93 旅立ちは唐突に >> SHOTGUN TOUR ④

 ──『ウラノツカサ』、学生牢。



 正式名称を『特別生活指導過程学習棟』と言うこの施設には、『ウラノツカサ』において重度の校則違反を犯した生徒が収容されていた。


 その多くが陰陽術による犯行であり、その性質上、収容生徒の大多数は狂暴・強力な陰陽師である。

 その為、学生牢は重度の校則違反者を常世島外部に出さないよう、『ウラノツカサ』の中心部に建設することで二次元的距離を確保していた。


 とはいえ、仮にも陰陽犯罪者の収容施設を『ウラノツカサ』のど真ん中にただ設置する訳にはいかない。

 万が一脱獄が発生した場合、一般生徒の多くが危険に陥り、パニックになることが容易に想定できるからだ。


 ゆえに学生牢は、



 即ち──地下一五〇メートルの監獄校舎である。



「……良い御身分ですね」



 面会室。


 パイプ椅子に座った伽退は、ガラス板を隔てた先の相手に向かって吐き捨てるように呟いた。


 彼女の視線の先には、同じくパイプ椅子に座った学生服姿の少女──生徒会長・トレイシー=ピースヘイヴンが楽しそうに微笑んでいる。



「我々が此処に来た要件については、把握していますね?」



 突きつけるように、伽退は言う。


 糾弾するような物言いで場の雰囲気が一触即発にならないのは、先の事件を経て『この黒幕気取りは本当の意味で誰かを貶めるような計画は練らない』というある種の信頼が生まれているからか。



 ピースヘイヴンは鷹揚に頷いて、



「ああ、把握しているとも。無人島遊覧イベントの件についてだろう? 正午のミーティングで話すつもりではあったが……そちらの方から出向いてくれて助かるよ。説明の手間が省けた」


「なら話は早いです。……何が目的だ? あれじゃ、厄介な連中が遊覧イベントに集まってくるのは目に見えているだろうが」



 ピースヘイヴンが提示した、無人島遊覧イベント。


 在学生の大半が帰省しているゴールデンウィーク期間に学園にいる奇特な生徒を対象にしたこのイベント募集は、『大怪獣登場クラスの荒事への介入を目論む転生者』や『生徒会長との繋がりを欲する打算的な非転生者』──いずれも戦闘能力に長けた危険な陰陽師が合流する危険性を孕んでいる。


 鬼が出るにしても蛇が出るにしても、一筋縄ではいかない面子が集まるのである。

 それでは本来の目的である『大妖怪の封印の維持』にも悪い影響が出るかもしれない。



 しかしピースヘイヴンは、そんな当然の予測など最初から織り込み済みとばかりに、



「ああ、そうだな。……ただ、君達と私では



 そんなことを、言い出した。


 行動の前提が違う──そもそもの方針に齟齬があるともとれる発言に、伽退の雰囲気がピリつき始める。

 それを見咎めた薫織が口を開こうとしたところで、



「……どういうことです? まさか今更何かを企んでいるとは思いませんが……」


「信頼してくれているね。嬉しいよ。まぁ企んでいるといえば企んでいるとも言えるが、悪意から来る計画でないことは確約しよう。……最初から、私の考えを説明しようか」



 そう言って、ピースヘイヴンは腕を組んだ。


 ある程度の歩み寄りができたことで、伽退の雰囲気も僅かに緩和する。



「そもそも今回の件だが、私はあまり現状に対して危機感を持っていない。

 最悪の場合、厳しい戦いになるとは言ったが……園縁君と伽退君と柚香がいれば十分持ち堪えることは可能だし、そこに私が加われば余裕を持って対処できるだろう」



 薄笑いを浮かべて、しかし堂々と、ピースヘイヴンはそう断言した。


 その態度は、これまでの世界に対して悲観的な展望しか持てなかったピースヘイヴンの姿からは想像もつかないくらいポジティブさだ。

 あるいは、それこそがこの二〇年間ずっと燻り続けていたピースヘイヴンの本来の魂の輝きなのかもしれないが。



「…………変わりましたね」


「変えてもらったと言うべきだろう。そして今の私に強く反駁しない時点で、君も十分よ」



 ──そして。



「私と伽退君、冷的君は、『ライ研』と出会ってかつての想いを『取り戻した』。しかしだね……この世界には、かつての私達と同じ諦念を抱えたまま苦しんでいる転生者がまだ大勢残っている」


「!」



 ピースヘイヴンの言葉に、伽退が僅かに目を瞠る。


 ピースヘイヴンの改心は世界の中心人物の方針転換という意味で世界に大きな影響を与える出来事ではある。

 彼女の変節を受けて同じく希望を取り戻す者もいるだろう。

 しかしそれはあくまでもパーソナルな領域での出来事に過ぎない。


 伽退がそうであったように、世界の歪みによって絶望してしまった転生者の現状に変化はない。

 今もかつてのピースヘイヴンと同じように世界に絶望し、憎しみを抱いているまま変わらないだろう。


 で、あるならば。



「『没ネタ対策』は、転生者を集める為の撒き餌だよ。見えている地雷をわざわざ踏みに行くような転生者だぞ? 世界の現状に対して何かしらの不満を抱えている可能性は非常に高い!

 そこに、!」



 両手を大きく広げて。


 ピースヘイヴンは、クリスマスを明日に控えた子どもよりもワクワクした面持ちで、さらに続ける。



「タスクが増える訳だから状況は想定よりも悪化するだろう。復活した『大妖怪』と正面切って戦うことになるかもしれないな。

 だが、正味問題はない。私がいて、君達がいる。その状況で『最悪』など起ころうはずもない!」



 つまるところ──これは救済の再演。


 ピースヘイヴンが語る『行動の前提が違う』というのは、見ている領域の違いに起因していた。

 伽退が『封印の維持』の成功を軸に盤面を整えようとしていたのに対し、ピースヘイヴンは『封印の維持』は究極的には問題にせず、それを利用して他の転生者へのアプローチを考えていたのである。


 それは即ち、ピースヘイヴンから『ライ研』への信頼に他ならない。

 コイツらと共にやるならば、それでも多くの人が救われると──そう信じているからこその行動である。



 そんなことを原作者じきじきに言われてしまっては、最早否やはない。伽退は小さく微笑んで、



「で、その結果発生する我々への負荷や、諸々を全くの相談なしで決められたことについての落とし前は?」


「フッ…………」



 返す刀で放たれたツッコミに、ピースヘイヴンはそれでも余裕を崩さなかった。


 楽し気に微笑んだまま、世界への希望を取り戻した原作者はこう答える。



「……顔面に一発で勘弁してくれないか?」




 ──都合三発のビンタが、ピースヘイヴンの顔面を襲った。

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