第3話 う、嘘でしょ……。
そして、いよいよ入試の日を迎えた。
「――忘れ物とか無いよね? 大丈夫?」
「ああ、3回は確認したからな」
「ん。じゃ、遅刻しないように早めに行くよ」
朝、貴樹を起こしに来た美雪は、改めて忘れ物がないかをチェックする。
これまで、あれほど睡眠時間を削って勉強したのに、試験を受ける前に落ちるのは嫌だ。
だから、何度も入念に確認していた貴樹には自信があった。
中学の制服姿で貴樹の家を出たふたりは、入試を受ける姫屋中央高校に向かうため、駅に向かう。
時間的には余裕で、着いてからも復習をするくらいの時間はありそうだった。
普段は中学校まで自転車通学をしているから、電車に乗ることは稀だが、それでも買い物に行くときなどに乗ることはあった。
そのときはたいてい美雪が着いてきて、なんやかんやと騒がしいのだが、それは余談だ。
無事、高校に向かう電車に乗って、ひと息ついた貴樹が美雪に話しかけた。
「……美雪は、古文で何が出ると思う?」
「さぁ。中央は過去問もチェックしたけど、毎年バラバラなのよね。まぁ、ここしばらく出てないのって考えたら……。私の予想は、定番だけど『おくのほそ道』かな」
そう言いながら、美雪は古文の教科書を鞄から出そうと中を覗き込んだ。
「………………あ……あれっ?」
古文の教科書を手にしたあと、突然なにかに気付いて手を止める。
「……どした?」
「えっと……。ちょ、ちょっと待って……!」
一度、貴樹に教科書を手渡してから、改めて鞄の中をまさぐり始めた美雪は、だんだんと顔を青ざめさせる。
「……う、嘘でしょ……。……受験票入れた封筒、入ってない……。どうしよう……」
顔を蒼白にさせた美雪は、必死に何度も鞄を確認するが、無いものは無く。
「忘れたらどうなるんだろ……」
「さ、流石にダメなんじゃない……かな……?」
「今何時だ? 取りに帰る時間無いか?」
貴樹は時計を見て、今から美雪の家まで取りに帰る時間があるかどうかを計算する。
しかし――。
「……ちょっと間に合いそうにないな」
「だ、だよね……」
次の駅で降りたとして、折り返しの電車に乗り、更に家まで往復するような時間はない。
「なら……雪子さんに……」
「……それも無理。今日、お母さんいないの……」
「…………」
不安そうな美雪を見ているのが辛いが、どうにもできず時間だけが過ぎる。
その間に電車は進み、つまり自宅からは遠くなっていく。
「ま、まぁ、中央は貴樹の受験だもんね……。私、諦めるよ……」
「……とりあえず行くだけ行ってみようぜ。私立だし、美雪くらいの成績なら、顔パスで……とか……」
「……受けた後ならともかく、受ける前にそんなのないでしょ……」
「……まぁ、そうだよな……」
それ以降、あからさまに落ち込んだ様子の美雪は、全く喋らずに黙ってしまった。
電車が高校の最寄駅に着いて、会場に向かう間も、美雪の足取りは重くて。
門前払いされるのだろうと思うと、何度も引き返そうとしたけれど、それを貴樹が「ダメ元」でと言って引っ張ったのだ。
高校に着いて、受付にふたりで並ぶ。
何人か見知った顔がいたけれど、話しかけられたくなくて美雪は俯いていた。
そして、美雪の番が回ってきた。
「おはようございます。受験票を確認しますね」
係の人の言葉に、美雪は不安そうな顔で答えた。
「……あの、忘れてしまったんです。家に……。途中で気付いたんですけど、もう間に合わなくて……」
「あー……」
素直にそう話すと、係の人は困ったような顔をした。
それを見て、やっぱりダメだと思ったとき。
「――それじゃ、この地図のとおりに本部の方に行ってもらえますか? 仮の受験票を発行しますので」
「…………え?」
美雪が聞き返すと、係の人はなんでもないような表情で話す。
「毎年、何人かいるんですよ。……良かったですね、取りに帰らなくて。それで遅刻したらアウトですけど、受験票が無いくらいなら問題ありませんから」
その説明を聞いて、美雪は張り詰めていた気が抜けたように、大きく大きく息を吐いた。
「ふぅ――っ……。よかったぁ……」
あまりの安堵感に、涙すら出てきて、先に受付を済ませていた貴樹の腕に掴まった。
「よかったよぅ……。受けれるって……」
「そっか、よかったな。……滑り止めって言ってもさ、やっぱひとつ受かってると本命で安心できるし」
「ん。……それじゃ、ぶっちぎりで1番取って見せてあげるよ……!」
そして、急に元気を取り戻した美雪は、自信満々でそう宣言した。
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