89 愚か者どもの宴 >> FIREFLY'S ORGY ③
『……というわけで、早速「転生者交流掲示板」を使って手数を増やす作戦が使えなくなったわけだが……』
「テメェの自業自得でな」
散々だった炎上配信を終えたピースヘイヴンは、改めて『ライ研』の面々と通信を繋いでいた。
もしも精神的ダメージが外見に現れるとしたら顔面の原型がなくなるくらいのボコボコ具合だったが、しかしそれでもピースヘイヴンは間髪入れずに『次』の話をする。
(この不屈さを何%かでも殊勝さに回してくれれば、少しは対外的な印象もマシになるんだろうがな……)
薫織は内心でだけそう思うが、ピースヘイヴンという人間にそんなことを言っても無理な相談なのは分かり切っている。
彼女を『引き戻した』人間の一人として、薫織はそういうピースヘイヴンの至らないところは適宜フォローすればいいと考えている。
なのでそこは生暖かい目で見守るつもりであった。
「というか、そもそもの話ですが」
『転生者交流掲示板』の話が一段落したのを見計らって、伽退が話題を切り替えるようにして口を開く。
──先ほどの場では、会話されていない懸案があった。
それが取るに足らないことなのか、あるいは考慮することに意味がないのか。
話題にも上がらなかったテーマだったが、しかし伽退にとってそれは重大事項だった。
いや、それは本来、誰にとっても重大事項であるはずだった。
「……『第一巻』案件、もう始まっていますよね」
────今日は、ゴールデンウィーク初日。
そして『シキガミクス・レヴォリューション』第一巻で起きた事件もまた、ゴールデンウィーク初日に発生していた。
ごくごく平凡な『ウラノツカサ』の生徒である
学園内には存在しないはずの『怪異』に襲われた神織はさらに現れた
ここから、神織悟志と浄蓮の陰陽逆巻く日々が幕を開けるのだ。
此処での出会いが生じなければ、神織と浄蓮が行動を共にしないどころか、最悪の場合神織が死亡することすらあり得る。
伽退が『正史』の流れが問題なく進行しているかを気にするのも無理はなかった。
「あ、そういえばそうですわね。すっかり忘れてましたわ……」
「まぁ、わたしらそれどころじゃなかったもんな……」
ぽけーっとしている流知と、それに同調する冷的。
確かに、『ウラノツカサ』はここ一週間ほどは霊威簒奪騒ぎでてんやわんやだった。
もちろん『第一巻』案件の開幕が目前に迫っているというのも転生者達のメンタルに悪影響を与えていたのは間違いない。
だが、各々が目の前の出来事に気を取られすぎていたせいで、その事実をきちんと認識できていた者は少数派だったかもしれない。
「えーと、確か、『第一巻』案件で『ウラノツカサ』で突然『怪異』の被害が発生しだしたのは浄蓮さんの霊能……『引力』を使った霊気誘引シキガミクス『滝壺』の影響なんでしたわよね」
神織のパートナーたる『怪異』……浄蓮は、正式名称を『浄蓮の
その正体は浄蓮の滝に住まう『大妖怪』であり、彼女は引力を操る霊能を持つ。
しかし比較的人間に対して友好的だった浄蓮は、『神様』にも迫る実力を持つにも拘らず甘言に惑わされて今回の事件の黒幕──
そこで咄嗟に自分の分霊を神織に封印した──というのが、第一巻の物語の裏側にある流れだ。
波浪が構築した霊気誘引シキガミクス『滝壺』は、そのお題目の通り、浄蓮の霊能である『引力』を霊気限定で作用するように調整している。
結果として、その霊気を一か所に集中させる効果を持つシキガミクスとなっていた。
これにより、『正史』では高濃度の霊気に吸い寄せられて、『怪異』が本来は集まらないはずの『ウラノツカサ』に『怪異』が出没しやすくなっていたというからくりとなっていた。
しかし。
「……『怪異』被害、出てますかしら?」
流知は、冷や汗を流しながら問いかけた。
流知の言葉通り、ここ最近は『霊威簒奪』騒ぎによる人間の襲撃はあったものの、『怪異』の襲撃は一度としてなかった。
また、そうした被害があったという話を耳にしたこともない。
『第一巻』案件の発端である『神織が「怪異」に襲われる』というシーンは、『滝壺』による霊気の集中の影響で発生している。
しかし直近この学園では、ピースヘイヴンの陰謀によって大規模な霊気の流れの調整が行われていた。
……もしも、そうした霊気の流れの調整が『滝壺』の効果に影響を及ぼして、『正史』の通りに『怪異』被害の増大が発生していないとしたら?
