第六話 世界からお前を引っこ抜く
ファミレスの扉を開けて、クラス会に戻る。
熱気がもわっと体を包む。相変わらず賑やかな空間だ。みんな楽しそうでなにより。うんうん
……まあいい。さっきの席には戻りたくないし、なるべく人が少なそうな場所に座ろう。
「あ、どうもです」
テキトーに座ったテーブルには、副委員長の等々力が一人でいた。俺をクラス会に誘ったときと同じようなテンションで、おずおずとあいさつしてきた。
「よう。なんでここ、誰もいないんだ?」
「理由はあれです」
等々力が指をさす。
草壁の席が膨れ上がっていた。立ち見までいる。戻ったらすぐに捕まったらしい。
その余波で他の席は人がいなくなったようだ。都会に密集する若者を思わせる。
「草壁さん、すごいですよね」
確かにすごい変わり身の速さだ。さっきまで腋毛見てたやつとは思えない。
「等々力は行かないのか?」
「私は……そんな立場じゃないですし、見てるだけでいいので」
なんの感情だそれ。等々力、こいつはこいつでよくわからん。
「…………」
会話がなくなってしまった。落ち着かない。しまった。座る席を間違えた。
「し、静かですけど、落ち着きますね」
助かることを言われる。等々力は沈黙を苦にしないタイプらしい。ラッキーだ。
「……あの、なにか食べますか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうですか……じゃあ……えーっと、む、無藤さん、好きな飲み物は……」
そわそわしている。本当は全然落ち着いてなさそうだ。なにか話題を提供しないと。
「等々力って腋毛生えてるか?」
「……えっ、な、えっ!?」
話題ミスったわ。
「なんでもない」
「そ、そうですか……」
再び沈黙。限界集落を思わせる静けさだ。
しばらくして、等々力は口を開いた。
「あの、生えてない……です」
「そうか」
クラス会は終わった。
★
店を出て、道の脇からこぼれるようにクラスメイトたちがだらだらと溜まる。
じゃあそろそろ解散、そんなタイミングで、誰かが言った。
「二次会行こうぜ!」
「えーマジ? もう遅くない?」「でも、ありっちゃありか」「まあ、せっかくの機会だし」
勇気を出した提案に、最初は様子をうかがい合うようなぎこちない雰囲気。
ただ高校生にとっての夜、まだ憧れと恐怖が同居したワクワクする時間だ。意見は次第に楽しい方向に傾いていく。
「じゃ、カラオケ行くか!」
決定されていた。
まあ俺は誰からも誘われないし、関係ないがな。
「ねえ、草壁さんもどう?」
草壁は誘われていた。そのやりとりが、耳に飛び込んでくる。
「ごめんなさい。私はこれで失礼する」
「そっかあ、来てくれたら盛り上がるんだけどなあ」
名残惜しそうな声。それを皮切りに他の生徒からも次々と誘いがかかる。
「私、草壁さんの歌聞いてみたい!」「無理しなくてもいいけどね」「今日だけ! 特別記念日だと思ってさ!」「きついなら無理はしないでね」「いいから行こうよ!」「全然行かなくてもいいけどね」
押しては引いてで、北風と太陽みたいな誘い方やっていた。ちょっと戦略的だ。
ただの馬鹿なクラスメイト達じゃない。草壁にアピールするために、ちゃんと考えてるらしい。
「い、いや……」
動揺を見せる草壁。断りたいが完璧に振る舞わねばという葛藤が、俺にはわかった。
体が勝手に動くとは、こういう時のことを言うんだろう。
そんなことを頭の片隅で冷静に思いながら、俺は、一歩を踏み出していた。
騒ぐクラスメイトたちの前にして、口を開く。
「草壁、話がある」
俺の声が、夜に響いた。
「「「……え?」」」
全員の注目が俺に集まる。だがそんなものは気にならない。
俺は草壁の手を掴んで走り出す。混乱の声が背後に聞こえたが、そんなものも気にならない。
「な、いきなり…」
「行きたいところがあるんだ」
困惑する草壁に、それだけ言った。
クラスメイトたちが見えなくなったところでスピードを緩める。草壁は着いてくる。そのまま歩く。
「ここだ」
少しして、足を止める。目的地に到着した。
草壁の目が驚きに見開かれる。
そこは街の中、光り輝く看板。ざわざわした入り口。外に流れる歌声。
カラオケだ。
「カラオケなの!?」
草壁は叫んでいた。今までで一番の大声だった。
「無理にカラオケに誘われてた私を助け出したみたいな感じじゃなかった!?」
「いや、俺もカラオケ行きたくなったんだ」
「そんな理由!? じゃあ強引すぎるから!」
俺は正論をスルーしつつ入店。
会員カードだの何時間パックだの面倒なシステムをクリアして受付を通過。
個室に入る。
部屋を少し暗めに調整。
飲み物を頼んで、ソファに座って一息つく。
「ふぅ」
「だからどうして普通に入店してる!?」
草壁はまだつっこんでいた。
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