転生姉妹の暴走記

深園 彩月

第0話

「リーゼ……!」


「シャルお姉ちゃん……!」


 ひしっと抱き合う私達姉妹。

 まるで長い間離れ離れに暮らしていた家族の感動の再会みたいなワンシーンだがそうではない。

 私達は気付いたのだ。姉妹揃って異世界に転生していることに。


 地球という惑星の日本という国で我ら姉妹はそれはもう仲睦まじく暮らしていた。ところが二人仲良くトラックに跳ねられて短い人生が幕を閉じた。そこで終わったはずだった。

 ところがあら不思議。剣と魔法の世界に転生しているじゃあありませんか!

 記憶が蘇った私ことシャルロッテは狂喜乱舞した。転生したことが嬉しいんじゃない。生まれ変わっても愛しい妹と家族になれたことが嬉しいのだ!


 残念ながら両親は冒険者活動で儚くなってしまったが、多少の蓄えはあるし大丈夫だろう。

 転生しても仲良し姉妹だなんてこれなんて運命?今世も全力で妹ことリーゼロッテを可愛がって、砂糖吐くくらい甘やかして、幸せな一生を終えようと固く誓った。


 しかし残念ながら人生は一筋縄ではいかない。




「リーゼ、どうしたの?もうお腹いっぱい?」


 前世の記憶が蘇って数日。食事の手を止めたリーゼに首を傾げた。

 10才の食べ盛りなのにパンとスープを一口だけだなんて……

 ハッ!まさか身体の具合が悪いんじゃ……!


「柔らかいパン、食べたいな……」


 ぼそっと溢れた呟きに固まった。

 食べられるなら何でもいい派の私と違って食事を楽しむ派のリーゼにはこの世界での普通のご飯はお気に召さなかったようだ。

 私の料理の腕前が普通以下なのも相まってリーゼに辛い思いをさせてしまっている。そんなの私が許せない!


 という訳でパン屋にGO。まだまだお姉ちゃん離れができないリーゼも一緒に。

 パンを作る技術も生地を満足に捏ねる腕力もないが知識だけは豊富だからな。製造法を広めて柔らかくて旨いパンを街に浸透させよう。

 と、決意したはいいのだが……


 1軒目、小娘が何を知ったように言ってやがるとか何とか煩かったので断念。

 2軒目、めんどくさそうに門前払いされたので断念。

 3軒目、1軒目と同じ理由で断念。

 ……………


「リーゼちゃーん、お姉ちゃんのお願い聞いてくれるぅ?」


「うん、もちろん!」


 4軒目、リーゼに頼んで店主に関節技を決めてもらいながら製造法を頭に叩き込んだ。

 凄いだろう。私の妹、前世で柔道と空手黒帯だったんだぜ。


 酵母の作り方から始まり、一次発酵やら二次発酵やらを教えているうちに従順な下僕のようになっていた店主は出来上がったふわふわのパンにびっくり仰天。

 ついでにリーゼの好きなクリームパンとピザの作り方も伝授。

 まさかチーズが世に出回っておらず酪農家に依頼する羽目になるとは思わなかったが、美味しいピザにリーゼが目を輝かせて舌鼓を打っていたので良しとしよう。


 色々作ってもらったんだからと少し多めに代金を払おうとしたら拒否された。至高のパンの製作法を伝授してくれたからお代はいいってさ。ラッキー。

 次から代金払うから今後も利用させてもらおうと決めてパン屋を後にした。




「リーゼ!危ないから私が切るよ!」


「えー?今までも怪我したことないし、大丈夫だよー」


 爪が伸びてきたから切ろうとしたリーゼの手にあるハサミを奪って代わりに切ってあげる。

 この世界に爪切りなんて便利なものはない。爪を切るならハサミ一択。

 リーゼが怪我するといけないので職人に依頼。


「はぁ?依頼?そんなはした金で受けれるかよ。せめて金貨2枚は欲しいな」


 金貨は基本王族貴族や大きな商店しか持ち合わせていない。貴族御用達の高級店でもないのに金貨とは、明らかにぼったくりだな。


 パン屋のときみたいに何軒も梯子するのめんどくさいのでリーゼの関節技でさっさと黙らせた。

 私に武術の心得があれば自らの手で八割殺しにしてやったのに……と思いつつ、爪切りの構造を説明。

 てこの原理云々を教えてるうちに職人魂に火がついたらしく工房に引きこもった。


 後日再び来店すると依頼料ぼったくろうとしたことの謝罪とともに完成した爪切りを渡された。

 ここより少し大きな店に騙し討ちのように借金を背負わされて近い将来店を潰されるのがほぼ確定しててやけくそになってたという理由で搾り取ろうとしたらしい。


「借用書を商業ギルドに持っていって鑑定してもらえ。もし偽物だったら兵士案件だ」


 その後、とある商店の店主と従業員が取っ捕まったとの噂が広まった。

 偽物だったか。よかったな職人のおっちゃん。店が潰されなくて。

 腕は確かだし、今後も贔屓にさせてもらおうっと!




「おーねーえーちゃん!あーそーぼっ!」


 とある日の昼下がり。ぴょこっと顔を出して向日葵のように笑うリーゼ。

 はぁ、天使。今の笑顔だけで白米5杯はいける。


「いーいーよっ!今日は何して遊ぶ?」


「じゃんけん?でも飽きちゃった。オセロとかトランプとかやりたーい!」


 木工業と製紙業に殴り込みに行った。

 木工職人に碁盤と駒の製造法を、製紙業者に厚紙の加工等を叩き込んだ。そして嫌でも理解した。完全に見分けがつかない程の厚さで滑らかな手触りの紙を作るって発展途上な世界では無理難題だということを……!

 でも私頑張った。理解力が足りない阿呆共を(リーゼが)しばき倒しながら技術力向上をはかり、均等だぁ?上質な紙なら均等じゃなくても何でもいいだろ?状態の奴らを(リーゼが)吊し上げ……長い戦いだった……


 涙目になりながら完成させてくれた彼らにオセロとトランプを進呈して使い方を説明した。

 短期間でこのクオリティのものを作ってくれた彼らへの、私なりの敬意だ。


 当然リーゼにもプレゼント。


「わーい!お姉ちゃん、ありがとー!ね、ね、一緒にやろう!」


「よーし、まずは何から遊ぼっか」


 天使の満面の笑み!プライスレス!




「暑いねー……」


「そうだねぇ……」


 テーブルに力なく突っ伏してぼそぼそ言い合う私達。

 前世の記憶が蘇って早数ヶ月。季節は夏に移ろいで、照り付ける太陽を恨めしく思いながら過ごす日々を送っていた。


 驚くことにこの世界、冷房の類が一切ない。

 蒸し暑くないし梅雨もないし温暖化が進んでる訳でもない分日本よりは多少マシだけど、それでも暑い!

 クーラーに慣れきった現代日本産女子にとっては死活問題なので、早急に魔導具工房を乗っ取った。が、しかし。


「魔石がないから作れねぇ」


「仕入れられないのか?」


「業者が乗り換えたんだよ、南の1番通りに新しくできた店に。王都で最先端の魔導具を作る工房がバックについてて、他の業者もそっち優先してる。魔導具が欲しいならそっち行け」