『いや、それについては問題ない』
そもそもの前提から崩壊しかけるような懸念に対し、ピースヘイヴンはあっさりと答えた。
『「正史」と違い「怪異」の被害が発生していないのは、私が学園全体の治安を管理しているからだ。
ミスティックミメティクス。アレが学園全体の治安を維持している。そして──「怪異」との戦闘データは既に幾つも受け取っているよ』
その事実が示すのは、『滝壺』は正常に稼働しているという現実。
即ち、『第一巻』案件の発端自体は既に動き始めているということになる。
ピースヘイヴンの説明を受けて、今度は伽退が新たな懸念を提示する。
「……それでは、神織悟志が浄蓮と出会うきっかけとなる『怪異』の戦闘についても汎用シキガミクス群の治安維持網が巻き取ってしまっている可能性があるのでは?」
『それについては何とも言えない。治安維持網を抜けて襲撃が発生している場合、私は検知できないし……もしも治安維持網が襲撃を防いでいたのだとしたら、それもいちいち検知できないからな』
「えぇ!? 何ですのそれ! じゃあ神織さんが浄蓮さんと出会っているかどうかも分からないってことでして!? 治安維持とか色々やってるのに!?」
『……あの時の私は、「主人公の資格」を奪って成り代わるつもりでいた。彼が浄蓮と出会えず、「神様」にも迫る「大妖怪」の力を得られずとも……それで何も問題なかったんだ』
「別に心配要らねェんじゃねェか?」
どうしようもないピースヘイヴンの言い分だったが、彼女に助け舟を出したのは、意外にも薫織だった。
薫織はそもそもこの話題自体にそこまで興味がなさそうな調子で、あっさりと続ける。
「昨日時点で、神織が学園にいるのは知ってる。道端ですれ違ったからな。昨日時点で学園にいるんなら、どうせあの巻き込まれ体質だ。
勝手に何かしらに巻き込まれて、事件の核である『滝壺』まで肉薄してんだろ」
「そんなこと……」
「そんなことが、言えちまうんだよ」
断言する薫織には、不思議な迫力があった。
単なる物語のお約束をなぞるだけの賢しらな楽観論ではない。
そうしたものとは別の、何か目に見えないセオリーを熟知した経験者の知見。
そんなものを感じさせる断言だった。
「『正史』を過大評価した思考停止じゃねェ。これまでの経験から言って、『そういうヤツ』はなんだかんだで勝手に巻き込まれて、そして勝手に結果を出していく。
一定以上の実力者にゃよくある話だ。テメェも覚えはあるだろ?」
「………………、」
薫織の指摘に対して、伽退は思い当たる節があるのか、何も言えないでいた。
──そして、そうした部分を信じるということが『世界に絶望しないこと』であることも先日の事件で嫌と言うほど思い知らされた部分だ。
そこまで考え、伽退は首を振って思い直し、
「……いえ! ですが、それが現状を把握しない理由にはならないのでは? 世界は信頼していても……万が一の為に備えもしないというのはただの妄信です。
せめて、現状の神織悟志が浄蓮の絡新婦と行動を共にしていることを確認するくらいはしてもいいはずです。
いや、事件が『正史』の通りに起きているならその介入だって……」
「落ち着け、手段に拘泥して目的がズレんのは頭に血が上っている証拠だぞ。
向こうはこっちの行動に対応できない弱タイプのAIじゃねェんだ。下手に刺激した結果、行動の予測がつかなくなることだってあるだろうが」
やや声を荒げる伽退を窘めるようにして、薫織は言う。
確かに、『正史』通りに進んでいるかどうかを確認する為だけにわざわざ状況を刺激するのは悪手ではある。
明確な目的と行動方針があった上での干渉ならともかく、『とりあえず』で干渉しようとしては状況がアンコントローラブルになるばかりになるリスクもあるだろう。
さらに薫織は続けて、
「それに……同じようなことを考えている連中は多いんじゃねェか?
下手に首を突っ込めば、『正史』に介入するどころかそういう
そういうリスクを含んで探りを入れたり干渉するのがテメェの本意か?」
「く……」
薫織に言われて、自分が頭に血が上っている自覚が出て来たのだろう。
伽退は悔し気にしながらも引き下がる。
──そして実際に、『正史』への介入を巡って転生者同士で揉め事が起きるという可能性については、かなり実現性の高い懸念でもあった。
そうした懸念を含みつつ、薫織はあくまでも神織悟志というまだ一度だって共に戦ったことのない男のことを『信じる』ことに決める。
「……やきもきする気持ちは分かるが、『滝壺』の件については神織に任せろ。その代わり、
「…………フー…………そうですね」
俯き深く息を吐いて、伽退は意識を切り替えたらしかった。
顔を上げた頃には、伽退の表情に焦燥はもうない。
冷静な眼差しで、モニタの中のピースヘイヴンに視線を戻す。
「で、この後はどうするんです。我々だけで作戦行動を開始しますか?」
『ああ……そうだな。腹案がないでもないが、ひとまずはその方向で考えてくれ。
封印が完全に解ける前に決着をつけられればいいが……もしもできなければ、かなり厳しい戦いになると思ってくれ。
その場合は、私が出ることも考える』
ピースヘイヴンは思案気に頷いて、
『諸々準備があるから、決行は明日の昼一二時としようか。水中戦になる可能性もある。各々水場で活動しやすい格好の準備をしておいてくれ』
そうして、その場は解散となった。
その場にいた全員が、明日に発生するかもしれない『大妖怪』の方に意識を集中していて──それゆえに薫織ですら気付けなかった。
何気なくピースヘイヴンが口にした『腹案』。
この元・黒幕の抱える『腹案』が、まともであった試しがないということに。
そして時計の針は、一日進む────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます