「光の男(Man Ray)」その2
二〇七九年二月三日、斯波は次世代型海上学園都市「扶桑」の専用回線を通してリモート会議を開催していた。
トピックは例の重大事件、二〇六九年八月十五日から十八日にかけて発生した米国西海岸の情報通信設備およびデータセンタの大規模障害に関して米国から情報共有があったということだ。
ただし、それは単なる情報ではなく真相と言う名の逃れ難い存在であった。アバターによる匿名参加ということで個人は特定できないが、官邸、警察及び公安、防衛庁や各省庁の石頭連中が更に硬直しているのは斯波にはよくわかった。
「初めから我々は何も知らなかった。知らされなかった」
当時、日本政府に共有された事故現場の映像記録やレポートには一切見られなかったものが目白押しだった。更に、生成型人工知能による偽造防止に使用されていたアナログフィルムの記録ということも追い打ちを掛けていた。もはや、この現実から逃れる術がない。
「何だこれは!?」
誰もがこのように意見を同じくした。通信設備局が時間差で破壊されていく様子は一種の舞台芸術であった。意思を持って動く爆炎から、テスラコイルのコロナ放電の如き雷撃が拡散して降り注いでは、あらゆる設備を破壊していく。
無論、このような兵器もこの規模の破壊活動を同時多発的に実行できる武装組織も、まして遠隔から無人で実現できる技術はこの世界に存在しない。
さらに、戦車砲すら通さないマシンルームの防護壁が突如として十文字に両断されるや、何者かが進んで行くのが判る。その姿、僅かに発光していることが確認されたことから当該個体を「
誰もが言葉を失っていたが、一人が斯波に向けて発言した。声に聞き覚えがあり、自衛業の面々だと判る。どうやら、陸海空が一体となっていることから、事の重大さは有事のそれと理解し覚悟している。なるほど、長らく日本を護って来た組織の気概はこれかと斯波は尊敬する。
「斯波君、これが彼らの言う外次元の生命体ということだな?」
「はい、我々はこの事実と向き合わねばなりません。その上…」
「人類と接触した時に能力が発動する」
「その通りです。連中は能力発動のため、我々人類の身体を間借りするのです」
参加者一同に配布された資料に、この外次元の生命体に起因する現象を「外次元の生命体による身体能力の拡張および再構築(Lifeforms from Outer Dimension that Generate the physical ability to Expand and Reconstruct)」と命名し、その頭文字から便宜上「LODGER」と略称を用いている。斯波の言うように、その性質はまさしく間借人と言っていいだろう。
最初の接触者は事故に巻き込まれ死亡、その双子は事件後に消失したことから、再び人類と接触して潜伏していることが予測された。このため、当時発生した諸々の事象、例えば空間線量に電波の異常伝搬、気候や時刻は言うに及ばずあらゆる情報を記録を続けた。
「長らく出現兆候がないことを確認しておりましたが、ここ扶桑で確認されました」
斯波の一言に、いよいよ参加者一同が大騒ぎとなる。只管に自分たちの責任を逃れようとする質問もあれば、ここ「扶桑」と本土の首都圏警備に関する質問と多種多様だが、彼にとってどの組織からの質問であるかは重要ではない。
「敵性のある生命体と判断したが、そんな存在を君だけで対応できるのかね?」
「幸い人間には学習能力があります。以前から米国から情報共有を受け、水面下で能力の分類や体系化、対処方法やバックアップ体制も構築してきました」
この男が動くときは常に具体策を伴う。一部の人間は、彼の仕事とは「いつもそういうもの」であると知っている。
斯波禎一は、四十も半ばの年齢で随分と白髪であった。そうさせた仕事の苦心は今、まこと尊敬するべき成果として彼の足元に広がっている。
文科省時代、首都圏近郊の教育機関の統廃合実現と次世代型海上学園都市への移転をペーパープランから一気に実現へ漕ぎつけたのは、彼が率いた官民一体のタスクフォース「
この人工の大地が教えることは、人間というのは障壁に向き合う時にはじめて実力を発揮するということだ。彼はそれを証明して見せた。そんな彼がもう一度、この難局に挑むのだ。誰にも異論はなかった。
「昔から君の働きぶりには感謝と尊敬しかないな」
