第一章 揺らめくのは波か世界か
87 愚か者どもの宴 >> FIREFLY'S ORGY ①
「
聞き慣れた、しかし常のそれより少し弱々しい声。
その声色を聞いて、薫織はすうと短く息を吸った。
ゴールデンウィーク二日目。
此処は『ウラノツカサ』の沿革に位置する都市──
──超巨大メガフロート型シキガミクス『常世島』の中でも比較的中心に位置する商業区画。
生徒会長トレイシー=ピースヘイヴンの陰謀を打破した薫織と流知は、そんな商業区画の一角にある洋服屋で、『ウラノツカサ』に入学してから初めての大型連休を満喫していた。
──いや、その説明は正鵠を得ていないかもしれない。
より正確に言えば、満喫する準備中といったところだろうか。
「なんというか……落ち着かないというか……」
そんなことを言う
布面積としてはかなり広めだが、特筆すべきは身体の各部にあるシースルー生地だろうか。
ワンピース水着ではあるものの、シースルー生地を勘案すると全体的な印象としてビキニ風になっているという一風変わった代物だった。
腰元についたパレオを撫でながら、流知は恥ずかしそうに身をよじる。
「少し、露出が多くありませんこと?」
「そんなことねェだろ。そのくらい普通だ、普通」
「というか、薫織……かなりノリノリですわよね……」
前世が男であることを隠そうともしないこの転生メイドは、ともするとこうした『女性的イベント』については謎の尻込みを見せそうなものだが……とそこまで思考を巡らせ、流知は気付く。
そういえばこのメイド、流知の実家に下宿していた時は彼女の家の家事を全てやっていた。
流知の母との女子トークにも平然と付き合っていたし、男性特有の女性的なものへの忌避感など既に存在しないのだ。
件の転生メイドは何を今さらとばかりに鼻で笑い、
「ご主人様の身に着ける
言葉と同時、ずららら! と薫織は体の影から複数の水着が取り出される。
競泳水着のようなスポーティな印象のものからタンキニ、ビキニといった大人っぽいデザインのものまで様々である。
この中で言えば、確かに今流知が試着している程度のものは『普通』だろう。
しかし、そうした所感よりも先に──
「ウワッ、薫織の女中の心得、水着も用意してるんですの!?」
突如大量に現れた水着たちを見て、流知は思わず目を丸くする。
──流知や薫織をはじめとした陰陽師は、一人につき一機、専用シキガミクスと呼ばれる己だけの『霊能』を宿した機械を使役できる。
薫織の霊能は『
多くのシキガミクスが機械として術者に使役される『使役型』の方式をとる中で、術者がシキガミクスを纏う『装着型』の珍しい一機だ。
そしてその能力は『別所に保管してある物品を手元に瞬間移動させること──女中道具を発現すること』。
だが、此処で取り寄せられる物品の種類には、制限がほぼ存在しない。
なのでメイドに関係ありそうなアイテムなら何でも出せるのと同義なのであった。
そんな彼女の霊能ならば、どこからともなく水着を取り出してきても不思議ではない。
しかし、薫織はむしろ心外そうに眉を顰める。
「だと思うか? これは単純に身体の影に隠してただけ。ミスディレクション……メイドの基本技能だ」
「素で霊能みたいなことするのやめてくださる???」
それはこの異常メイドに言っても詮無いことである。
解せなさそうに眉を顰める流知をスルーして、隠蔽メイドはそもそもの部分にツッコミを入れる。
「っつか、
「それは確かに……」
至極真っ当な指摘に、流知は思わず頷いてしまった。
完全論破であった。
このメイド、前提が狂っているくせにところどころ常識的なことを言う。
なので、相対している側としてはコイツの言っていることが正しいような気がしてくるのだ。
全体的に性質が悪い。
「それに一流のメイドたるもの、限られた品揃えからご主人様に似合うファッションと潜在的な願望の方向性を擦り合わせた衣装の提示をするのも仕事の一つだ」
「え? え? これわたくしの願望も反映されてるんですの?」
「ご主人様は気付いてねェようだが、スマホで洋服通販サイト見てる時はお目当てのエレガント系より
「ご主人様の視線を読むんじゃありませんわよ!!!!」
気付きたくなかったー!! と頭を抱える人生二周目の思春期ご主人様だったが、完璧なるメイドが悪びれることは一切なかった。
