88 愚か者どもの宴 >> FIREFLY'S ORGY ②
「…………転生者交流掲示板?」
──しかしながら、流知は全然要領を得ていないようだった。
満を持して霊能を発表したピースヘイヴンは肩透かしを食った調子で、
『あれ? ひょっとして通じてない? 掲示板だよ、ネット掲示板。BBS。知らないかい? スレッドを建ててレス……返信をつけて』
「なんですのそれ? 返信? SNSか何かですの?」
『ぐわぁ! 文化の違い!!』
前世では比較的ライトなネットユーザーであった流知には、そもそも『ネット掲示板』という語彙が通じなかったらしい。
見かねた薫織が口を開き、
「要は、ウェブサイトとそれ専用のネットワークをテメェの霊能で構築したってことだ。そのウェブサイトで交流できるって意味じゃあ……『トルネード』みたいなモンって言った方が通りは良いかもな」
「あぁ、なるほど!」
『だが、あのUIはどう考えてもネット掲示板なんだよぉ~……』
薫織の補足によって得心がいった流知だったが、ピースヘイヴンの方にはまだこだわりがあるようだった。
ちなみに、『トルネード』というのは薫織の生前に流行っていたSNSだ。
運営会社は二〇年ほどで倒産したが、流知が前世で生きていたであろう時代には大変繁盛していたので通じるはずとの判断である。
「……でも、本当に霊能でそんなことできますの?」
「できるも何も、インターネットは普通にあるだろ」
首を傾げる流知に、薫織は呆れながら言う。
『シキガミクス・レヴォリューション』の世界においては、現代文明の大半は機械ではなくシキガミクスによって賄われている。
テレビはプラスチックとガラスではなく、木材と樹脂で。
ケーブルはゴムと金属ではなく、繊維と竹材で。
そしで電気ではなく、霊気で。
当然、インターネットを媒介するのも電波ではなく霊気の波であり──そもそも、シキガミクス操作も術者から発せられている『霊気の波』が媒体である。
「コイツがすげェのは、霊能でインターネットを構築していることや、同意を介した霊気収集によって個人で持続可能なシステムを構築していることじゃねェ。
それだけの技術を使って、転生者って集団の根っこに自分のシキガミクスをシステムとして植え付けたところだ」
『似たようなシステムなら、私もやっているしな』
解説する薫織に補足するように、ピースヘイヴンが付け加える。
聞いたことのない情報に、流知の頭の周りにさらに疑問符が増えた。
「何ですの? それ。……ああいや、『生徒会長としての信認』を利用して霊気の流れを操作していたのは知っていますけど……」
『まさにそれだよ。アレはそもそも、私が導入した治安維持のための汎用シキガミクス──「ミスティックミメティクス」シリーズの動力源なんだ』
「あ、そうだったんですの……!?」
学園の治安を維持するのに必要な数のシキガミクスを(旧式とはいえ)揃えて稼働するのに、個人の霊気量では圧倒的に足りない。
そこに何らかのからくりを用いているのは考えれば当然だったが、流知にしたら『言われてみれば』という盲点だった。
そして感心すると同時に、『治安維持のためのパワーソースを自分の計画の為に私物化したんだ……』とまたどこかで株が落ちるピースヘイヴンである。
「……話を戻しますけれど、その転生者交流掲示板がどうしたんですの? 転生者同士で交流できるというのは分かりましたが……」
周りの全員が虚空にウインドウを表示させているからだろうか。
流知は少し居心地悪そうにしながら言う。
モニタの中のピースヘイヴンはようやく本題とばかりに頷いて、
『ああ。求人を募集しようと思うんだ。私が用意していた「没ネタ」の話をして、その封印に対処する為のチームを募集する。そうすれば戦闘が得意な転生者が一定数集まるだろう』
「なるほど! 名案だぞ!」
「ですわね。真っ当な案で安心しましたわ……」
『転生者を集めたチームを結成する』。
ピースヘイヴンの腹案に、流知と冷的は表情を明るくして賛同した。
実際のところ、これは有用な案の一つである。
ひとくちに転生者といっても、当然千差万別だ。
流知のような非戦闘タイプから、薫織のようなバリバリの武闘派まで、ウラノツカサに在籍しているだけでも様々な種類の陰陽師が存在している。
彼らは持っている霊能も異なれば、そもそも陰陽術を学ぶ理由すら異なる多様性っぷりだ。
そうした彼らの内、戦闘に特化した術者を集めることができたなら、それは紛れもなくドリームチームと言えるだろう。
「…………大丈夫かァ?」
得意げにウインドウを操作するピースヘイヴンを追うように、薫織は不安そうな表情でウインドウを操作する。
虚空に映し出されたモニタには、ピースヘイヴンの説明通りの『インターネット掲示板』が表示されていた。
上部に『
その下に書き込みフォームがあり、さらにスクロールしていくとずらりとスレッド──投稿されたトピックが一覧で表示されている。
スレッド一覧に表示されているスレッドの数と勢いを見る限り、かなりサイトとしては盛況なようである。
『基本的に投稿は文字媒体で行われるが、此処は投稿者によって変更可能だ。イラストを投稿することもできるし、動画も投稿できる。
そして配信形式のスレッドを建てることもできるぞ。この機能を使って配信者をしている転生者もいるくらいだ』
「スゴイですわね……。なんかもう、インフラって感じですわ」
「『
大した奴だよ、このシキガミクスの術者は」
そう言って、薫織は腕を組んで頷く。
