第3話 よっぱらいと訪問者

 結論から言おう。ワイン一杯にして、美佳さんが完成してしまった。


「私はですね!! 担当の子はすごくいい子だと思うけど、すごく悪い子だと思うんです!!」


 この人、お酒弱いんだなぁ。


 しかし、相当いいワインなんだろうが、飲みやすいぐらいしか違いが判らない。若いからなのか、舌が馬鹿だからなのかは不明であるが。


 というかいま究極の矛盾発言しなかったか?


「どっちですか」


「いい子よりです」


「そうですか」


 話が完結した。


「でも、私の負担を考えると悪い子です」


「まぁ……」


 否定はできない。目の下のくまが消えてからが本番なんて言葉は普通出てこない。


「怜志さん」


「はい」


「甘やかしてください」


「はい?」


 唐突な要求に俺の思考は停止した。


 ……甘やかす? どうやって?


「だから、甘やかして欲しいんです。膝枕くらいしてください」


「膝枕?」


 ほんとうに酒癖悪いなぁ……。まぁ美佳さんが楽しそうならいいんだけど。


 すると、美佳さんは立ち上がって、ソファーの方へ移動した。


「来てください。膝枕、お願いします」


「あ、わかりました」


 どうやら膝枕は本気らしい。俺はソファーで美佳さんの隣に座る。


「美佳さん? 本気ですか?」


「本気です!! ところで、怜志さんって何歳ですか」


「21です」


 なんかもう、話がころころ変わりすぎてよくわからん。


「あ、同じじゃないですか。じゃあ……敬語も敬称もなしにしませんか」


「美佳さんも21なんですね。えっと……それは」


 こんなお金を持っている人に敬語敬称を省くのは、ちょっとなぁ。


「もう! いいでしょ! 怜志! これから美佳って呼んで!!」


「え、はい」


「違うでしょ!!」


 ワイン一杯にしてこれである。信じられんな。


「えっと……わかった。美佳、これでいい?」


「よし! じゃあ膝枕して」


 忘れてなかったか。仕方ない。こんだけ酔ってるんだ。反故にしたら何をされるかわからん。


「じゃあ、おいで」


 俺は両手を足からどけ、彼女が使いやすいようにして呼び寄せてみる。


「ん~!」


 そうすると、すぐに美佳が俺の太ももに頭を乗せる。


「ん~硬いけど柔らかい、なんか不思議な感じ」


「柔らかくはないけど?」


 そこそこ筋肉は付いているはずなのだが?


「うへへ、ふわふわだ~」


「できあがってるなぁ」


 明らかに声が高くなった。眠いとき特有のふわふわしたような声。不覚にもかわいらしいと思ってしまった。美佳はどちらかというと美人系なのだが。


 俺は思わず頭をなでる。すると、美佳は幸せそうな顔をして、そのまますやすやと寝息を立て始めた。


「やっぱ疲れてるんだなぁ」


 この寝入りようである。まぁ、日々お疲れのようだし、今くらいはしっかり寝てもらおうか。


 しかし安らかな顔だなぁ。油断しまくりじゃないか。


 まぁ、父さんの知り合いの娘だし、気の迷いは絶対に起こさないけどな。


 左手で彼女の頭をなでつつ、スマホを眺める。


 こうして知り合いになった人が激務で苦しんでるんだ。何か支えになるものを買ってあげたい。まぁお金はたくさんあるのかもしれないが、これは俺からの気持ちである。


 そうだ、こういう時はウェブサイトで検索でもしよう。なにかいいものが見つかるかもしれない。


 ストレス解消用品で検索していると、なかなか興味深いものを見つけた。


 中に特殊なビーズのようなものが入っている、人をダメにするほどとのクッションだ。


 これはいいんじゃないかな。今度買ってあげよう。


「いつになったら起きるかねぇ」


 もう40分ほどが経過している。さすがにこのまま朝まで寝るとはならない、はず。現在時刻は9時40分。そろそろ帰る用意をしてもいい頃合いなのだが……。


「起きる気配なしか……」


 彼女は小さな寝息を立てながら、ぐっすりと眠る美佳は目覚めそうにない。


 どうしたものかと考えていたその時、ガチャリと、ドアが開く音がした。


 侵入者? このセキュリティのマンションで? あり得ない話だ。


 おそらくは、美佳の家族のだれかだろう。この状況を見られたときになんて言い訳をしようか考えていたところ、玄関の方から一人の少女が歩いて来た。


 誰? 妹かな? 和也さんからはうちの娘は一人っ子と聞いていたんだけど。


 そんな事をかんがえていると、少女の方から話しかけられた。


「お兄さん、誰?」


「えーっと? 君こそ誰?」


 そして、二人の間に沈黙が流れる。


 なんかしゃべれよ。気まずいだろうが。


「私は……んー……。あなたどこまで笹島さんの事知ってるの?」


「……どこまでって。父の知り合いの娘さんなんだ。別にそこまで詳しくしってるわけじゃない」


「そんな事をしておいて?」


 そんな事って膝枕のことだよなぁ。確かにそういわれるのもわかる。


「酔っぱらった美佳の要求だよ」


「笹島さん、お酒そこそこ強いはずだけど?」


 は? 嘘を言うのは良くないな。ワイン一杯でこの惨状だ。強いはずがない。


「それはないな」


「ふーん……」


 またしても沈黙が流れる。なんなんだこの空気感。というかマジで誰?


 頼む、美佳、早く起きて教えてくれ……。


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