95 筋書きはもうない >> SPRIT MILK ①
「……そもそも、会長主催な時点で学校行事の一環みたいなものなのですから、別に学校指定のスク水とかでいいのではなくって?」
──そして時計の針は元に戻り、商業区画にて水着選び中の場面へと戻る。
大量に出てきた水着に気後れしつつ、流知は恥ずかしそうに身を捩る。
そもそも、遠歩院流知という少女はインドア趣味である。
だからといって海などのレジャーが嫌いなわけではないが──しかし、己の肉体美に自信がある訳でもない。
いやむしろ、自信はないと言った方が良いだろう。
特に二の腕と脇腹。受験勉強を言い訳にしていたら生まれたプニりの後遺症がまだ治りきっていない。
その点、ウラノツカサ指定のスク水なら、二の腕のぷにりはどうしようもないとしても、脇腹のぷにりについては多少シェイプアップして見えるはずである。
今の流知にとっては、スク水の野暮ったさよりもそちらの方が重要だった。
しかし、メイドはそんな流知の弱気を見透かすようにして、厳しく断ずる。
「馬鹿言え。身内のイベントならともかく見知らぬ生徒の前にお嬢様をスク水で出せる訳ねェだろうが。メイドとしての沽券に関わる」
「うぅーん勝手に関わらせないでほしい……!」
呻く流知だが、他の人が自前の水着を着てる中で一人スク水だったりしたらキツイな……とは思うので、あまり強くは出れないのであった。
とはいえ、インドアオタクが突然シースルー生地なんてオシャレ上級アイテムを渡されてはいそうですかと受け入れるのも酷なもの。
なんとか軟着陸できないかと、流知はもにょもにょと曖昧に物申す。
「せめてもうちょっとこう、露出の少ないものを……」
「そういう割には、渡した時にすんなり着たじゃねェか」
「だってこれ好みなんだもん……!!」
薫織のツッコミに、流知は血の涙を流す勢いで呻く。
薫織による流知のマーケティングは本人よりも完璧なので、露出はともかく好みなのは好みなのであった。
さりとて己のぷにりと向き合う自信が持てない令嬢(ダイエットを決意)に、メイドは厳しい表情を緩めながら、
「それに、その水着似合ってるぞ」
「え、変じゃない? ……お、お腹周りとか……」
「全然だよ。気にしすぎだ」
「………………そ、そう? な、ならいいのですわ……」
メイドに言われて、上機嫌そうに矛を収める流知。
何せ薫織は、前世では児童養護施設を運営していた関係で、幾多の少年少女を育てて来たビッグマザーメイド。
なんだかんだで、乙女のこういう部分の扱いには一日の長があるのだった。
『あァ、そう言えば前世でもこうやって水着選びに付き合ってたっけなー……』とぼんやり遠い目をしている二周目メイドをよそに、二周目思春期お嬢様は照れを隠すようにして、
「まったくもう……。それもこれも、全部会長のせいですわ……! 前もって分かっていれば、こんなに焦ることもありませんでしたのに……!」
当初、無人島遊覧イベントは『ライ研』の内輪のイベントになる予定だった。
『転生者交流掲示板』を使っての募集が頓挫したことで、外部の協力者を募る手立てを失っていたからだ。
だから流知は、『まだシーズンじゃないから水着なんて買ってませんわよ!』という緊急事態に対して『まぁ、「ライ研」の人しかいないなら学校指定の水着でもいいか……』と妥協していた。
ところが今朝になってピースヘイヴンのサイレント追加募集である。
身内以外の知らない生徒が一気に一〇人も追加になってしまった以上、その中で自分だけ学校指定の水着を着ているという絵面が発生するリスクが発生。
ご主人様に恥をかかせる訳にはいかないとメイドが活動を開始したのだった。
結果、集合まであと一時間というこの土壇場で、流知は水着選びを強行するという弾丸スケジュールを強いられることに。
とんだ災難である。
「でも、よかったですわ。大型連休中でもこうして普段通りにお店が開いていて。これで休業状態だったら完全に詰みですもの」
「学園の状態によらず、周辺施設は稼働してなくちゃならねェしなァ。……それに、常世島の力で気候が制御されているとはいえ、この海域は本来熱帯に近い。マリンレジャー系は元々強えェんだよ」
薫織の解説に、流知は『なるほどー……』と納得する。
今回はピースヘイヴン企画だが、他にも常世島近海の無人島やちょっとした
そうした場所には常世島の気候制御がかからない為、割と通年でマリンレジャーを満喫できるのであった。
こうしたマリンレジャーの中継地としての観光産業も、実は学園の外周都市の産業の一つであり、学園の大型連休中でも一定の賑わいを保っている大きな理由でもあった。
(……まァ、そういう事情で大型連休中は人の出入りが多くなるから、『正史』のような事件が起こりやすかったんだがな……)
『第一巻』案件にしても、黒幕の
こうした大きな社会の流れは個人では止めようがないものだが、意識しておくに越したことはない。
「そういえば、薫織は水着どうするんですの? まさか無人島でもメイド服でして? 熱帯なのに」
「流石にそんな訳ねェだろ」
流知に言われて、薫織はそう返した。
この鉄人メイドはてっきり北極だろうとサハラ砂漠だろうと関係なくメイド服を貫くと思っていた流知は、薫織の返事に虚を突かれたような表情を浮かべる。
きょとんとしているご主人様に向かって、薫織は呆れたような声色で続ける。
「お嬢様が水着なんだ。メイドの
そう言って、薫織が己の胸元に手を当てる。
直後、であった。
ギュ!! と薫織の身体から突如小規模な霊気の奔流が放たれたかと思ったと同時──メイド服が、弾け飛んだ。
否、弾け飛んだのではない。
瞬時に薫織が纏っている
そして突然の爆裂の先──そこには、メイドの衣装を色濃く残した漆黒のビキニを身に纏った薫織の姿があった。
黒ビキニメイドは、呆気に取られている流知に向かってあっさりとこう言った。
「
「
『また変な言葉が出て来た……』と思う流知であった。
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