92 旅立ちは唐突に >> SHOTGUN TOUR ③

「は、はぁ……?」



 異常事態と言わんばかりの剣幕の冷的に対し、流知は乗り切れない──というよりは話の急展開に追いつけないといった調子だった。

 小首を傾げた流知は、困惑半分様子見半分の受け答えになってしまう。


 ピースヘイヴン主導による、無人島遊覧イベント。


 これが意味することは、流知にも分かる。

 つまりピースヘイヴンは、昨日の大炎上配信で懲りずにまた外部から人を集めて封印の緩みを解消しようとしているのだろう。


 ただし、流知には納得できないことがあった。



「…………その、そこまで危険視するほどの事態でして?

 だって、転生者交流掲示板の時は総スカンだったではありませんの。昨日の今日で無人島遊覧イベントなんて企画したところで、皆そっぽを向くだけでは?」


 おずおずと、流知は当然と言えば当然の疑問を提示する。


 最早、転生者の中でこの遊覧イベントに応じる人間は早々いない。

 昨日の配信でも見たように、トレイシー=ピースヘイヴンの原作者としての信頼は既に地に墜ちているからだ。


 ついでに、好感度も落ちている。

 デマ関連の話を除いたとしても、ピースヘイヴンの求めに応じる人間はほぼありえない。

 いたとしても、何かしら別の目的を抱えているようなヤツだろう。


 その意味で、流知の指摘は正しい。



 ──しかし。



「ハァ……ハァ……。甘いですね……」



 そうした流知の疑念を掻き消す、断じるような声色。


 見ると、部室の入り口に携帯を手に持った伽退が立っている。

 肩で息をしているその様子からは、相当急いでやって来たことが伺えた。


 伽退はピースヘイヴンと嵐殿以外の『ライ研』メンバーがいることを確認すると、忌々し気に舌打ちを一つした。



「状況は理解しています。……やってくれたな、あのクソ野郎」


「伽退さん!」



 行動可能な部員全員が集まったのを見て、流知が立ち上がった。


 その横で静かにタオルと飲み物の用意をする完璧メイドを横目に、流知は改めて問いかける。



「……甘い、ですの?」


「そもそも、です。『霊威簒奪』というのは、基本的に転生者の間でしか流布されていない情報なんですよ」



 メイドからタオルと飲み物を受け取りながら、伽退は落ち着き払って答える。



 これは、『霊威簒奪』というデマが流布された経緯を考えてみれば分かることだ。


 『霊威簒奪』は、『「シキガミクス・レヴォリューション」では説明されていなかった裏設定』として流布されている情報である。

 つまり、情報の真偽を判断する前提に『シキガミクス・レヴォリューション』という作品の存在があるのだ。


 仮に転生者でない人間が『霊威簒奪』がどうこうと言われたとしても、『原作者からの情報』という根拠を共有できない。

 である以上、聞いたこともない眉唾理論で急に襲われたとしか思わない。

 つまり、そこでデマとしての情報伝達が止まってしまうことになる。


 情報伝達についても、『シキガミクス・レヴォリューション』を知っている者──即ち転生者であることが前提となるのだ。

 必然的に、転生者以外にこのデマは流布されていなかった。


 だとするならば。



「だから、非転生者にしてみれば生徒会長・トレイシー=ピースヘイヴンは『よく分からないけど突然学生牢に収容された人』になります。

 それ自体が信頼性を損ねることはあり得ますが、少なくとも『誰一人としてイベントに応じない』ということはあり得ない」


「それに……応じた人が良ーヤツだって保証も、どこにもないんだぞ。『正史』では、生徒が悪役になるパターンだっていっぱいあったんだ。生徒会長との繋がりが欲しーとか……。

 ……あ、そもそも、そいつが封印を緩めた犯人だって可能性だってあるんじゃないか!?」



 伽退の説明に、冷的が付け加える。


 『正史』に登場するからといって、全員が全員善人であるとは限らない。

 冷的の言う通り、生徒が悪役となるパターンもある。

 中にはやむに已まれぬ事情で悪に手を染める者もいれば、完全な我欲の為に悪事を働く者もいた。


 学生牢に幽閉されているとはいえ、生徒会長・トレイシー=ピースヘイヴンの学園への影響は無視できないままだ。

 悪事に手を染めている生徒が、絶大な影響力を誇る生徒会長との接点を得ようとする可能性は否定できない。



「ついでに言うなら、転生者が全く応じないと決まった訳でもねェな。昨日は速攻で叩かれて炎上したから求人の意味をなさなくなっていたが、あの野郎がしぶとく配信を続けていれば数人は応じていたんじゃねェか?

 ……ただし、荒事が大好きで社会性ゼロって感じの厄介野郎が、だが」


「や、ヤバヤバではありませんの……!」



 薫織の静かな補足に、流知が静かに息を呑んだ。


 流知は、既に知っている。

 先ほど薫織に見せられた『原作遵守派』が集まるスレッドに、明らかに戦闘を目的として『原作介入派』に戦闘を仕掛けている転生者がいたことを。


 戦闘力がある転生者全員が嵐殿のように良識ある性格なら良いが、実際には薫織の様にどこかしらでセオリーをぶっちぎった性格である可能性が高い。

 その方向性が『好戦的』という属性に寄らない保証は、どこにもないだろう。


 つまり──このままイベントの募集が続けば、ただでさえ不確定要素の多い『封印の点検』にさらなる不確定要素が追加されるということである。



「別にオレはそれでも構わねェんじゃと思うが……」


「うるせぇ黙ってろ馬鹿強者メイド!!」


「それでも構わない要素がどこにありましたの!? 今の話の中に!!」


「わたしらみたいな普通の転生者はなぁ、不測の事態が発生するだけで簡単に死ねるんだぞ……!!」



 さらっと無人島遊覧チームに危険分子が混ざることを許容しかけた薫織に食って掛かる一同。


 この強者メイドの理論では『それで盤面がとっ散らかったところでどうにかなるような世界ではない』ということなのだろう。

 それは世界の向き合い方としては正しいが、勝手にアドリブで面倒事を増やされるという意味では溜まったものではない。

 普通の人間からしてみれば、みすみす不確定要素をぶち込もうとするのは狂気の沙汰である。


 流石に薫織もそれは理解しているのか、両手を挙げて降参の意を示しながら、



「あーあー、分かってる。別にテメェらの動きを否定するつもりはねェよ。それに、オレ



 薫織は目を伏せてそう言ってから、スッと顔を上げる。


 薫織は片目を閉じて茶目っ気を見せながら、



「……で、それならどうする? やりようは色々あるがよ」


「決まっているでしょう」



 対する伽退の返答は、即断であった。



「学生牢に行く。

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