 よくよく話を聞いてみるとその新しい店は業者を買収して魔石の流通を塞き止めているらしい。

 大方、ライバル店を閉店に追い込んで独り勝ちしようとしてるんだろう。もしくは有望な魔導具職人を引き抜くための布石か。

 どちらにせよ悪どいな。


「分かった。一週間後にまた来る」


 工房長は何度来ても同じだと言い捨てて扉を閉めた。


 一週間後、宣言通りに再び突撃。

 工房長が諸手を上げて歓迎してくれた。


「嬢ちゃん!どんな奇跡を起こしてくれたんだ!?」


 一部の業者と商業ギルドの職員と南の1番通りの店の店主が癒着していた問題が発覚し、全員仲良く牢屋行き。

 特に店主の罪状は横領やら人身売買やらとなかなかに凄いことになっており、絞首刑待ったなしかもね。


「私がやったとは限らんぞ?」


「西の5番通りの端の店。そこの職人とは飲み友なんでな。嬢ちゃんの武勇伝聞かされてりゃ少し考えれば分かるさ。ありがとうな」


 爪切り職人か!武勇伝というほどのことをした覚えはないのだがな。少しばかり助言しただけで。


「別に貴方のためではない。リーゼが熱中症で倒れたりしないように冷房の魔導具を作ってもらうために一肌脱いだだけだ」


「聞きしに勝る溺愛ぶりだな……それじゃ、ご要望の品を作ろうか。その冷房の魔導具とやらを」


 元凶がいなくなって魔石の流通も元通りになり、無事冷房の魔導具をゲットできましたとさ。

 さすがは歴史ある工房。仕事が丁寧で高度な技術を巧みに使う天才だな!ぽっと出の店で買うより断然ここの方がいい!

 冬の暖房もここで作ってもらおうっと。




「リーゼー、まだ着かないのー?」


「あと少しだよ!頑張って、お姉ちゃん!」


 私の手を引っ張り森の中を突き進むリーゼに嫌々ついていく。

 「お姉ちゃんに見せたいものがあるの!」って言うリーゼの眩い笑顔にノックアウトされてノコノコついてきちゃったけど、私フィールドワーク苦手なんよ……

 もうかれこれ2時間は森の中を歩き続けてる。

 途中でゴブリンやらオークやらトレントやらフェンリルやら出てきたときは腰が引けたけど、リーゼが難なく倒してくれた。あれ?フェンリルって確か街1つ滅ぼしかねない災害級魔物では……

 うちの妹がさいつよな件。


「着いたー!」


 鬱蒼と生い茂る木々を掻き分け道なき道を進むこと更に30分弱。

 視界に飛び込んできた光景に目を奪われた。


 そこは色とりどりな花が一面に咲き誇る、自然が育んだ花畑だった。

 牡丹に似た深紅の花やサルビアに似た白い花、コスモスに似た薄紫の花など種類も季節感も色もバラバラなのに妙に調和が取れている。

 美しい景色に言葉もなく立ち尽くす私にリーゼは得意気に笑った。


「えへへ、驚いた?ここね、夜になると蛍みたいな光がふわーってなってすっごく綺麗なんだって」


「……最近外出が多かったのって、ここを私に見せるため?」


「うん!いつも私のために頑張ってくれるお姉ちゃんへの恩返し!本当は何かプレゼントしたかったんだけど、私センスないから……」


 ああ、うん。リーゼは感性が独特というか個性的というか、凡人には理解不能な感性をお持ちだもんね……

 危険な道中だったけど、こんな素敵な景色を見られるならまた来たいな。


「ありがとう、リーゼ。次は夜に来ようね!」


「うん!こちらこそ、いつもありがとう!」


 爽やかに吹き抜ける風をBGMに、美しい花畑を堪能する私達だった。




 それからも前世の知識を惜し気もなく晒し、リーゼが欲しい物を中心に各業界と協力して色んな物を開発していった。脅迫?違います。リーゼの拳をチラつかせただけです。

 あるときはジャガイモを探してデンプンから片栗粉を作り塩唐揚げを作ったり、またあるときは鶏ガラと野菜を煮込んでコンソメスープを作ったり、冒険者になりたいと言うリーゼのために特注の籠手を作ったり。育ち盛りだから食い物ばっかなのは許しておくれ。


 しかし材料の都合で断念したものもある。

 醤油と味噌を作ろうにも大豆が見付からず、魚料理を作ろうにも近辺に港町はなく、海産物は商業ギルドで発注できるが輸送方法がお粗末すぎて話にならない。というか未成年はそもそも商業ギルド利用できない仕組みだし。

 何か良い方法ないかなーと案をこねくり回しているうちに気が付いたら2年経過していた。




 13才の誕生日、この世界基準で大人の仲間入りと同時に商業ギルドに商人登録しに行った。登録できるのが成人13才からなので。

 商人になる気は微塵もないが、関係各所から登録してくれと懇願されたので仕方なく。


 これまで私が考案したものを正式に売りたいが、商人登録や職人登録等をしていない者が関与した製品を売買するには制約があり、私達が未成年ゆえに許可が下りなかったらしい。

