94 旅立ちは唐突に >> SHOTGUN TOUR ⑤

「ごめんねん。この人昔から、『これ絶対面白い!』と思ったらすぐ突っ走っちゃう性質たちで。私も一言相談してからにしなさいって言ったんだけどぉ」


「本当ですよ。ちゃんと手綱を握ってもらわないと困りますからね」


「そういうのはしずるさんの仕事だったからねぇ……」



 両頬を真っ赤にして半べそかいているアホを放って、今度は嵐殿が伽退の小言を受けていた。


 ビンタ攻撃の為に押し売りの契約印デモンズカヴァナントに破壊されたプラスチック板を片付けながら、薫織は気を取り直して、



「そういうアドリブは大歓迎だがな。ただ、メイドとしては見極めておきてェキャパシティの限界ってのもある。

 特にこっちは、非戦闘要員を既に二人抱えている訳だ。ヤバイ連中が数十人とかになる前に募集は締め切ってもらわないと困るぞ」


「あ、もしかして薫織が言っていた『思うところ』って、そのことでしたの?」


「あァ……まァそんなところだ」



 流知の問いかけへ曖昧に答えながら、薫織はピースヘイヴンの方へ視線を向ける。


 しかし実際のところ──薫織が考えていたのはそこではなかった。

 というか、最悪数十人単位で危険人物が集まったとしても、薫織は一歩も退かないことを既に覚悟していた。

 そのくらい、先ほどのピースヘイヴンの『陰謀』は薫織にとって喜ばしいことだった。


 薫織が気にしていたのは、そこではなく──



(この馬鹿は完全に想定の外にしているが、学園の趨勢に詳しくないおとぼけ生徒がただのイベントだと思って応募しちまうって可能性もある。

 その場合、そいつの心には『楽しいイベントなのに怖い思いをした』っていう嫌な思い出が残ることになる)



 ピースヘイヴンとしては、原作者としても生徒会長としても自分の信頼は最早地に墜ちていていると考えているのだろう。

 ゆえに、まともな生徒が首を突っ込むことはないと決め打ちしている部分もあるはずだ。


 だが、そうしたセオリーを無視してイレギュラーをバラ撒くお人好しの筆頭をすぐ隣で見ている薫織としては、『そうではない可能性』というのが喉に小骨の様に引っかかって抜けない。


