僕の先輩はスライム娘


 ――さて、先輩の話をしようか。



  ●




 よう、僕だよ。


 おっと、いや誰だよとか言うんじゃないぞ? それを言い出したら今僕は誰に向かって語り掛けてるんだとか、そういう話になって行くからな。まあ気にすんな、そういう気分の時ってあるだろ?こう、急にムラっと……ムラっとちゃうわ! フワッと自分語りと言うか、内心をト書き調で語ってみたりだとか、そう、あれだよ、あれ、


 ――――思春期なんだ! 言わせんなよ!!


 ……ちょっとインパクトが弱いな、もっといい叫びを思いつくのが今後の課題か。


 で、何の話だっけ? うちの向かいの喫茶店の店主が『そうだ、ココアを極めよう』とか言って店休業にしてガーナまでカカオ豆買い付けに行こうとしたら常連のゴリラ変異の消防士に襟首掴まれて正座説教喰らってた話だっけ?


 なんでも消防士の人は最近よく話す相手ができたとかで、待ち合わせに使ってんだからどっか行くんじゃねぇよってキレてたらしい。確かにあの店主、酷い時数ヶ月返ってこないから賢明だと思うよ僕も。



 ――ていうか違う、先輩の話だよ!



 僕と先輩は同じ生徒会の役員なんだけど、うちの生徒会は特殊って言うか、役職者は卒業まで基本固定で、前任者が卒業したら選挙で後任を決めるっていう変な部族のシキタリ見たいなシステム採用してるんだよな。


 だから僕は二年で書記、先輩は三年で副会長なんだけど、ぶっちゃけ今の生徒会役員って皆他で多忙というか、後輩の会長は巨大植物攻略の方に掛かり切りだし、同学年の会計は予算横領しようとして停学喰らった。他のメンツも部活が忙しかったりで、基本的に帰宅部の僕が雑用兼まとめ役と言うか、生徒から来た要望とかを纏めて他のメンバーに共有したりとか、そんな役割だ。


 ぶっちゃけ部活やらない言い訳にもなるし、生徒会室は結構居心地良いから役得感もある。――会計の代わりするのも今は良いソフトあるし、そんなに困らないからまあ楽々。


 で、副会長の先輩も弓道部が忙しくて、二年の時は週に一回来るかどうかって感じだったんだけど、三年になってからはほぼ毎日やって来て、手伝ってくれてる。


 僕は半分というか十割くらい先輩に一目惚れして生徒会入ったから、先輩が来てくれて手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、素直に喜べるかと言うと、そうでもないんだよなぁ、これが。



 そんな事を思っていれば、扉が開き、眼鏡を掛けた一人の女性が生徒会室の中へと入って来た。


 先輩だ。



「おや少年、今日も早いねぇ」



 PCで作業をしてる僕を見つけた先輩が声を掛けて来たので、僕もいつも通りに挨拶を返す。



「お疲れ様です先輩、いつも手伝ってくれてありがとうございます」


 

 言葉の先、眼鏡の奥で瞳を細めた先輩が、自分用のロッカーに鞄を仕舞いながら、



「気遣い不要だとも少年、去年は君にばかり仕事を押し付けていたからね。今の私は部活も出来なくなって暇だし、それくらいはするさ」



 そう言って備え付けのポットでコーヒーを淹れに歩いて行く先輩の姿は、頭の天辺から足の爪先に至るまで、髪も、瞳も、その豊かな胸も、全身が透き通った半透明の水色をしている。



 全身変異、それもスライムだ。



 先輩に変異が起こったのは今年の春休み。骨格のないスライム系の変異は瞬発力はともかく、全身で支えるような動作が難しい。


 外付けの簡易骨格を装備することで日常生活はこなせても、運動系となるとまた別で、先輩も弓を構える動作の内、……ええとたしか、引き分けから会に移り、離れまでだったかな? の力の維持が出来なくなったらしいんだ。


 瞬発力で矢を放つ速射の様な射法なら問題無いらしいのだけれど、高校弓道として大会で行う礼射式の構えが出来なくなったことで大会への出場が難しくなって引退。それ以来、生徒会室には頻繁に来てくれるのだけれど、僕は先輩が弓道に打ち込んで居たのも知っているから色々複雑だ。


 と、そんな事を考えながら各部の領収書を会計ソフトに打ち込んでいると、不意にPCの横にコーヒーの入ったマグカップが置かれて手を止める。



「少年のコップが空いてたから、自分の分淹れるついでにね」


 

