96 筋書きはもうない >> SPRIT MILK ②
「なに呆けてんだ。シキガミクスの変形なんか、お嬢様だってやってる基礎中の基礎だろ?」
そう言って、薫織は胸を張ってみせた。
フリルのカチューシャは変わらず。
黒地のビキニには随所にフリルの装飾がなされ、ボトムには超ミニではあるもののスカートのような装飾がなされている。
普段は胸元をふわりとした装いで覆っているので分かりづらいが、大人びた黒地のトップスは豊満な双丘によってしっかりと押し上げられていた。
すらりと伸びた長い手足と相俟って、一見するとまるでファッションモデルのようなスタイルの良さだ。
(こうして見ると、薫織って女の子なんだよなぁ……)
普段のトンデモメイドっぷりを見ている流知にとって、薫織はもはや性別を超越した存在であるように認識しがちだ。
しかし、そんな薫織でも一応、生物学的にはしっかりと女性なのである。
そんな当たり前のことを今更認識しつつ、流知は自然と視線を下に落とす。
(…………いやでも、あんなバキバキに腹筋割れてる女の子はそんないないな……)
一見すればファッションモデルのようなプロポーションだが、よく見てみるとその肉体の随所が筋肉の鎧で覆われていることが分かる。
四肢は筋肉で引き締まっているし、腹筋はそんなに力も込めていないだろうにうっすらと割れていた。
着用型シキガミクス
薫織自身そうした筋肉を見せびらかす素振りを一切見せていないのが、『見せる為の筋肉』ではなく『実務上必要な筋肉』という感じがしてより凄みを感じさせる。
と、一通り薫織の姿を見た流知は、そこでふと気付いた。
(あれ? いま薫織のシキガミクス、分解しなかった?)
着用型のシキガミクスは術者の運動補助として変形稼働することはあるが、それ以外にシキガミクス自体が変形したりすることは少ない。
術者が身に纏う都合上内部血路を刻み込む機体の『遊び』が少ない上に、変形によって術者がダメージを被る危険が伴うからだ。
「え、つまりそれって、新型機ってことですの? いやでも……シキガミクスの複数運用って霊気の消耗が激しいんじゃ……」
「あァ。そうだな。それは流石にメイドでも捻じ曲げることはできねェ原則だよ」
シキガミクスは、機体内部に仕込まれた内部血路によって霊気をエネルギーに変換することで稼働する。
そして稼働時に任意の利用者が霊気を供給する汎用シキガミクスと違い、専用シキガミクスは術者の霊能を使用する関係で、内部血路を完成させた時点で霊気の供給が始まる。
霊気の供給はほぼ強制的なものであり、シキガミクスが存在し続けている限り、木札の状態であっても続く。
さらにこの霊気供給の射程は地球全体に及び、霊気の繋がりを個人で遮断する方法は基本的には存在しない。
やろうとすれば地方一帯の人間の霊気の流れを操るレベルの大規模な計画が必要になるほどである。
可能なのは、一部の例外的に霊気に干渉できる霊能の持ち主のみだ。
このため、ごく一部の例外を除き、シキガミクスは一人一機──厳密には一システム──なのだが。
「だからコイツは、シンプルに部品の
「ぶひんのぱーじ」
コスプレメイド服からビキニメイド服への
メイド服の変形という奇天烈なワードにオウム返しするしかなくなる流知であったが──実はこれは、かなりの異常事態であった。
何せ、シキガミクスとはその性質上、内部血路が欠損すればまともに動かないのだ。
部品の
一応は自分の専用シキガミクスを構築した流知でも、何をどうすれば成り立つのか分からない領域であった。
「しかも外れた部品が消えてる……」
「『裏階段』に送っておいた。戦闘中にパージした布が残っていたら邪魔だしな」
つまるところ、既存機能によって疑似的にモードチェンジを実装したという訳らしい。
『なんか「プリズム」みたいなことしてるな……』とちょっと羨ましく思う流知(変身ヒロインアニメオタク)であった。
「……いや! さらっと流してましたけれど、いつの間にこんな機能を!? まさか無人島に行くと決まったあたりで既に!?」
「な訳ねェだろ、入学前だよ。ウラノツカサに入学するって分かってるんだ。四方を海に囲まれた環境で生活するってなったら、そりゃ水中戦の準備くらいはするだろうが」
「わたくし、してない……」
ちなみに、当然だが水中戦の準備をわざわざするような陰陽師などプロの世界においても早々いない。
環境に合わせてシキガミクスを適用するような発展性のシキガミクスなど、世界でも片手で数えられるレベルだろう。
詐欺である。
「まァ、こういう小技もあるって訳だ。
「それはそれで、薫織は何故恥ずかしがらないのかという疑問もわいてきますけれども……」
しれっとまた虚空から布を発現して元のメイド服姿に戻った薫織を横目に、流知はぶちぶちと呟く。
ビキニへの変身だけでなく元のメイド服への変身まで自由自在となると、いよいよもって変身ヒーローのフォームチェンジにしか見えないのであった。
「前世の頃からメイド服姿だったせいか、年頃の娘たちからのガードが緩くなりがちでなァ……。服関係の相談を受けることも多かったんだよ。
まァ、娘たちからはセンスが古いって言われてたが……あの頃は、
「え……でもこの水着とか全然センスいいと思いますけれど……」
「だから、言ってんだろ? 今世じゃずっと小娘やってんだ。精神年齢同様、センスだって若返ってんだよ」
「精神年齢の話は絶対に釈然としませんけれども…………」
精神延齢というのは生きた年数ではなく置かれてきた環境による──というのは薫織の持論だ。
しかし、実際に前世で大人として生きて来た流知には多少なりとも大人としての自負もある。
今の自分は子どもだというのは一概には呑み込めない理屈であった。
あと、何よりそれを言う薫織自身が大人としての責任を意識して行動している節があるというのも納得がいかないところだった。
「……ま、前世がある分単純にいかねェのは分かるがよ。しがらみも、その分あるしな……」
「あ~。薫織はありそうですわね、確かに」
どこか遠い目をしていう薫織に、流知は得心がいったように頷く。
流知が知る限りでも、薫織は既に何人か前世の関係者に会ったことがあるようである。
前世はごく普通の一般人のまま一生を終えた流知と違い、児童養護施設の院長という前世を持つ薫織には色々とあるのだろう。
珍しく陰がある感じの薫織の心境に思いを馳せつつ、流知は気持ちを切り替える。
「薫織も水着があるというのでしたら、うん、これにしましょう。薫織! お会計ですわ!」
「仰せのままに、お嬢様」
ご主人様の号令を受けて、薫織は会計へと動き出す。
──つまり、流知のお財布関係は薫織がすべて担っているということでもあるのだが、そこのおかしさにツッコミを入れてくれる人は此処にはいないのであった。
前世はともかく、今世は流知も立派な変人である。
◆ ◆ ◆
ビキニ型のシキガミクス。
メイド服を模したフリルつきの黒ビキニとヘッドドレス、グローブから構成されている。ブーツは存在しない。
メイド服形態から余分な布地を
霊気供給の射程が無限大であることを応用して、空間を超えて内部血路の連続性を保つことで通常のメイド服から
この仕様を確立したことにより、
撥水生地の為、水中でも素早く行動することが可能。
霊能は換装前と変わらず『女中道具』を取り寄せること。
『
攻撃性:70 防護性:70 俊敏性:70(水中:75)
持久性:90 精密性:90 発展性:95
※100点満点で評価
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