 どうりで店頭で見かけなかった訳だよ。毎回注文しなきゃで効率悪いなーって思ってたらそんな事情があったとは。

 成人したら許可とれるなら勝手に作って勝手に売れば?と言ったら「大恩ある女神様を無下にするなんてそんな!」と全否定。大袈裟だな。

 私が考案したのではなく元々あったものを再現しただけなのだが、まぁ細かいことはいいか。


「ようこそシャルロッテ様、リーゼロッテ様。心よりお待ちしておりました」


 商業ギルドに入ったら丁重にもてなされた。

 奥の応接室に案内されて出された紅茶を飲みながらリーゼとまったり寛いでいると、程なくして妙齢の美女が姿を表した。


「待ってたよ、噂の天才姉妹ちゃん。アタシはギルド長のアネットだ。末永くよろしく頼むよ」


 妖艶に微笑むアネット氏。

 リーゼもにっこり笑って無邪気に爆弾投下した。


「末永くって、結婚みたいだね!」


「そうだねぇ。アンタの姉さんは商業ギルドと生涯契約を結ぶから間違っちゃいないね」


 悪乗りしたアネット氏が投下された爆弾に着火してぶん投げた。


「つまりギルド長は仕事と結婚してると」


「お前さんも仕事沼に引き摺りこんでやろうか?」


「生意気言ってすみません」


 着火した爆弾を投げ返したら盛大に爆散して飛び火した。ワーカホリックはお呼びでないのよ。

 とまぁ、言葉遊びもほどほどに本題へ移行。

 アネット氏は随分と私を高く評価してくれているようで、ただの職員ではなく相談役として商業ギルドに所属してほしい旨を仄めかされた。


「アンタが妹可愛さに色んな業界に首突っ込んで嵐を巻き起こしてるのは把握してたし目をつけていた。でも決定的なのはこれだ」


 懐から取り出した手紙をテーブルに滑らせた。


『鼠と踊る暇があるなら狐狩りでもしたらどうだ?』


 いつぞやの癒着事件の際に私が施した細工のひとつだ。

 とあるツテを使って調査し、横領の証拠を回収したのち証拠品とともに商業ギルドに宛てたもの。

 正規の手段では目を通してくれるか怪しかったのでちょっと危ない橋を渡ったけど。


「未知の技術に有用な知識、開発力に加えて情報収集能力、そして何より商業ギルドに忍び込む豪胆さ。是非ともウチに欲しい人材だ」


「情報収集も商業ギルド侵入も決行したのは別のやつだぞ?」


「人を動かす術も理解してて人脈もあるなんて最高じゃないか」


 要するに不法侵入の件は不問にしてやるから商業ギルドに貢献しろと。拒否権ないじゃん。

 業務内容は商品開発や販売方法の相談から新規事業の開拓まで多岐に渡る。商業ギルドの管轄内であればどんなことにも口出しできるのが相談役の特権とのこと。新規事業の開拓は相談役の仕事ちゃうやん。面白そうだからいいけどさ。


 常時妹最優先でOK、基本月給が銀貨20枚イコール十進法で金貨2枚、ギルドへの貢献度により増加可。

 庶民の平均月給が銀貨8枚なことを考えると破格の待遇だな。情報料諸々込みか。

 常時妹最優先でOKとかそれなんて天国?もちろん契約しましたとも。私の扱いが分かってらっしゃる!

 アネット氏は「本当は動力源も引き込みたいところだが、冒険者ギルドを敵に回すのは得策じゃないからね」と苦く笑う。

 リーゼは若くして上級冒険者に仲間入りした冒険者界隈のアイドルだからね!