 カップに釣られて視線を横に向ければ、そこにあるのは前かがみになった事で重力に従った巨乳。変異用の防水仕様のインナースーツで締め付けられてなおハリと柔らかさをありありと見せつけるそれに、僕は一度両手で拝んでから感謝の言葉を口にする。

 


「あ、すいません、ありがとうございます先輩」


「どういたしまして、――それはそれとして、明らかに拝んでる部分が私の顔じゃなくて胸なのが相変わらずだね少年。私は構わないけど、誰彼構わずやると通報待ったなしだから気を付けたまえよ?」


「大丈夫です! 僕は絶対的に巨乳信者ですけど、どんな巨乳よりも先輩が一番ですから!! 一目惚れです!!」


 

 素直に本心で言った言葉の先、先輩は一度頷くと、

 

「ああうん、去年の書記選挙での立候補演説すごかったよね君。『副会長の先輩の巨乳をそばで拝みたいから立候補しました!!』って叫んで先生方に壇上から引きずり降ろされてる少年を見て思わず笑ってしまったよ私」


「いやー、お恥ずかしいです、あの時は他の候補と討論会になって、最終的に僕以外の候補の尻に手持ちの花火挟んで前衛生け花状態にしたらまた先生に引きずり降ろされそうになったんで、先生の尻にもロケット花火挿して点火したらなぜかぶっちぎりで当選して驚きましたよね、なんで停学になって無いんですか僕?」



 本当、普通に考えたら停学どころか退学でもおかしくない気がするんだけど、正直この学校に入ってからその程度のイベントは週一くらいで起きてるので、何と言うかこう、常識が違う感じがある。



「あー、まあこの学校、巨大植物PLANT科の方がメインで設立されてるからね、戦闘訓練や模擬戦も授業にあったりと色々試験的な事やってるから、教師陣も濃い人が多いし校則もだいぶ緩いんだよ少年」


 

 そう言うと、先輩は少し遠くを見つめる様に窓の外を見つめて、



「ぶっちゃけ私の時は対抗馬が剣道部だったんだけど、向こうが竹刀持ち出して『遠距離攻撃しか出来ない臆病者には敗けん!』とか煽って来たから友人に弓持って来てもらって竹刀避けながらゼロ距離で模擬戦用の矢で眉間ぶち抜いたんだけど、結論言うと相手が頑丈な変異持ちでよかったね」


「なるほど、つまりは毎年の恒例行事なんですね?」


「そう言う事だね、むしろ今年は会長選挙だから荒れるんじゃないかと思っていたんだけど、会長が突然演説用のマイクしゃぶり始めて校内放送ASMR状態で『ほう、これは中々いい金属をつかっているね!』って言ったら他の候補者が全員辞退したから歴代屈指の平和さだったと思うよ?」


 

 そう言われて思い返すのは、今は此処に居ない一つ下の生徒会長の事だ。天使系の有翼変異の男子で見た目のファンは多いんだけど、口を開くと残念になるタイプ、ともあれ自分の印象としては、



「会長、先輩と口調が微妙に被ってるんで、議事録付ける時は発言者書いたりとかちょっと気を付けてるんですけど、一回疲れてる時に会長の発言の前に『変態』って書いてて、先生に『これだと副会長以外全員該当すんだろ』って怒られましたね」


「んー、生徒会として根本から間違ってる気がするけど、去年の会長も凄かったから是非も無いね……」



 去年の会長とは自分は一年間一緒に仕事をしたわけだけど、確かに色々凄まじい人だった。

 

 特に思い返すことがあるとすれば、



「卒業式、凄かったですよね……。まさか体育館で四尺玉の花火が上がるとは……」


「実はアレ、少年の選挙演説にインスピレーション得たらしいよ? ただまあ正直アレ単なる爆撃だったよね、探索科のリンドバーグ女史が先読みで射線上の屋根破壊して事無きを得たけど、お陰で春休みに体育館改修で危うく入学式に間に合わないところだったし、それで特にお咎め無しな辺りおおらかな学校だと思わないかい?」


「おおらかで済ませて良い範囲超えてると思うんですけど……」



 気にしない気にしない、と先輩が手を振りながら自分のカップを手にして席に着く。

 話して居て丁度よい温度になったのか、少し勢いよくカップを傾けて中の液体を喉へと通し、ほう、と息を吐いて此方に視線を向けると、



「なんだい少年? 私の顔に何か付いて居るかね?」


「はい! 目と鼻と口と眉毛が!」


「使い古されたネタを自信満々で言えるのは素直に賞賛に値するがね。――それで、何か気になることがあってこっちを見て居たのだろう?」



 うわー! 超見透かされてる!!


