第五話 必殺技「清潔感ないよね」相手は死ぬ

 クラス会の日がやって来た。

 と言っても会場はファミレスで、席もテキトーに座って、注文もテーブルで各自という雑な、良く言えば自由な形態。

 俺の席には四人。

 一人は三田。死んでも口には出さないが、俺一人だと心細いので共に座る。

 残りは初対面の女子二人。共に陽キャっぽい風貌。具体的になにが陽キャっぽいのかはよくわからんから深い描写はしない。おそらく今後話すことはないだろう。

 ただ俺は、教室で自分から誰かに話しかけたりはしないが、いざ話すとなったら笑いを取りたくなる面倒なタイプ。

 すでに勝負は始まっている。意気込みと共に、俺はドリンクバーから四人分の飲み物を器用に運ぶ。


「わーありがとー」

 サービス精神に礼を言われる。快調な滑り出しだ。だがそれだけでは終わらない。

 このドリンクで、掴む。


「ん、このコーラ、ちょっと変な味しない?」

 口をつけた女子が怪訝な顔をする。その様子を見て、三田が不安そうに俺に言う。

「……お前、なんか混ぜてきたのか?」

「ああ、まあな」

 待ってましたとばかりに俺は頷く。ここで決める!


「コーラとダイエットコーラを混ぜてきたんだ」


「……へー」

 一人の女子、無反応。


「えっと、なんで?」

 もう一人の女子からは素朴な疑問を呈された。


 おかしい。混ぜてきたと見せかけてそんなに混ぜてないという、予想を裏切ってかつ被害が軽微な一発目にほどよいネタだったのに。一般向けにレベルを落とした上でスベるの腹立つわ。


「「「かんぱーーい!!」」」

 遠くから歓声が聞こえた。

 草壁がいる席だ。六人席なのにソファに詰めて九人座っている。中心の草壁はぎこちない笑顔を浮かべて困った風だが、盛り上がっている。

 対して我がテーブル、二人の女子は既にスマホをいじっていて俺の特性ドリンクは口をつけられる気配もない。


「俺もあっちに行きたかったな……」

 三田が小声でぼそっと言った。既に圧倒的な格差が感じられる。

 仕方ない、こうなったらエピソードトークで逆転だ。


「俺、初めてググった言葉が女のはだか……」

「二人は部活とか入ってるのか!?」

 三田の叫びに遮られた。お前なに言おうとしてんだと目で制してくる。盛り上げようとしただけなのに。


「そりゃ入ってるよ。私が女バスで」

 片方の女子が気だるげに言う。女バス、一瞬わからなかったが女子バスケか。そういう略し方するよな。


「私は女パソ」

「女パソ!? 女パソコン部!? そんなのあんの!?」

「知らんの? みんなで映えスポット行ったりするんだけど。SNS使ってるからパソコンってことで」

 なんだその巧妙な手口。期待してた女パソと違うぞ。

「へー楽しそうだな。俺も入ろうかな」

「いやー男パソはオタクしかいないよ。女パソは男パソと仲悪くてしょっちゅうツイッターで喧嘩してるし」

 ちょっと青春の香りもするな。


「三田くんたちはどこも入ってないの?」

「まだね。やっぱ女子的には部活やってた方がいいの?」

「なんかやっててくれないとねー。帰宅部とかはちょっと」

「かと言って暑苦しいのも嫌だけど」

 どうしろってんだ。


「やっぱ清潔感が大事だよね」

 女子二人が頷き合う。何気ない言葉、それが不思議と気になった。俺は口を挟む。


「清潔感ってなんだ?」


「なにって言われても困るけど」

「ある程度は外見に気を使ってほしいよね。少なくとも髪型くらいは」


「清潔感って見た目の問題なのか?」

 つい詰問するような口調になってしまう。


「見た目ってか、顔がいいとかじゃなくて、ちゃんと他人を意識してるかみたいな?」

「努力でどうにかなることだよね。逆に公平みたいな」

「清潔感って変えられるのになんでやんないのかなー。男パソのやつら、アイコンのキャラは清潔感あるんだから、心底では綺麗な方がいいって思ってんのにきっと」

 再び頷き合う女子達。口調は軽いが意外とまともなことを行ってるようにも聞こえる。


「じゃあ俺と無藤だとどっちが清潔感ある?」

 三田が余計でしかない質問をした。


「え、うーん……」

 悩んでいる。そりゃそうだ。合コンじゃないんだぞ。俺が助け舟を出してやろう。


「フィフティフィフティを使うか?」

「それ二択だと答え出るじゃねーか」

「「……はは」」

 俺が滑ったみたいになった。


「……ええい、こんなところにいられるか! 俺は帰らせてもらう!」

 ミステリーで死ぬやつみたいなセリフを言い残して、俺は逃亡した。



 イライラしていた。滑ったことにではない。

 清潔感。その言葉、なんか嫌だった。

 人を外見で判断するのは仕方ない。内面が出ることもあるだろう。人は見た目の影響からは逃れられない。ただそれを直接言うのはためらわれるから代わりに現れたマジックワードに思える。

 清潔さではないのだ。別に病気がうつったりしない。あくまで清潔感。強い言葉を曖昧な基準で使うのもどうかと思う。

 いや、正直に言おう。

 なにより中身よりも雰囲気が大事だと開き直ること。虚しいと思ってしまうんだ。

 仮面が推奨されるのはつまらない。俺は偽りではなく本物に触れたい。


 なんて一人で論戦しながらドアを開けてファミレスの外に出る。あーやだやだマジになっちゃって。醜態を晒したわ。

 風がぬるくて気持ちいい。頭が冷える。沈む夕日が眩しい。平和だ。

 ほんとにこのまま帰っちゃおっかなーなんて思いながらぼーっとしてると、街の喧騒の中に、耳に入ってくる声があった。


「はぁ……んん……」

 うめき声。日常に似合わない、しかし聞き覚えのある音が建物の裏側から聞こえた。

 まさかと思いながら、俺は路地裏を覗く。


「はぁ……はぁ……」

 自分のワイシャツを覗き込んで腋毛を触っている草壁がいた。


「もうやべーだろお前」

 清潔感の欠片もないし、俺より醜態晒してるわ。


「な、なぜ」

「なぜもなんもねえわ。なに意外そうに驚いてんだ。店の裏だぞ」


 草壁はすぐに衣服を整えて、澄ました顔で言う。

「無藤、なにしに来た?」

「気分転換だ。外の空気を吸いにな」

「私もそんなところ」

「同じことしてるみたいに言うな」

 俺は当然のつっこみを入れたが、草壁は生徒達に囲まれて盛り上がっていたはず。それがここにいるということは、本当に気分転換なのかもしれない。


「草壁もあの場所が嫌になったのか?」

「……そんなことない」

 そんなことあるっぽい反応だ。


「ここで会ったことはいつもどおり忘れて。さようなら」

 草壁はさらっとファミレスに戻っていく。もう俺に腋毛姿を見られることに慣れすぎだろ。

 

 しかし、これはヒントだ。

 腋毛を見ていたこととクラス会。関係があると思える。

 ……どんな関係やねんと思うが、そうなはずだ。

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