 そしてこのメイドの経験上、こうした『嫌な予感』というのは意外とバカにできないものだ。



(そしてそれだけは……



 、キャパシティの限界値。

 薫織が参加人数を気にしている本当の理由は、そこである。


 とはいえ、あれほどの啖呵を聞かされたあとでそれを直接口に出して指摘するのは無粋の極みノンメイド

 決意の炎を心の裡でだけ静かに燃やしながら、薫織は改めてピースヘイヴンに向き直る。



「で? どうなんだよ」



 ピースヘイヴンは薫織の危惧に対して、頬をさすりながら頷き、



「ひたた……、……ああ、それもきちんと考えているさ。定員は我々ライ研を除いて一〇人! あぁ、柚香は引率なのでそのつもりで頼むよ」


「…………もしかしてそれもたった今連携してます…………?」


「ヒエッ」



 報連相にうるさい秘書のビンタがトラウマになっているらしいアホは小動物のように震えながら、タブレット端末を取り出す。



「ち、ちなみに参加生徒については応募時に登録する学生証IDで管理しているから、もう個人照会ができるぞ。ほら」



 そう言って、ピースヘイヴンはタブレット端末を操作し全員に画面を向けた。

 画面には既に一〇人ほどのメンバーが表示されていた。

 男女様々、色んな生徒が映し出されている。


 ピースヘイヴンが表示させているのは生徒会イベントポータルサイトだ。

 様々な部活が企画したイベントへの参加はこのポータルサイトを通じてチケット販売サイトのような要領で参加申し込みができるのである。

 様々な部活動が自主的に活動している『ウラノツカサ』ならではの制度だ。


 そしてこのポータルサイト、イベントを企画した生徒か生徒会執行部の役職者であれば学生証IDを照会して、どの生徒が参加しているかを確認することもできるのである。



「えっ、大丈夫ですのこれ。プライバシーの侵害とかになりませんの?」


「心配要らねェだろ。オレ達は言ってみれば生徒会長からイベントの運営補助を委託されている訳だ。これくらいは業務上必要な個人情報の取り扱いの一環だよ」


「ほっ。良かったですわ……」



 厳密にはけっこう横紙破りなのだが、そこは言わぬが花である。


 胸を撫で下ろした世間知らずなお嬢様(一般人)に生暖かい目を向けつつ、



「……もう満員か。『撒き餌』としては優秀な性能だったらしいな、『没ネタ』は」


「そのようだな。確かに、世界の趨勢に影響することから、『正史』へ介入することに罪悪感を抱く転生者は少なくないだろう。

 だが、『没ネタ』であればそうした罪悪感をあまり気にせずに、かつ『正史』の流れを疑似体験できる。そうした転生者の心理も計算のうちさ」



 『それだけに「原作者」としての信頼度が下がり切っていたのは悔やまれる……。……今回の模様の実況配信でもしたら信頼度も回復するか?』などとまたぞろ余計なことを考え始めている生徒会長をよそに、冷的が微妙な表情をする。