 いやまあ、七割くらいは目を閉じて顎を反らす先輩の喉のラインに見惚れてただけなんだけど、それ以外に三割気になることはある訳で、



「えーと、先輩、スライムじゃ無いですか?」


「うん、そうだね、それがどうしたんだい?」



 はい、と、自分は頷いて、



「先輩、まあ水色系で背景とか透けてるんですけど、今飲んだコーヒーとか、食事とか、そう言うの一切透けてないですよね、なんでなんです?」



 先輩の身体は結構リアルに透けていて、よくあるゲームのスライムみたいに全体一括透過で背景が見えてる感じではなく、色が単一なので一見だと解りにくいけど、体の背面や、その向こうの後ろ髪まで薄っすら透けて見えている。


 流石に顔の部分は密度が濃いのか透けていないのだけれど、だとしても食道や胃の辺りは透けていていいのでは無いだろうかと思うのだが、果たして疑問の先の先輩はコーヒーのカップを手にしたまま机に置き、反対の手の指を二つ立てて此方に見せ、



「ふむ、そうだねぇ……実の所理由は二つあってだね。まず、ある程度身体加護で体の透過率は調整されて居てね、内部の屈折率を変えて内蔵とか食べた物のシルエットが見えない様にしているというのが一つ、そしてもう一つなんだが、実の所、この身体は消化吸収性能がかなり高くてね、コーヒーくらいの液体なら、喉を通る頃にはもう吸収されて見えなくなっているんだよ」


「……濁らないんですか?」


「んー、あんまり大量に飲むと若干濁る場合もあるみたいだけど、その場合も加護が自動で調整掛かるから問題ないよ? 身体に付いた埃とかもある程度弾いてくれるし、流石に手足はカバー必須だけど別に全身タイツじゃなくても生活できるからね」


「加護すごい便利ですけど、なんだか世界の設定に矛盾があるような……」


「ふふふ、まあこんな体になったんだ、折角なら楽しまないと損と言う奴だよ、少年?」



 そういってカップに残ったコーヒーを一息に飲み干すと、ただ、と先輩は言葉を繋げて、



「以前より踏ん張ったり、重い物を長時間持てなくなっているからね。部屋の模様替えとか、買い出しなんかでも前より苦労することはあるんだよ?」


「なるほど……」


 

 たしかに、踏ん張る動作が難しいとなると部屋の模様替えのような作業は大変だろう、それに加護である程度制御できるとはいえ、体の表面に粘液が垂れることもあり素材によっては通常よりも気を使う事になりそうだ。


 と、そんなことを考えている僕に、先輩が軽く椅子を回して体を向けてきて、



「うん、そういうことだからさ、今度の土曜日、買い出しに付き合ってくれないかな?」



 はい?



「え、いいんですか!?」


「ん? 良いも何も、私が荷物持ちを頼んでいるという構図なんだが?」



 いやいや何を言ってるんですか、



「僕からしたら先輩とこうして同じ空間にいるだけで脳内麻薬の過剰分泌でハッピーバンザイ無限平野ですよ!? それが二人でお買い物だなんて幸せすぎてもう僕は今すぐ成仏してもいい……!!」


「おいおい、荷物持ちしてもらわないと行けないんだから、成仏されたらこまるよ少年」


「あ、はいすみません! でも大丈夫です! 先輩とのお買い物せずに死ぬとかありえないんで、そのまま生き返ると思いますから!!」



 そもそもそんな簡単に死なないでくれということで決着しました。




    ●



 朝九時二十分、待ち合わせの十分前に先輩に言われた場所へと向かえば、そこにはすでに先輩が立っていた。


 いつもの学校指定のインナースーツではない、白と黒を基調にしたより露出の多いインナーの上から、白地に黒のラインが入った防水加工のパーカーを羽織っている姿に思わず見とれそうになって、けれど、ひとつ気づいて僕は立ち止まる。



「……あれは」



 正面、一人の男性が立っていて、先輩と何かを話して笑い合っていた。


 その顔には見覚えがある、確か去年の弓道部の部長だったはずだ。去年弓道部の見学に行ったときに対応してもらったことがあるので、なんとなく覚えている。


 距離があって会話の内容までは聞き取れないけれど、話してるその表情から二人の仲の良さが伺えて、思わず引き返しそうになる足をどうにかその場に留め置いた。


 と、男性が軽く先輩に手を振って歩き出すとき、去り際の声だけが聞こえて来て、



「……来年からよろしく、か」



 駄目だ、どうしても良くない方向へと思考は巡る。いやまあ、僕が先輩を好きなことは僕の自由であって、先輩が僕をどう思っていても変わらないことではあるんだよね、だけどまあ、流石に恋人ができた人への好意を表に出し続けるのはどうかとも思うわけで、結論としてはゲロ吐きそう。


 うん、どれだけ取り繕ったとしても、やっぱりキツイものはキツイ。


 いやまあ、まだ彼が先輩と恋人だとか、そういう関係だと決まったわけではないんだけどさー、でもさー!!