感心している薫織をよそに、スレッド投稿の設定を済ませたピースヘイヴンは──
『さて、準備完了だ。配信開始と行こうか!』
「あっ配信形式でやるんですの!?」
『一度やってみたかったんだよ』などとほざいている無軌道人間がスレッドを建てると、流石に原作者だからか、一気に人が集まってきた。
順調に策略が進んでいることに口元に満足げな笑みが滲み出つつ、ピースヘイヴンは言う。
画面の向こうでは大勢の人に見られているというのに、緊張の色が欠片もない。
流石に前に立つ人間といった風情であった。
『やぁ、転生者諸君。学園に携わっている者は見慣れているかな? そうでない者は初めまして、あるいは久しぶりと言っておこう。
私はトレイシー=ピースヘイヴン。君達に通りの良い名で名乗るならば──
足を組み椅子に体重を預けて語るピースヘイヴン。
その余裕は、流石に敗北したとはいえ一つの組織を二〇年以上も支配し続けた黒幕に相応しい貫録だった。
虎刺看酔。
そのネームバリューもあって、ピースヘイヴンの配信には瞬く間に一〇万人以上の視聴者が集まり始めた。
「うわ、凄いですわよ。一〇万……一〇万人!?」
「驚くこたァねェだろ。多分あと三〇分もする頃には一〇〇万人は超えてる」
「一〇〇!?!?」
驚愕する流知だが、その表情には喜びの色も含まれていた。
何せ、それだけの人数が集まるならピースヘイヴンに協力しようという転生者も大勢集まるだろうからだ。
何なら、ウラノツカサの外からプロの陰陽師が協力に来てくれる可能性だってある。
『今回こうして配信をした理由は、他でもない。……実は少しばかり、まずいことになっていてな。
かつて私が「劇場版第一作」の為に設定した「大妖怪」の封印。これがウラノツカサのある常世島近海にあるのだが……この封印が解けかけているんだ。
私にも協力者はいるが、君達の中にいる有志の手も是非借りたい』
すらすらと、ピースヘイヴンは余裕綽々といった調子で語っていく。
当然、それに対する反応も明るく──
『スピナ:ま~たお得意のデマかよ』
『Alan:この無軌道クソボケ野郎少しは痛い目見て反省しろ』
『空手家:これガチなの?』
『管理人★:ほんっっっっと遅いんですよバーカバーカバーカ!!!!』
『-Noir-:霊威簒奪の件、忘れたとは言わせないぞ』
『はーちゃん:あーあ 私が在学中ならな~もっと早ければな~』
『安尾謝巣:はいはいクソスレクソスレ』
『あみこ:顔が美少女なのが腹立つのでヤダ』
『黒闇暗邪:っつか大妖怪くらい自分でどうにかしろよ』
──明るく、なかった。
「え、えぇ!? なんか凄い叩かれてるぞ!?」
「え、炎上ですわーっ!? いっそ清々しいほどの大炎上ですわーっ!?」
あまりの叩かれっぷりに驚愕する流知と冷的だったが──実は、彼女達以外の『ライ研』の面々は、この状況を予見していた。
呆れたように額に手をやりながら、伽退は言う。
「当たり前でしょうが……。直近にピースヘイヴンが今まで何をしてきたか忘れたんですか? ただでさえ、この世界の現状についてのアレコレでヘイトを買っているというのに」
「もっと言えば、トラちゃんの素性を知っている人間ほど鬱憤も溜まっているからね~。ほら、それっぽい人ちらほらいるし……」
言われて、流知は薫織が表示させているウインドウを確認する。
よく見てみると、盛況に思えたスレッド一覧は
『例のカス被害者の集い』
『例のカス学生牢行きってマジ?』
『【20年だぞ】虎刺看酔アンチスレ part1288763【遅すぎんだよ】』
『霊威簒奪とかいうデマに引っかかった情弱www』
『例のカスが配信してるから炎上させて泣かそうぜwww』
『【ラガルド案件?】例のカス配信実況スレ part3【絵巻物案件?】』
……などなど最悪な治安となっていた。
もちろんそれ以外の話題のスレッドも存在しているが、基本的に掲示板の世論はピースヘイヴンを叩く論調らしい。
あと、もしかしなくてもピースヘイヴンは例のカスと呼ばれているらしい。
そして叩かれているピースヘイヴンはと言うと、ボコボコにされてしょげているようだった。
なんだかふやけたせんべいみたいな感じになっている。
「……ここまでくると逆に、よく今まで学園を掌握できていましたわね……」
『遠歩院君のように「
それと、「霊威簒奪」の件が明るみに出るまでは、ここまで一方的ではなかったんだよ……。基本的に情報操作をしていたし』
『アザレア:カス』
『-Noir-:カス』
『黒闇暗邪:っていうか音声乗ってる子 女の子ばっかじゃん』
『スピナ:カスの分際でハーレム作るなカス』
『安尾謝巣:配信で他人の本名呼ぶなカス』
『Dlessy:ネットリテラシー考えろカス』
『’:カス』
『管理人★:だからSNSやるなとあれほど』
『管理人★:あ、そちらの方にはのちほど一機お送りしますね』
『ギブス君:さす管理人』
『はーちゃん:★ナイス~』
『空手家:ねぇこれガチなの?』
既に、配信は混沌の様相を呈していた。
純粋にピースヘイヴンに憤っている者、騒ぎを面白がっている者、事態を理解できていない者、人が集まっているから会話しに来た者……。
人種は様々だが、ピースヘイヴンの話を聞こうという者は全くいなかった。
仕方がなく、ピースヘイヴンは配信を終了させ、そして『ライ研』の面々へと向き直る。
そして、改めてこう言った。
『……悪いな、転生者諸君。マズいことになった』
「一〇〇%、自業自得だな」
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