その代わり、頭を抱えて唸るご主人様(水着のすがた)の背中にポンと手を置いて慰めるように、
「許せご主人様。これもメイドとして、完璧な仕事をする為なんだ。っていうか二か月も一緒に行動してれば普通に服の趣味くらい分かるだろ」
「わたくしは分かりませんわよ……」
相手は四六時中メイド服を着ているのだから当然である。
あるいは、メイド衣装が好きという特大の正解の横を素通りしている可能性もあるが。
「というか薫織、こんな時でもメイドの仕事に真面目なんですのねぇ……」
「そりゃそうだ。これが
感心するような呆れるような雰囲気の流知に、薫織は少し陰のある笑みを浮かべる。
それは即ち、現況が『こんな時』と呼べてしまう程度にはよろしくない状況であることを意味していた。
「メイドの仕事なら、どんなことだって本気は出す。……たとえ、どんなイベントが発端であろうとな」
──事のあらましを最初から説明するには、時の針を一日前へと戻す必要がある。
◆ ◆ ◆
『悪いな転生者諸君。──マズイことになった』
『ライ研』の定員割れ問題が解消され、新生メンバーで最初のミーティングを始めて早々、であった。
新生『ライ研』の部室ににいるのは、全部で五人。
いずれも、歳若い少女の姿をしていた。
部員No.1こと部長。金髪碧眼の令嬢風の少女、
部員No.2こと副部長。コスプレメイド姿の少女、
部員No.3こと書記。緑髪の秘書のような雰囲気の少女、
部員No.4こと庶務。青髪をポニーテールにした小柄な少女、
元部長にして現顧問。白衣の下は丸きり痴女、
そして開口一番に冒頭の台詞を切り出したのは、タブレット機器の画面に映されている少女。
部員No.5こと元ラスボス・トレイシー=ピースヘイヴンであった。
ピースヘイヴンは、かつての事件の責任をとって学生牢と呼ばれる監獄に収容されていた。
嵐殿が持つタブレット機器の中でギイと椅子の背もたれに体重を預け、ピースヘイヴンはその場の面々の反応を見ていた。
『は?』と首を傾げる面々を置いて、ピースヘイヴンは表情だけは殊勝そうに物憂げにしてみせる。
ラスボスは廃業しても元凶は廃業していないらしい諸悪の根源はそんなアンニュイな表情のまま、
『没ネタというのがあってな』
と、新たな
『今回の案件は、劇場版第一作の時のものだったかな。初めての劇場版だっていうんで、張り切ってシナリオ案を幾つか作った。
そのうち採用されたのが「
「……あの、没ネタって……それは所詮、没なのでは?」
懐かしむように言うピースヘイヴンに対して、流知は遠慮がちに手を挙げながら進言する。
創作物の世界というのがどういう風に成り立っているかは流知どころかこの世の誰にも『セオリー』が分からない問題だ。
だが何となく、大前提として『物語として形になっているもの』が基になっているのでは? と流知は思う。
であるならば、没ネタという──いわば『形にならなかった物語』については、気にしなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
しかし、ピースヘイヴンはそんな流知の希望的観測に対して首を振って応えた。
『それがそうとも限らない。私は没ネタでもちゃんと設定を用意しているからな。本編で事件にならなかったのは、そうした設定が表面化するフラグがたまたま立たなかったからに過ぎない。
いや、こうしておくとふとした時にかつて用意していた没ネタを回収できて気持ちよくてね……』
「その結果世界が地雷原になってんじゃねぇか!」
どご! と、その話を黙って聞いていた伽退のグーがタブレットに飛んだ。液晶の中のピースヘイヴンに亀裂が走る。
メンヘラのスマホみたいにバキバキになった画面の中でしょげているピースヘイヴンに対して、薫織は話題を戻すように咳払いをしながら、
「……で、それのどこがマズイんだ。テメェの話じゃ、没ネタはあくまで『そのままなら表面化しない問題』ってことらしいがよ」
『ああ。諸々が一段落ついたので、状況確認も兼ねてこのウラノツカサがある常世島近海を走査したんだがな……。その結果、常世島近海にある無人島にあった大妖怪の封印が緩んでいる事実が発覚したんだ』
「大妖怪!? 封印!?」