「……こー言ったらなんだけど、やっぱり人相の悪そーな生徒が多いぞ……」


「そうです? あんまり気になりませんけど……」


「オマエはすぐ隣にとびきり人相の悪いメイドがいるからな」


「ほォ?」



 メイドの人相をディスったサメ少女が折檻を受ける一幕もありつつ。



「……しかし、この情報だけだと転生者かどうか判別がつかないのが難点ですね」



 顎に手を当てながら、伽退が呟く。


 実際、表示されているのは顔と名前、所属している部活や委員会といった表面的な情報で、それ自体に転生者かどうかを判別できる要素はない。


 しかし、そんな伽退の呟きに流知は首を傾げながら、



「え? そうですか? この人とか転生者って感じの目をしてませんこと?」



 などと、平然と宣い出した。



「…………あ?」


「目を見たら転生者かどうかは何となく分かりますわよ。世界そのものを見ている感じといいますか」


「いや、それはお前流石におかしいだろ……」



 当然だが、普通の人間は顔写真の目を見ただけで転生者かどうかを判別することなどできるはずもない。

 そんなことができるのであれば、それは単なる読心能力者よりも優れたエスパー能力である。


 ──異常メイドの陰に隠れがちだが、この少女もまたその異常メイドに気に入られる程の異常者である。

 最近何となくそのことを実感していた伽退ではあったが、流石にこれにはドン引きであった。

 さも当然のことのように言っているのが異常性を際立たせている。



「ええっ!? 此処は百歩譲っても凄いってわたくしのことを褒める場面ではなくって!?」



 平然と言っていたように見せかけて実はかなりドヤっていた流知は、突然の辛辣発言に心外そうに眉を顰める。


 ともあれ、流知の転生者判別眼が確かであれば、要注意人物を事前にマークできるので非常に便利である。

 気を取り直して期待の目を向け始める現金ヤクザに対し、流知は咳払いを一つした。



「まぁ、薫織のように世界がどうのとかそういうのを無視した視座に立っている転生者はよく分からないのですが……この人、この人、この人……は間違いなく転生者ですわね」


「す、凄まじいですね……。半信半疑ですが……」


「いや、かなり確度は高けェはずだぜ。コイツとかはオレの知り合いの転生者だしな」



 その後も、流知は次々に生徒の顔写真を指差しては転生者かどうかを判別していく。

 ──といっても、指差した生徒は全員転生者という判定だったのだが。



「それでこの人、…………ん~? ちょっと……分からないですわねこの人は……」



 そこで、滑らかに進んでいた流知の判別が止まる。


 彼女が指差していたのは、漆のような上品な黒さの長髪を持つ女生徒だった。

 学生証用の顔写真というのを抜きにしても何も表れていない無感情な瞳は、まるで奈落のように深い黒を映している。


 整った顔つきをしている彼女の学生証IDには、『載原のさばら凛音りんね』という氏名が表示されていた。


 その顔写真を見た伽退の表情が、一瞬だけ強張る。



「コイツは分からないんだぞ? ……でもこんなキャラ、アニメで見たことない気がするぞ。ってことは……薫織レベルの転生者ってことか!?」


「まぁまだそうと決まったわけじゃないから、落ち着いてねん。……流知ちゃんの観察眼の精度も、まだ確約が出てるわけじゃないしねぇ」



 不安要素ではあるものの、そもそも転生者かどうかなど分からないのが当たり前なのだ。

 あまり期待しすぎないようにすべきということで、そこについては拘泥しないこととなった。


 そして──



 ──まず嵐殿が、に気付いた。



「……! 待って。……皆、この生徒を見て」



 載原凛音の、すぐ下。


 残すは二名となった応募生徒の欄に表示された生徒達に──その場の全員が、一瞬凍り付いた。



「……………………おいおいおい、こいつは……」



 表示されていた二名のうち一名は、女生徒。


 銀色の髪を肩くらいの長さで切りそろえた、ちんまりとした少女。

 真っ直ぐな眼差しは、顔写真からでも真っ直ぐで勝ち気な印象を与える。


 少女の名は、『剣菱けんびし綾乃あやの』。

 雑多な活動が大半である部活動群の中で例外的に学内の治安維持を任された『風紀活動準備部』に所属している、真面目な少女だ。


 彼女について説明するならば──。

 ──『シキガミクス・レヴォリューション』の『第一巻』案件の主要人物。

 そう説明するのが、最も分かりやすいだろう。



 『正史』の、それも『第一巻』案件の主要人物の登場。

 しかし、一同の視線が最も集中しているのは彼女ではなく、その下に表示されている人物だった。


 そこに表示されていた生徒は──。



 男子生徒、であった。


 年の頃は一五歳ほど、焦げ茶色の髪を少し長めに整えた、ダウナーな雰囲気を感じさせる少年だ。


 片方の横髪が少し長く伸びており、そこにつけられた護符のような髪飾りが不思議と目を惹くが──そこ以外はいたって普通の、『クラスで三番目くらいのイケメン』といった感じの風体であった。


 そして、表示されている氏名は──




 ────




 誰あろう、『シキガミクス・レヴォリューション』の主人公である少年であった。



「…………そういえば」



 声を震わせながら、流知は呟く。


 彼女の脳裏には、今朝見た光景がフラッシュバックしていた。




   ◆ ◆ ◆




『リフレイン:。神織さんは昨日と行動を共にしていたって情報があるし、そいつの差し金かも』


『優子:その女絶対に転生者でしょ!抜け駆けしやがって~!!』


『Death-13:ふざけてんじゃねーぞ 原作崩壊の危機だろうが』


『優子:あ?こっちだってマジなんだよガチ恋ナメてんじゃねえぞ』


『ミロク:こっちは剣菱綾乃推しの原作介入派閥を殲滅したよ。雁金港で張ってたらまんまと出て来たから笑っちゃった。』


『あぎり:そういえば波浪アンチ転生者軍団ってどうなったの?確か、けっこう前に何人かぶっ飛ばしたけど』


『SAYAKA:全員追いかけて倒しましたよ~。やっぱアンチは骨のある連中が多くてってて楽しいですね~!!』


『差夢孫:ルビやめい』




   ◆ ◆ ◆




 今朝、薫織が表示した『正史遵守派』が集うスレッドの内容。


 そこに、神織悟志と剣菱綾乃の所在が不明であること──そしてそこに、の介在が記されていたではないか。



 



 これが意味することは、つまり。



「…………わたくし達が転生者達の為に利用しようとしていた『没ネタ』案件に、『第一巻』案件が合流しつつある……?」

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