 と、そんなことを考えている僕に気がついた先輩が、こちらに手を振りながら口を開いて、



「おはよう少年、時間ぴったりだね」



 言われて見れば、僕が先輩と彼の会話に尻込みしている間に、気づけば時間は集合時刻になっていたわけで、僕は先輩の方へと歩みを進めながら、



「おはようございます、先輩。待たせてしまいましたね」


「ううん、私がつい早く来てしまっただけだから気にしないでいいとも。それより、来てくれてありがとう、少年」



 そういって微笑まれてしまっては、先の男性との会話を聞くことなど出来はせず……いや元々そんな勇気は無いんだけど、まあ、うん、だから僕は視線を先輩の体へと向けて言葉を紡ぐ。



「その、先輩の今日の服、素敵ですね」


「ん、そうかい? インナースーツだし、あまり新鮮味はないと思うのだが……」



 そういって僅かに苦笑をこぼす先輩だが、当然僕からすればそんなことはないわけで、



「何いってんですか先輩! いつもの全身ピッチリ覆う学校指定インナースーツのボディラインと上着やスカートの織りなす末広がりな戦闘機的シルエットは美しさと格好良さを両立させた至高の領域ですが、今日はハイソックスとインナースーツのパンツ部分が作り出す魅惑の生足ゾーンにパーカーのゆったりしたラインが合わさったギャップの美!! そして何よりも先輩の巨乳を下から支える胸パーツとその隙間から零れ落ちそうなそのスライムオパーイ!! これぞまさに一つの美の到達点!! 最高です!!」


「どうどうどう、落ち着きたまえよ少年」


 

 いかん、完全に思考がそのまま口から飛び出していた。



「あ、はいすみません正気に戻りますね!!」


「うん、正気じゃない自覚が君にあったことが何より驚きだけど、まあつまり一言で言うと?」


「はい! 今日の先輩もいつもの先輩も、常に最新の先輩が僕にはとって最高に最高です!! ありがとうございます!!」



 自分でも何を言っているのか分からない自覚はあるけれど、ありのままの気持ちを言葉にした先で、先輩は少し困った様に眉尻を下げた笑顔を浮かべていて、



「……まったく、先にその言葉を言われて居たら『着飾り甲斐がないね』って言っていただろうに、その前にしっかり全部みて褒められたら、私の逃げ場がないじゃないかね」


「……?」



 逃げ場? どういう事だろうか?


 だけど僕がその疑問を口にするよりも早く、先輩が軽く体を動かして身を回し、少し先にある大型のショッピングモールを指さすと、いつも僕に向けて来る少し不敵な笑みを顔に浮かべて言葉を紡いだ。



「さて、ここで立ち話もなんだからね、付き合って貰って申し訳ないけれど、荷物持ちの方、よろしく頼むよ?」


「もちろんです! 任せて下さい!!」



 先輩のお役に立てるなら、これくらいはお安い御用ですって!




   ●




「うーむ、床に敷く防水仕様用のカーペットなんだけど、白とブラウンなら少年君はどっちが好きだい?」


「はい! 先輩が寝そべった時に映えるのは断然白ですけど、日々の掃除の頻度とか考えると汚れの目立ちにくいブラウンの方が良いと思います!」


「ふむふむ、じゃあ掃除さえサボらなければ白の方が少年は好きって事かな?」

 

「いえ違います! 白の方が先輩の美しさが際立つって事です!! 僕の判断の基準は先輩ですからね!!」


「うん、あまりにもナチュラルな狂信者ぶりだね少年、――では私では無くて、少年が自分の部屋用に買う場合はどうなんだい?」


「はい! その場合は『もし仮にそこに先輩が居たと妄想したら』で判断するのでつまりは変化なしです!!」


「おおう、価値観が一貫しているね少年!」




  ●



「あ、見て下さい先輩! なんかヒーローショーやってますよ!?」


「ふむ、邪神戦隊クトゥルゥジャーか、ネーミングからして正義の味方としてどうなんだいコレ?」


「なんか敵も邪神系らしいんですけど、変身シーンで毎回敵味方どっちも判定ミスって『AHAAAAAAAAAAA!?』って発狂するらしくて、大体主人公サイドの司令が光の槍投げて解決するらしいですよ?」


「お、本当だ、ちょうど発狂した連中を纏めて光の槍が貫いて爆発したね」


「エーテル技術の発展で、こういう公演の演出も滅茶苦茶派手になりましたよねー」



  ●



 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、気付けばお昼を食べずに午後一時を過ぎて居た。


 ちょっと何処かでお昼を食べるにはタイミングを逃したと言うか、フードコートは完全に満席で、どの店も大勢の人が行列を作っている状態だ。


 ついでに言うと僕は背中に液体系変異用小物を入れたリュックを背負い、ミニサイズとは言えカーペットと組み立て式の棚を抱えた中々の重武装形態で、正直この状態でテーブルに着くのは結構周りに申し訳ない面もあり、さてどうしたものかなと思って居ると、



「ふむ、じゃあ少年、荷物を運んでもらっているお礼も兼ねて、私の家でお昼とかどうだい?」



 ふぁ!?!?!



「え!? 先輩の家にお邪魔するどころか食事まで!? そんな恐れ多い事が許されていいんですかこの僕に!!!?」



 思わず周囲の視線が一斉にこっち向く勢いで叫んでしまったが、軽く威嚇して顔を背けさせて置く。おおん? 見せもんちゃうぞコラ、おっとそこの少年僕の顔みてマネするのは良いセンスだ、けど両親凄い顔してるからそこで踏み止まっておけよ?


 そんな僕の奇行を特に引いた風も無く微笑していた先輩は、軽く手招きをしつつ歩き出し、



「良いも何も、少年にはカーペットの設置とかもお願いするつもりだったから、元々夕食は御馳走するつもりだったんだよ。食材は多めに買ってあるし、君さえ良ければ二食食べて行ってくれると嬉しいのだがね?」


「はい!! 心の底からよろしくお願いします!!」



 また周囲の視線がこっち向いたけど、今度は渾身の変顔したら半分くらいが吹き出したから僕の勝ちだな!!


 あ、先輩、お腹抱えて痙攣してますけど大丈夫ですか!?





   ●




 そこから案内された先輩の家は、ショッピングモールから五分ほど歩いたところにあるマンションの二階だった。


 確かPLANTSが変異持ちの人向けに建てたマンションで、先輩の様な特殊変異系の場合は家賃が大部分補助された筈。



「さていらっしゃい、ちょっと段ボール多いけど、気にせず上がってくれ給えよ少年」



 鍵を開けて中へと入った先輩に続けば、なるほど、玄関脇なんかにも幾つか未開封の段ボールが積んであるわけで、これは引っ越ししたてと言う事かな、と思いながら自分は口を開き、



「あ、はいお邪魔します!! 二礼二拍手一礼でしたっけ!?」


「現人神になったつもりは無いから止めたまえ、と言うか荷物重いだろう? 私は昼食の準備をするから、鍵を閉めたらその辺に一旦置いて置くといい」



 そう言い残して先輩は奥の部屋へと消えていったので、僕は靴を脱いで脇のポイントユニットに接続していたハーネスを解除、懸架する形で抱えていた荷物を外し、丁寧に廊下の脇へと寄せる様に降ろして顔を上げる。



「……うーん、結構広いんだな」



 そうして視界に入る景色は、短めの廊下の左右と奥に部屋が並んだ家の中だ。


 奥の部屋は先輩が消えていったことから考えてキッチンとリビングとして、後の配置は物置、バスルーム、トイレに、普通の部屋が二部屋と言った所だろうか?


 前に聞いた話では先輩の家はそこそこ裕福らしいけれど、見た所これは一人暮らしと言うよりは二人か、核家族なら一家で住める間取りになっていて、



 ……誰かと二人暮らしすること前提、とかかな?



 とすると相手は朝に話していた彼だろうか……と要らぬ邪推をしそうになった僕の所へと、奥の部屋から先輩が顔を出して声が響く。



「おーい少年、そんな所にいないでこっちへ来たまえよ。冷たい麦茶入れたし、ご飯出来るまで飲んで待っていてくれたまえ」


「はい!! すぐ行きます!!」



 うん、現状最高に幸せですし細かい事はどうでもいいですね!!



