生生活は初めてのことだった。
つい先月まで米国、自由の国にいながら彼にとって自由と言うものは非日常的なものだった。
彼の生活は表向き普通であったが当然のようにあらゆる通信は検閲、まるで映画のように監視人や小型偵察用無人機の常時監視は言うに及ばず。能力が暴走した際には州兵の選抜部隊がいつでも対応可能な状態にあった。
そして、時には研究機関で自身が持つ体内生成のナノ・マシンに関する実験と検証の繰り返しに、特段の感想もない。それが彼にとっての日常であり十代の時間だった。
そんな時、携帯端末が「来訪者あり」と映像を空間に投影した。
主は高等部普通科一年の
「改まって言うのも野暮だが、高等部普通科一年の河上義衛だ」
「初めまして… あと、それはさっき確認したかな」
河上は自分より頭一つくらい背が低いが、体つきにまったく贅肉がない印象がある。丸顔だが二重で目元が涼しい印象を受ける。
「マァ何だ。
更にその古臭い言い回しが、ますます侍みたいだと思う。それも、時代劇に出てくるような旗本奴とか浪人とか
「ありがとう、こちらこそよろしく。僕は海藤、
海藤は挨拶をしながら河上から風呂敷包みを受け取った。ほのかに道明寺の香りが漂っており、中身は和菓子だと判った。この香りは懐かしい。あの事件以前、一度だけ父の実家へ里帰りをした時に出て来たのを思い出す。気候変動で、本土の春も随分短くなったが、まだあの景色はあるのだろうか。
「どうしたボーっとして?」
そんな一瞬の感傷から河上の声で戻って来た。父の故郷の朧げな景色は消えて、彼が不思議そうに自分を見ていた。これは恥ずかしい。
「ごめん。なんでもない。明日からよろしく」
「
「健の字?」
おそらくは仇名だろうが、これも何ともそれらしいと思って海藤は可笑しくなる。初対面だというのに、この河上という少年に懐かしさを感じずにはいられない。ひょっとしたら、昔どこかであったことがあるんじゃないかと思った。
「ところで河上君、午後の授業どうしたの?」
「ああ、いいんだよ
更には、このハックルベリー・フィンみたいな自由奔放な言葉だ。自分がトム・ソーヤーかシドかはわからないが、それでも彼といい友達になれると思った。そう、十代にあって最大の宝とは悪友と呼ぶべき存在だ。
それはハックルベリーの時代も、更にこれから百年先の未来でも変わってはならないのだ。
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