危機一髪

柚緒駆

危機一髪

 夏休みだというのに長く降り続いた雨がようやく上がり、久しぶりのお日様を待ちかねた子供たちが外に飛び出してきました。山間の村のことですから子供の数は少ないのですが、遊ぶ場所ならたくさんあるのです。


 ユミちゃんはお人形のリリちゃんを広げたレジャーシートに横たえ、一人でおままごとを始めようとしていました。と、そこに。


「あーっ! 危ない!」


 そんな声と共に、上から何かが落ちて来ました。危機一髪、お人形のリリちゃんのすぐ隣でタン! と音を立てた真っ赤なスーパーボール。大きく跳ねてどこかに消え去ったそれを追うことなくユミちゃんが振り仰いだのはコンクリートで固められた崖の上。そこには白いガードレールからビックリした顔をのぞかせるタクヤくんが。


 ユミちゃんは眉を吊り上げてタクヤくんをにらみつけました。


「もうちょっとでリリちゃんに当たるとこだったでしょ。わざと?」


「ち、ちげーよ。だから危ないって言ったじゃん」


 タクヤくんの焦りようからするに、本当に事故だったのでしょう。それはユミちゃんにもわかったのですが、大事なリリちゃんに当たるところだったのです、機嫌はすぐには直りませんでした。


 ところでさっきのスーパーボールですが、坂道や石段をポンポンと跳ね、下へ下へと降りて行きます。そして舗装された道路で一度ポーン! と大きく跳ねると、たまたまドライブに訪れていた黄色い車のボンネットを叩きました。


 ビックリしたのは車を運転していたお姉さん。思わず車を路肩に停め、何があったのか確認しようと外に出ました。そのとき彼女の耳に聞こえたのは地響き。長雨で地盤が緩んでいたのでしょう、すぐ目の前の道路に大きな亀裂が入り、道沿いの林の木々を巻き込みながら山肌を砕いて流れ落ちたのです。


 タクヤくんのスーパーボールが落ちてこなかったら、車もろとも土砂崩れに流されていたに違いありません。それは万に一つの幸運でした。でもタクヤくんはそれを知りません。ヒーローになり損ねた彼は大事なスーパーボールを一つ損しただけで、安全が確認されるまで公民館に避難しなくてはなりませんでした。


 もっとも怪我人の一人も出ず、ユミちゃんとも仲直りができたのですから、悪いことばかりではなかったのかも知れませんけどね。

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危機一髪 柚緒駆 @yuzuo

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