    ●



「――出来たよ少年、またせたね」



 暫くして、キッチンからリビングにやって来た先輩がテーブルに置いた楕円形の深皿。その中は丸くよそったご飯の上に、味付きの挽肉とパプリカを炒めた物が掛かり、上に目玉焼きと、彩りと香りつけのバジルやレタスが添えられたワンプレート。



「ありがとうございます!! ――ガパオライスですか!?」



 僕が受け取った料理の名前を言うと、麦茶のボトルを机に置いた先輩が対面に座る。――と言うかインナースーツの上からエプロン装備とかパーフェクト過ぎて思わず五体投地したくなるんですが、手を洗ったばかりなので心で拝んで脳内フォルダに保存しまくっておくことにしました。



「さて、もう二時近くになってしまったね、お腹もすいたしまずは食べようか?」


「はい!! 頂きます!!」



 先輩に頭を下げながら手を合わせ、添えられた木製のスプーンでまずは挽肉とご飯を掬って一口。


 挽肉に絡まったバジルとニンニクの風味に、豆板醤の辛みと、塩気と独特の風味はガパオライスだから多分ナンプラーで、それを包み込むご飯の甘みが調和していて――



「――滅茶苦茶美味しいです!!」



 告げた言葉の先、先輩は自分もスプーンを口へと運びながら、眼鏡の奥の瞳を弓に細めて言葉を紡ぐ。



「ふふ、それなら良かった。――時間が無かったのとお昼だから簡単な物になってしまったけど、その分は夕飯に期待してくれたまえよ少年」



 先輩はそう言うけれど、僕からしたら微塵も簡単なんて事は無いわけで、僕は今度はパプリカと玉ねぎを挽肉と一緒に食べながら、



「――先輩、これ全然簡単なんかじゃありませんって!!」


 

 これは事実だ。挽肉は少し焦げ目をつけて香ばしく、玉ねぎは辛味が飛んで甘さが際立っているのは、多分塩に晒して水気を抜いた玉葱を先に炒めて取り除き、挽肉を良く焼いてからパプリカと一緒に味付けして混ぜ合わせてあるのだろう。


 レタスやバジルは水気を切ってあるから全体の味が薄まらないし、目玉焼きも軽く塩コショウが効いて白身の味がぼやけない。


 一見して簡単な様に見えても、細かい部分で手が掛けられているのは、より美味しくなるようにという想いと気遣いの現れだと僕は思う。


 だから、それを言葉で伝えれば、先輩はスプーンを動かす手を一度止め、眉尻を下げた微笑を僕に向けて来て、



「……本当、よく見てくれるね、少年は」


「勿論です!! 先輩が視界に入る場所にいるなら九割九分の確率で視線は先輩に向いていますからね!!」


「うーん、これは少年と一緒にいる時は、位置取りを考えないと交通事故に巻き込まれるやつだね?」


 そんな事はない、と言いたいのだけれど、道路の反対側に先輩が居たら左右確認せずに飛び出す可能性が八割くらいあるので、ちょっと防御系の術式を充実させて置こうと思いました。


 そうして談笑しながらお昼ご飯を食べ終われば、先輩が空いたお皿を重ねて持ち上げながら、



「そうそう、実はデザートも用意しているんだよ、本当は三時のおやつ用だったけど、時間的にもう出しても構わないだろう」



 だから洗い物をしようとか考えなくて良いからね? と言われてしまえば僕はテーブルに留まるしかないわけで、一分ほどの間を置いて、エプロンを脱いだ先輩がガラスの器を手にして席へと座る。


 器の中に入って居たのは、青く透き通った見た目のゼリーの様な物で、何処か先輩の肌にも似ていて素晴らしい。



 ……ん?



 違和感を感じたのは、先輩が手にしているのが、器とスプーンをそれぞれ一つずつだったからだ。


 一度に二つは持てなかったのかとも思ったけれど、先輩は席に座った訳で、その可能性も薄い、と内心で首を傾げていると、



「実はコレ、色々試してみてる試作品でね、その中で一番上手くいったのがコレだから、ちょっと感想を聞かせて欲しいんだよ」



 ああ、なるほど、だから器が一つだけなのか。



「僕で良ければいくらでも試食させて頂きますよ!! ――あ、でも先輩の手料理って段階で『最高!』以外の評価は出来ないんですけどね!?」


「とか言いながら君、味についてはさっきもしっかり評価してくれていたから、信頼しているとも」



 先輩からのお褒めの言葉に照れながら、器とスプーンを受け取ろうと手を伸ばせば、何故か先輩は自分で器から中身をスプーンですくい取っていた訳で、



「あの、先輩?」


「ん? 何かね少年?」


 

 いや、その、



「味見をすればいいんですよね?」


「うん、味見をしてくれればいいんだよ?」



 ほら、と、腰を浮かせた先輩がスプーンの先を此方に向けて来て、



「あーんだよ、少年?」



 先輩が前のめりになって此方にスプーンを突き出している関係で、先輩の豊かな双丘がテーブルの上で柔らかく形を変え、透き通ったその肌は向こう側のインナースーツに包まれた喉から下腹部のラインまで見えている訳で、見た目の破壊力高すぎて物理判定ありませんかねコレ!?