「ありがとうございます。優秀なチームがあってこそですよ」
成程、この次世代型海上学園都市を実現した例のタスクフォース「G.F.O」ならば問題はない。その「究極」を意味する組織名に違わない働きぶり、十年の仕事をその半分でやってのけるような組織があれば、この「扶桑」全てを活用しての一大防衛線を預るに不足はない。
「君の古巣も、流石だな」
「それだけではありません。
「何だと!? それは報告になかった!」
「情報漏洩および本人の安全確保のため、今日まで秘匿しておりました」
「それで、協力者はいつ合流するのかね」
「協力者は既に到着、安否確認も完了しており、今こちらに」
想定外の事実に一同はざわついていたが、斯波の一言に静まり返った。そして俄かに緊張が高まった。何度も耳にしておきながら「別次元の生命体との接触者」が相手となれば、自然の事であった。紛れもない未知との遭遇、歴史の立会人になるのだ。
「ご紹介しましょう。海藤君、入り給え」
斯波の声に反応して扉が解放されると、なんと入室してきたのは斯波禎一だった。ところが、先ほどから発言している斯波は変わりなく着席している。一同の動揺を余所に、斯波のもう一人の斯波が立っていた。
「あ、えーと…本日はよろしくお願いいたします」
もう一人の斯波は別人であることが声でわかった。遥かに瑞々しい十代の声、すると一瞬ぼうっと発光してもう一人の斯波は姿を消した。そこには一人の少年が立っている。背格好は自分たちが街で目にする十代の少年と何ら変わりがない。やや癖の付いた黒髪で色は白く、細身で中性的な柔らかさがあり、いわゆる美少年という外見であった。
「彼は
共有された資料にある通り在米邦人技術者の子息であり、現地での生活情報も確認されている。この情報がフェイクでないことは、公安からの出席者が十八番の閻魔帳で即座に特定していた。接触は二〇六九年八月十七日の早朝だと記録にあった。
別次元の生命体との接触者と聞いて、随分と想像力を働かせたがその実例は余りに呆気ない。だが、先ほど見せた魔法のような能力を理解する余裕はなかった。
「このトリックが彼の能力だな?」
「その通りです。通常、人体には数十兆の細胞の他、数百兆の細菌が生息しておりますが、これらの代わりにナノ・マシンを体内に生息あるいは生成させ自在に操作できる個体が、彼に同等の能力を与えたと分析しています」
斯波の解説に、海藤は頷いていた。もっとも、この能力をナノ・マシンと定義しているが現時点で人類が持ち得る科学技術で最も似たものであり、その遥か先を行くものであるのは明確だった。
「なるほど、例えばそれを体表か空気中に散布し、光の透過と回折を利用した光学迷彩に応用…といったところかな?」
ある出席者の質問から流石はその筋というべきか、即座にこの武器の特徴を言い当てていた。先ほどの自衛業の御三方も、その能力展開について興味がある様子だった。
「はい。もう少し工夫を加えるなら、表面温度の調節で熱感知の遮断。電波吸収による完全ステルス化も可能です」
「これを体内機能として備えるなら、これは科学というよりは…魔法だ!」
十分に発達した科学は魔法と区別が付かないと、かつてアーサー・C・クラークという作家は言ったが、この少年がその言葉を証明しているではないか。
「この他に、ナノ・マシンを自然界における分解者のように動作させ物体や動植物の体組織の急速分解、その逆に修復や傷病の急速治療が可能です。更に応用すれば脳などの認知機能を操作した生物のハッキングも可能ですが、これでもまだ能力の一部です」
いよいよその能力に一同は言葉を失った。この十代の少年が、極めて拡張性が高い能力を暴走させずに人類側に協力したことは唯一の救いであった。
「彼の能力にも、何か名称が?」
「ナノ・マシン動作時の発光から、
「わかった。各々の所掌で最善を尽くそう。君たちの活躍を期待している」
紋切り型の挨拶もそこそこに会議は締めくくられた。
三次元映像のミーティングルームが閉じられると、そこにあるのはよくある学長室の景色だった。彼の机には整理整頓されており、その上引き出しがなく「即断即決」という仕事への姿勢が伺える。
それに比べると、自分の父親のデスクは随分と散らかっていたなと思い出していた。
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