 商業ギルドへの就職が決まった後、まず取り組んだのはこれまで開発してきた物の商品登録と製造と販売の委託。

 増産体制を整えるのは商業ギルド主導で、販売は私が関与してきた店舗で行われることに。

 季節限定の製品は素材を先取りした方がお得だとか安全管理、それに伴う費用対効果など、製造に関して早速口出しさせてもらった。

 今まではリーゼのことしか頭になかったからそこら辺スルーしてきたが、一応商業ギルド所属になるんだからきちんと考えますとも。ええ。


 アネット氏は一語一句聞き漏らすまいと終始目を光らせて脳内にインプットしてた。

 小娘が話す商売のあれこれを真剣に聞く妙齢の商業ギルド長。シュールな絵面だ。

 どれも画期的なものだからと一度に何種類も売って盛大にお披露目しようとするアネット氏に待ったをかけて購入者側の懐事情や類似品流出の危険性などを説いたら「うちのギルドを目の敵にしてる輩に情報が漏れたらまずい」と小出しにすることが決定。


「恐れ入ったよ。とても成人したての小娘とは思えないね」


 意味深な笑みを浮かべるアネット氏には気付かぬフリ。


 ふっふっふ。せっかく便利な立場を得られたんだし、異世界革命としゃれこみますか!

 ちなみに頭使うのが苦手なリーゼは小難しい話が始まってすぐに夢の世界へ羽ばたいた。お馬鹿なところも可愛い。




「ボス!レフェロ公爵領とチートス伯爵領を繋ぐ街道の新たな駅馬車線路開通許可を頂きました!」


「そうか。ご苦労。下がってよし」


「サー!イエッサー!」


 私が商業ギルドに就職してから約5年。

 ギルド内にある私専用の執務室にて繰り広げられるこのやりとりにも随分慣れた。

 よく訓練された兵士みたいな返事をして退室する部下の背をコーヒー片手に眺める。


 5年前にした異世界革命宣言は見事に有言実行を果たした。

 輸送技術向上による流通網の拡大、自国の主要街道を中心に人工魔導馬を利用した駅馬車の線路開通、魔力を発電機に見立てた魔導発電所の設立、空間魔法の概念の確立に伴い製造された緊急時専用大型転移装置、等々。

 金融機関の法改正など国のテコ入れも頑張ったぞ!リーゼを伴い国の重鎮とオハナシした甲斐があった!


 え?仕事内容が相談役の域を越えてるって?

 大丈夫。特別手当ては出てるから。

 人工魔導馬の駅馬車に文句を垂れていた馬屋の者は競馬場の設立により解決。本当は電車を作りたかったが様々な理由で却下。代わりに街道を走る魔導馬は対魔物用に迎撃と防御に秀でた優れものだ。

 魔導発電所は通信機製作のために必要だったので造った。肝心の通信機は試作中。


 この街の領主を足掛かりに国中の貴族、果ては国王と繋がりを持てたのは僥倖だった。おかげで線路開通が滞りなく進行した。商業ギルド所属なので引き抜きもない。アネット氏に感謝だ。

 街道に出没する魔物問題は魔物避けの魔導具を等間隔に配置することでほぼ解決。予算は貴族から毟りとった。

 小娘の決定に逆らう阿呆もいたが、そこは「リーゼちゃんにお願い(はぁと)」で万事解決。お姉ちゃんの血生臭いお願いにも快諾してくれる良き妹、プライスレス!


 そのリーゼはというと、史上最年少のソロ冒険者として大成し注目の的となっている。

 物理攻撃が効かないはずの魔物を拳で沈めたり、魔法を使わず水の上を走って移動したり、うっかり大地に裂け目をつくったり。うちの妹天才か?天才だ!

 最近では若手冒険者を中心にリーゼに教えを乞う光景が見受けられ、しかも驚くことにリーゼ流冒険講座のおかげで結果的に冒険者の死亡率が下がったと聞いてお姉ちゃんは鼻が高い。


 多忙だけど、リーゼ第一な私は定時で上がって冒険帰りのリーゼと共に仲良く帰宅するのが日課となっている。

 むしろ冒険者業で大成功したリーゼの方が忙しく、なかなか会えない日もあったり。お姉ちゃん寂しいよ……

 そんなときはこちら、異世界技術と魔法を組み合わせた最新モデルのカメラを駆使して撮影したブロマイドを取り出しましょう。写真の中で屈託なく笑う可愛い妹が心の栄養素となって私を励ましてくれます。はぁ相変わらずうちのリーゼは可愛い。