 正直目の前に広がる光景だけで卒倒しそうな衝撃に晒されたのだけれど、必死に気力を振り絞って意識を繋ぎ、



 ……ええい、ままよ!



 好きな人からのあーんイベント、コレを拒絶してしまったら僕は多分もうダメだと、そう言い聞かせて開いたへと、先輩の手にしたスプーンが優しく重なって、



「はい、あーん♪」


「ん……ッ!」


 口に入ったゼリーを舌先で軽く潰す様にしながら、鼻から息を抜いて香りを深く感じれば、舌に感じる冷たい甘さと、柑橘のような、サイダーの様な爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


 そのまま喉を鳴らして飲み込めば、後に残るのはほのかな甘みの後味と、後ろ髪を引かれる様な残り香で、



「……美味しいです。爽やかさの中に蕩ける様な甘みもあって、けど、後味はスッキリしながらも微かに残り続けて後を引くというか……」



 つるりとした舌触りと喉越しも合わさって、これから暑くなっていく季節には尚更良く合うだろう。


 ――けれど、



「これ、最初はゼリーかと思ったんですけど、ビミョーに違いますよね? 普通のゼラチンにしては見た目より食感が堅めですし、寒天にしては粘りがあると言うか……。うーん、感覚としては、中華料理のクラゲ何かが近いといいますか……」



 何かわからずに首を傾げていると、スプーンを引いた先輩が、僅かに頬を赤らめながら驚いた様に目を見開いて、



「……凄いね少年、そこまで分かるとは思わなかったよ」


「いや、最終的に何かは分かって無いんですけど……」


 

 なんだかんだでこういう味覚には少し自信があっただけに、解らなかったことを微妙に恥ずかしく思って居ると、先輩は器とスプーンを机に置いて立ちあがり、僕の横へとやって来て顔を近づけ、



「ふふ、わからなくて当然だよ少年。だって――」



 耳元でささやかれる声と、先輩の何処か柑橘類にも似た香りに心臓が早鐘の様に鳴り響くのを自覚すれば、そのまま、さらに先輩の口元は僕の耳へと近づいて……



「――それ、私の一部だからね」



 ………………はい?



「……えっと、その、今なんて?」


「うん、だから、私の身体だよ。――具体的には少年君がいつも凝視してる胸のあたり」



 ほあああああああああああッ!?!?



「えええええ!? は!? 先輩の体!? いいんですかそんなもの僕が食べてしまって!!?!?」


 

 思わず絶叫気味に放ってしまった問いかけに対し、先輩は口元へ軽く握った拳を当てながら苦笑を零し、



「良いも何も、君に、――否、君だけに食べて欲しくて作ったんだよ、少年」



 聞こえたその言葉の意味を正しく理解するのに数十秒ほどの時間が掛かってしまったけれど、意味は理解できても、理由が分からず、僕は呆けた表情で言葉を紡ぐ。



「……何で、です?」


「おやおや、わからないのかね?」



 いいかい? と、先輩は一度僕から離れ、軽く自分を見せる様に体を回し、



「この姿に変異してしまって、今まで通りに部活を続ける事が出来なくなったとき、私には大体三つの選択肢があったんだよ」



 そういうと、先輩は指を三本立てて僕へと向けた。



「まず一つ目は、部活は辞めないままに、弓道としてのスタイルを変える事。――植物探索科程じゃないけど、実戦重視の速射競技も勿論あるからね」



 言葉に、指が一本下げられて



「二つ目は、部活を辞めて、進路に向けて勉強や資格取得を進めていく事。この身体で出来る事を新しく見つけていくためにも、正直コレが本来目指すべきだったんじゃないかなと、そう思うね」



