第2話 私も受けることにしたから

「眠い……」

「ダメ。もう年末なのに、まだ熟語完璧に覚えられてないでしょ。……小テストで満点なら寝かせてあげてもいいけど」


 深夜1時。

 目を開けているのが辛くなってきた貴樹は、正面で目を光らせている美雪に弱音を吐く。

 しかし、即答で却下されて頭をうなだれた。


 計算問題なら、それなりに良い点を取る自信は付いてきた。

 しかし、こういう暗記モノに関しては、完全に覚えなければどうしようもない。


「定番の熟語とか、ちゃんと覚えてないと長文とか絶対ムリだからね。基礎の基礎だよ。漢字読めないのに現国解けるわけないのと一緒」

「それは分かってるんだけどな。頭がもうぼーっとしてきて……」

「あー、情けない。ちょっと睡眠時間少ないくらいで、文句たらたら」

「うぐ……。わーったよ。やるって」


 呆れる仕草をする美雪を見て、貴樹は頭を振ってから、単語帳に視線を落とす。

 そして、それをぶつぶつと呟きながら暗記を続けた。


 その区切りの良い頃合いを見て、美雪は貴樹に声を掛けた。


「んー、それじゃ、私はそろそろ帰るね。明日一番に小テストするから、満点取れるようにしておくこと」

「……ああ。できるだけ頑張るよ」

「別に頑張らなくてもいいよ。満点なら良いんだから。……ま、頑張らないと満点取れないと思うけどねー」


 軽い調子でそう言いながら、美雪は「またね」と、小さく手を振って部屋を出ていった。


 貴樹はそれを見送ってから、自分で想定されるテストを作って試しにやってみたけれど、いくつも覚えられていない単語がまだ残っていて。

 絶望感を味わいながら暗記を続けた……。


 ◆


 その翌日、学校が終わってから、早速貴樹の部屋で美雪の小テストを受けさせられた。

 結果は――。


「……論外。やる気あるの?」


 できる限り頑張ったつもりだったが、84点。1問4点で25問中、4問が間違いだった。


「……結構いけたと思ったんだけどな」

「んなワケない。単純なスペル間違いふたつ……は、まぁ良いとして。意味間違えてるのは致命的だよ。明日再テストね。……あ、出題範囲は増やすから、そのつもりで」

「…………」


 がっかりした貴樹は、口をへの字にして、じっと美雪の顔を恨めしそうに見た。

 その顔を見た美雪はなぜか慌てて弁明する。


「な、なによ、その目……。今のうちに完璧にしとかないと、絶対後悔するよ? 私だって、本当はそこまで鬼になりたくないわよ」

「……このままだと、俺受験の前に倒れそうだよ」


 貴樹が弱音を吐くと、美雪はカレンダーを見ながらしばらく黙って考えていたが、やがて小さく頷いた。


「……仕方ないわね。それじゃ、テストは土曜まで延ばしてあげる。今日は少し古文やったら終わりにするよ」


 美雪の助け舟に、貴樹は目を光らせて「やった!」という表情を見せる。

 しかし、それを見た美雪は眉を顰めた。


「……なんか元気あるじゃない。やっぱもっと勉強しよっか?」

「――え!? マジかよ……」


 あからさまにがっかりする貴樹を見て、美雪は吹き出した。


「ぷふーっ! ……嘘よ。流石にそこまで鬼じゃないから」


 からかわれているのは分かるが、それでもその言葉に胸を撫で下ろした。


 ◆◆◆


「中央、私も滑り止めで受けることにしたから」


 1月に入って、貴樹が部屋で出願書類を準備しているとき、美雪は鞄から同じ書類を見せびらかした。


「そっか。一応市内で2番目の高校だもんな」

「まぁ、私は市立だけの専願でも落ちるわけないけど。入試の日に貴樹が寝坊したりとか、道に迷ったりとかしないようにね。なんか心配で」


 そう言いながら、美雪は机の上に書類を置いて、記入要項を確認する。


「大丈夫だって、そんな心配しなくてもさ」

「えー、そんなわけないでしょ。いつも朝起きれないくせに。……それに、これだけ私が教えてあげてきたのに、受ける前から落ちるとか絶対許さないんだから!」

「……あ、ああ」


 妙に気合いの入っている美雪に、貴樹は頬を掻いた。


「それに、願書の記入ミスとかだって有り得るでしょ。同じの私が書いたらチェックできるし、安心安全」

「それは……そうだけどさ……。費用とかだってかかるじゃん?」

「入試費用はかかるけど、私は受けたら特待生確実だからね。それだと入学金も要らないし、余裕余裕」


 自信満々で胸を張る美雪に、貴樹は複雑な顔をしながら、自分も出願書類に視線を落とした。

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