 今日も仲良く家に帰ったら報告会。

 淡々とした業務連絡とは違って他愛ないやりとりのそれは日々の疲れを癒す薬のよう。

 今日はこんなことがあったよーって言う私にリーゼが楽しそうに笑い、逆にこんなことがあってねーと無邪気に話すリーゼに私が相槌を打つ。

 こんな何気ない日々が愛おしい。



 しかしある日、そんな日常に亀裂が入った。



 商業ギルドと冒険者ギルドは独立した組織なので、例外を除き王候貴族は介入できない。

 にも関わらず要らんちょっかい掛けてくる輩はどこにでも湧いて出てくる訳で。


「この小娘で間違いないな?」


「はい。武神と名高いSランク冒険者・リーゼロッテの姉、シスコンバーサーカーにして世界に革命をもたらす商魂悪魔・シャルロッテで間違いありません」


 ガタゴト揺れる荷馬車の中、手足を縛られ口を封じられた哀れな子羊を横目に密かにやりとりをする煌びやかな服装の肥え太った男と従者。


 はーい、現在誘拐されてまーす。

 自慢じゃないけど私ここ数年で大分顔が売れてるからね。貴賤問わず良い意味でも悪い意味でも目を付けられてるのは重々理解してたから用心して常に護衛をつけてたんだよ。

 でもほんの一瞬お花摘みに行って戻ってきたら護衛が気絶してて、こりゃヤバいかもと私が何かする前に知らない男共に囲まれてあっという間に自分も気絶させられ、気が付いたらこうなっていたというね。


 煌びやかな服装の男は最近財政が傾いてきたとある伯爵家の当主。怪しい動きは把握してたが即日実力行使する胆力などないと判断し放置してたのがまずかったか。まさか商業ギルドから追放されて逆恨みしてる輩と結託するとは思わなんだ。

 よし、後で国王にチクろう。杜撰な領地経営も併せて報告したら爵位剥奪は免れないだろう。ノーブレス・オブリージュの精神を培え!貴族の義務を果たせ怠け者!と叱責されるのが目に浮かぶわ。


 さて現状どうするかだが……どうしようもないな。

 ゴリラな妹と違って腕力のない私が己を拘束する縄を引きちぎるのは土台無理な話で、器用に縄抜けできたとしても馬車の扉側に向かい合って座る豚貴族と従者を出し抜いて脱出は不可能。無駄な試みは諦めて大人しくしてよう。

 豚貴族と従者と務めてしおらしい態度の私を乗せた馬車は貴族街の中程にある屋敷に吸い込まれていった。


「ははは!流石は世界に革命を起こす悪魔だ!まさかこれほどの隠し玉があるとは!」


 成金趣味全開な屋敷の地下室に連れて来られて数十分後。豚貴族の高笑いが響き渡った。

 地下室に入ってから自由になった両手を交互に擦り、人畜無害な乙女を捕まえて悪魔とはなんだ悪臭豚伯爵と内心毒づきながら、たった今描いた図案に視線を滑らせる。

 そこにあるのはまだ世に出していない飛行機の簡易図だった。


 豚貴族が私を拐った理由、それは異世界知識と技術の独占。

 傾いた領地を立て直すのではなく私利私欲のためなのは明らか。当然私も出す情報は選んだ。

 この世界にはないもの且つ分かりやすく有用性を示せるものイコール空を飛ぶ乗り物という訳だが、ここにある飛行機の簡易図は重要な部分をいくつか省いたので実現はできない。せいぜいぬか喜びに浸ってるんだな。


 そんなことよりもリーゼに会いたい。

 そろそろ街に帰ってくる頃だし、商業ギルドで私が行方不明なことに気付いて大騒ぎになってるはずだから、心配するだろうなぁ。

 アネット氏ならすぐ私の居所を掴めるだろうしそれまでの辛抱かーなんて思っていたら、何の兆候もなく突然大地が激しく揺れた。

 立っていられないほどの揺れを前にこの世界では地震初体験だななんて冷静に考える私を襲ったのは獣の咆哮。

 混乱する豚貴族と使用人を嘲笑うように、地下室の天井が崩壊した。


 豚貴族と使用人を下敷きに瓦礫の山と化した場所から夕日と共に巨大なトカゲ、否、ドラゴンの頭が姿を表す。

 人生初のドラゴンとの邂逅。しかしファンタジー生物を目の当たりにした感動も生殺与奪の権利を否応なしに握られている恐怖もなく、私の意識はドラゴンの背に跨がっている唯一の身内へと向いていた。


「お姉ちゃぁぁぁん!!」


「リーゼ!?」


 私の声に反応してドラゴンの背から飛び降り、弾丸ダッシュで抱き付いてきたリーゼ。受け止めきれずに二人揃って倒れた。


「よかったぁぁお姉ちゃん無事だぁぁ……!」


「どうしてリーゼがここに?」


「討伐依頼を終わらせて商業ギルドに行ったらお姉ちゃんが行方不明だって聞いて、アネットさんに居場所割り出してもらってから放し飼いしてたステーキと一緒に乗り込んできたの!恐怖の象徴を引き連れていけば簡単に黙らせられるかなって思って!」


 ドラゴンの名前は後で改名するとして、リーゼちゃんったらテイマーの才能もあるの!?まじ天才!!

 そういえば去年「懐いたペットがいるんだけど街中は落ち着かないみたいだから街の外で飼っていい?」「いいよー」って会話をしたなぁ。このドラゴンのことだったのか。


「ありがとね、迎えに来てくれて。さ、帰ろうか」


「うんっ!」


 豚貴族の後処理は兵士にお任せして、デカいペットも野に帰し、魔物が街に降り立ったことで起こった街の混乱を沈静化しつつ一応商業ギルドに顔を出してから帰宅しようとしたが、貴族街の入り口に顔見知りの人達が集団と化していてそれは叶わず。

 付き合いが長い職人や商業ギルド職員、果てはリーゼ経由で知り合った冒険者まで。この集まりはなんだろう?と首を傾げていると、統一性のないその集団からアネットさんが抜け出てきた。


「びっくりしたかい?皆アンタを心配して駆け付けたのさ」


 更に首を傾げる私の頭を子供をあやすように撫でるアネット氏。


「そこそこ長い付き合いなんだ。情も湧くさ。アタシも含めてね」


 彼女の言葉に同意する声多数。

 常にリーゼ優先で他は二の次だったのに、リーゼ以外の人は割りとぞんざいな扱いをしてきたのに。それでも私を慕ってくれる人がこんなにもいるのか……


「ああ、そう。私を気に掛ける暇があんならやることさっさと終わらせろ愚図共」


「くっ……嬢ちゃんにデレ期はなかった……」


「ツンデレじゃなくてツン百パーじゃねぇか」


「これはこれでご褒美です!」


 皆が露骨にガッカリした。

 最後の新たな扉が開いてしまった誰かさんよ、そっとその扉を閉じなさい今すぐに。

 ニコニコ笑顔で私達のやりとりを見ていた表情から一転、解せぬとばかりに眉間にシワを寄せるリーゼ。


「皆の目は節穴かな?ツン百パーじゃなくてツンデレなのにね」


 我が妹にはお見通しだった。

 頬に集まる熱を手で扇いで冷ましていると、不意に手を握られた。

 お手手繋いで仲良く帰ろうって?もぉーいつまで経ってもお姉ちゃん離れができない子ねぇー全く仕方ないんだからえへへへ。

 内心狂喜乱舞しながらぎゅっと握り返してリーゼを見ると、予想に反して真剣な顔で私を見詰めていた。


「ねぇ、お姉ちゃん。次またお姉ちゃんが怖いことされそうになったら報せてね?ブチッてしちゃうから!」


「リーゼ……!私もリーゼが拐われたりしたらエイヤッ!てしちゃうよ!」


 やだぁ、私の妹マジ天使ぃーーー!!


「可愛い言い方では到底隠しきれない殺意」


「有言実行できるところが怖ぇ……」


「ま、あの二人らしいな」


 冒険者と職人を中心に戦慄と呆れが広がる中、お互いしか眼中にない私達姉妹は大事な家族が傍にいる幸せを噛み締めた。


 これからも貴女のために頑張るからね、リーゼ!




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