 そして、最後の指だけが残されて、



「だけど、私は三つ目の選択を選んだ」



 それは、と、残った最後の人差し指を、先輩はそのまま前へと倒し、



「君だよ、少年」



 止まらず紡がれる先輩の声に、僕は耳を傾けて、ただの一言も聞き逃さない様に意識を集中させる。



「なあ少年、君は私に一目惚れしたといいながら、どうして弓道部に入らなかったんだい?」


 問いかけに、僕は一瞬答えにつまり、けれど変に飾る様な事はせず、ただ自分の想いを伝える事にした。



「……実は、最初は一度弓道部に入ろうと思って、見学にはいったんですよ」



 だけど、



「そこで見た先輩は、本当に真っ直ぐに弓道に打ち込んでいて。見ていて、『ああ、これは僕が邪魔してはいけないものだ』って、そう思ったんです。――僕、こんな性格ですから、あの真剣な先輩の姿を尊重するには、僕は此処に居ちゃいけないなって、そう思ったんです」



 生徒会に入ったのもそれが理由というか、――先輩が部活に後悔なく打ち込めるように、生徒会の雑務は全部僕がやってしまおうと、そう思ったも理由の一つだ。


 けれど先輩は変異で部活を辞めてしまって、生徒会室に来るようになったのは嬉しかったけれど、何処かで素直に喜んではいけない様な気がしていたのに、




「ふふ、選挙で私に惚れたとかいっていたのに、弓道部には入らないって言うのは何故かと思っていたのだけど、『さてそろそろ溜まった生徒会の仕事を片付けないとね』と思って生徒会室に向かったら、殆ど全ての仕事を少年が終わらせていてねぇ」



 そういって、先輩は苦笑を強くすると、



「少年、君は最初から、私をただ追いかけるのではなく、見て、尊重して、支えてくれていたんだ。――それに気が付かない私では無いよ」


 

 だからね、と、言葉は続き、



「変異して、さてどうしようかと思った時に、真っ先に思い浮かんだのは君の顔だったんだ。……一年間、私がやりたい事に打ち込めるように支えてくれて、けど、それを恩に着せようともしない君に、応えたいと思ったこの心は、きっと――――」



 先輩の口元が、苦笑ではない、楽しそうな笑顔へと移り変わって、



「君が私に感じてくれている恋心と、同じものだと、そう思ったんだよ、少年」



 楽しそうに、少し照れた様に笑うその顔があまりにも綺麗で、見惚れてしまっていた僕に、先輩は、



「それでね、少年。――此処に来て、何か違和感を感じたことはなかったかい?」



 その言葉に咄嗟に思い浮かんだのは、一人暮らしをするには少々大きすぎる様なこの間取りだ。



「……ええと、違和感って言うか、先輩一人で住むにしては、随分と広い間取りだなって、そう思ってましたけど……」


「うんうん、流石少年だ。――進学を考えて液体系変異用の部屋を借りたんだけど、学校近くの物件だと一人用の部屋が埋まって居てね、ちょっと家賃は上がるけど、核家族用の部屋を借りたんだよ。流石に仕送りだけだと厳しいから、来年からはバイト入れようかって去年の弓道部長に紹介してもらったりして。……だけどほら、この身体だと、今日みたいな買い出しとか色々不便だろう?」



 だから、と、先輩は僕の手を握って、スライム由来の瞬発力で、まるで捕食する様に有無を言わさず抱き締めてきて、



「一緒に住んで、私が出来ないことを手伝ってくれる恋人が居たら、最高だとは思わないかい、少年?」



 その言葉への答えは、決まっている。



「任せて下さい!! これまで通り、いいえ、これまで以上に、先輩のやりたい事を、僕が全力でサポートします!!」



 だって、



「それが、僕がやりたい事ですから!!」



 はっきりと伝えた言葉の先、先輩は一度眉を上げ、下ろし、力を抜いた微笑を作ると、



「ありがとう、少年」


「いえいえ! さあ、何からやりましょうか、晩御飯までに、カーペットから棚から、配置を言ってくれれば全部やっていきますよ!!」


「ふふ、頼もしいねぇ……っと、そうそう、実はその件でちょっと相談があるんだけど、いいかい?」


「はい、なんですか?」



 抱き締められたまま首を傾げれば、何故か先輩は僕の顔を覗き込む様にして、



「……実は、ちょっと記憶違いで晩御飯の材料を切らしてしまってね? 代わりと言っては何だけど……」


 

 そのまま、体重を掛けて僕の体を押し倒し、覆いかぶさりながら先輩は目を細め、



「……今度は直接、味わってみないかい、少年?」

 

 

 これ、どちらかと言うと僕が味わわれる構図な気がするんですけど、まあ、うん!



「はい!! ありがとうございます先輩!! ――大好きです!!」


「ふふ、私も大好きだよ、少年」



 重なり、絡めたその感触は、甘く、蕩ける様な先輩の味がした。


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