突如語られる衝撃の真実に、今度は冷的が目を丸くする。
無理もない。
『正史』でも様々な危険が描写されているが、流石に主人公たちの生活拠点のすぐ近くに大妖怪がなんの処理もされずにただ封印されているようなイレギュラーはないからだ。
同じように目を剥いてそうな流知の反応が薄いのは、身近に上位互換である『神様』がいるせいか。
だとしても脅威度は一切変わらないというのに、変なところで肝の据わった少女である。
『原因はまだ不明だがな。時間経過で緩むほどやわな封印ではなかったはずだし、おそらく人為的なものだ。……まぁそれはいいんだよ。問題は、このままでは大妖怪が暴走して、劇場版沙汰になるような大規模災害の危険が生じるというところだな』
「……ちなみに、仮に封印が解けたら何が起こるんだ?」
『体長五〇メートルクラスの怪獣が海を渡って常世島を蹂躙することになる』
「作品のジャンルが変わっちゃうじゃねェか」
一応『正史』でも巨大な妖怪自体は登場したことはある。
しかも噛ませ犬だった。
しかしそれは『神様』をはじめとした実力者が十分に舞台の上に出揃った後の話だ。
現時点のウラノツカサではそうしたインフレ前提の敵を相手に犠牲なしで切り抜けるのは難しいはずである。
『よって、封印を修復したい。幸いにも私はシキガミクス技術者としても天才だ。実物を確認すれば修復の方法を提示することは可能だろう』
「ドヤ顏がムカつきますが、それについては否定できませんね……」
忌々し気に言う伽退だが、以前ピースヘイヴンを裏切った彼女でも認めているらしい。
液晶にヒビを入れた代償に少し赤くなった拳を冷的に看てもらいながら、
「では、我々の次の活動はその封印への対処になるのですか?」
『そうなる。だが、全てを「ライ研」に託す必要もないだろう。人手は必要だ』
その言葉と同時に、モニタの中でピースヘイヴンのすぐそばの虚空に謎のウインドウが浮かび上がる。
彼女の霊能を知る流知は思わず息を呑み、
「な……
『流知君、あまり私の霊能を大声で言わないでくれたまえ……。そしてこれは、私の霊能ではないよ』
言われて、流知は気付く。
薫織、伽退、嵐殿、さらには冷的までも、虚空にウインドウを発現させていることに。
「……え? 何ですの? 急に設定増えました? わたくしが知らない裏設定?」
「馬ァ鹿。シキガミクスに決まってんだろ」
薫織は呆れたように言って、
「考えてもみろ。この世界に生まれ落ちた転生者が、まず最初にぶつかる壁ってのをよ」
「………………えーと、
「間違いじゃねェな。だがもっと根本的で、恒常的な問題だよ」
薫織はウインドウを指でくるりと回して、
「疎外感だ」
あまりにも似合わない単語を、口にした。
「周りとは違う人生を生まれた時から背負っている。今世の親とは違う親の顔を思い浮かべられてしまう。……よほど変わった今世か前世でねェ限り、殆どの転生者はそこに直面する」
「…………、」
「そしてこう思う訳だ。『同じ境遇の人はいないか』、ってな」
流知は、思わず息を呑んだ。
確かに、言われてみればその通りだ。
流知だって同じことを考えなかったと言えば嘘になる。
今はもちろん違うが、幼少期は転生者でない者に対して疎外感を覚えたこともあった。
そうした疎外感を抱えた転生者がシキガミクス技術を身に着ければ……あるいは、そうした疎外感を持つ転生者を救いたいと願った転生者がシキガミクス技術を身に着ければ。
作り出すはずではないか。
『転生者の孤独を癒せるシキガミクス』を。
『シキガミクスの名は、「
機体自体の分類としては使役型だが、霊能を加味すると厳密には結合型・使役装備両立式になる。
総数一億にものぼるホタル型のシキガミクスで──対象者の同意を得ることで霊能を収集して自立稼働し、独自の霊能ネットワークを構築することができる。
この造りが見事でね、UIにも拘った結果、インターネット掲示板に酷似したデザインになっている』
「…………???」
『つまるところ』
ピースヘイヴンの言わんとするところが分からずに首を傾げる流知に、ピースヘイヴンは薄く笑ってこうまとめた。
『「転生者交流掲示板」を作る霊能、ということだよ』
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