第二部 あの夜空に手を伸ばして

プロローグ かつて見た輝き

86 かつて見た輝き >> THE MOVIE!!

──今回の劇場版ですが、関係者の話で原案の依頼をしたら数日のうちに三個の原案が届いたというエピソードを小耳にはさみましたが……。



虎刺ありどおし看酔みよう(以下、「虎刺」):

 大したことはしていない。作中スケジュールの関係で本編には入れ込めなかったイベントのストックが幾つかあるんだ。

 そうしたものは登場するキャラや怪異、話の流れは大まかに決まっているから、時系列に合わせて状況を調整すれば流用可能なんだよ。



──とんでもないことを言っている気がしますが……。とはいえ普段の小説と映画のエピソードでは勝手も違ったのではないですか?



虎刺:

 色々と考慮することは多かったな。たとえば、エピソードの規模。映画の銀幕映えするようにド派手で規模の大きな絵面が求められた。まぁこれについては、普段の私の作風的には『いつものこと』だったと思うがね。

 あとはそうだな……。アニメ映画ということで、作中の情報やインフレ状況はあくまでアニメの進行状況遵守というのはポイントだったかな。それでいて、原則はオールキャラ。先程調整の話をしたが、その関係で登場キャラをがらりと変えたエピソードもある。



──エピソード自体はあるものの、関わるキャラは流動的なんですね。



虎刺:

 そのあたりは私のストーリーテリングの癖も関わってくるが……概ね正しいな。

 事件の種……前提条件自体は既に存在しているものだから大きく変わらないが、関わってくるキャラクター達はその時々によって当然変わるだろう。

 そして仮にそうやって事件に携わるキャラクターが大幅に変わったとしても、。だから途中経過がガラリと変わることはあっても、結論はそう変わらない。



──確かに、『シキガミクス・レヴォリューション』の世界なら、最後には何とかしてくれる信頼感がありますね。



虎刺:

 まぁこれはマンネリにも繋がって来そうなので、作者としては『安心しているといずれ爆弾を落とすかもしれないぞ』と注意喚起しておこうかな。



──(一同苦笑)。



虎刺:

 今回の映画も、劇場に足を運んできてくれた人が手に汗握りながら楽しめるようなものを用意できたはずだ。このあたりは縁尾へりお監督や脚本の楠野くすの先生が私の原案をさらにいいものにしてくれているので、期待していてほしい。



──それは楽しみです。ちなみに、今回の劇場版のノベライズも企画されているとのことですが……。



虎刺:

 ああ、それならもう原稿は上がってるよ。オオカミ先生の挿絵も……確か、ラフが終わったとか言ってたかな。いつも通りついてくるから、原作読者は事実上の番外編だと思ってくれていい。



──もう!? というかオオカミ先生の挿絵もですか!? ということは相当前から……?



虎刺:

 いや? 書き上がったのは最近の話だよ。

 私の原稿はオオカミ先生には逐次見せてるからな。それを見て挿絵ラフを進めていたんだろう。よくある話だよ。



──???



虎刺:

 他人が書いたプロットを元に書くのは初めての経験だったが、かなり楽しかったよ。人の描いた絵図に乗っかるというのも悪くないな。

 映画も映像でキャラクターの心情を描いている部分が必見だが、ノベライズ版は映画よりもしっかりと言葉で心情を説明しているから印象が変わるシーンもあると思う。そういう意味で、こちらも是非手に取ってもらいたいね。



──あ、ありがとうございます。ところで、複数あった映画の原案についてですが……他のものはどうされたんですか?



虎刺:

 どうって、使わなければ塩漬けだよ。私の中ではあの世界に存在するものだが、誰かがつつかなければ世界の隅で埋もれたままだろうな。まぁ、完結までに使われなければ、没案集としてどこかで出すのもありかもしれないな。同人誌か何かでも出すかな?



──多分、設定資料集として公式に出させてくれって言われると思いますが……。



虎刺:

 あはは。私がSNSをやっていたら適当に流してやるんだがな。



──看酔先生。絶対に駄目ですからね。(注※担当編集)



虎刺:

 はい。




 『ケイヴマガジン』七月号

 『「劇場版シキガミクス・レヴォリューション 星に瞬く泡沫マーメイド・インターステラ 」公開記念!原作者特別インタビュー』より引用




 ──結局、虎刺が存命のうちに物語が完結を迎えることはなかった。

 しかし本編に登場しなかったエピソード案については、虎刺の死後、関係者の手によって同人誌として頒布され、SNSでも無料で公開されたという。




   ◆ ◆ ◆




「ねぇー! メイド長! これ! これ見てよ!」



 子どもの声が、初夏の空に響き渡る。


 年の頃は、大体四~五歳くらいだろうか。

 小学校にも通っていなさそうな幼い子供は、一冊の雑誌を持ちながら何かを訴えるようにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


 そして、その訴えが向けられていたのは──



 一人の、筋骨隆々の男だった。


 それだけでも異様な体躯だったが、彼のことを最も異様たらしめているのは、そのの方だろう。


 ロングスカートを見に纏ったクラシカルメイド姿に身を包んだ男は、まるでそうであることが自然だと周りに認めさせるような堂々とした佇まいでいた。



 ──メイド長。


 そう呼ばれた男は、幼子の声を聞いて洗濯物を干す手を止め、億劫そうに視線を下ろす。



「……あァ? その本がどうした?」


「ゆずきに貸してもらったの。あのね、シキレボの映画がやるんだって! 見てこれ! 神織こうおるさんがサーフィンしてる! イケメン!」



 そんなことを言う幼い少女の後方に視線をやると、物陰に隠れて照れ臭そうにしている幼い少年の姿があった。


 その関係だけで粗方の状況を把握した男は、ハァと溜息を吐くと屈み、さらに大きく背中を丸めて少女に視線を合わせた。



「分かった分かった。ゆずき、お前もこっち来い」



 ──男は、児童養護施設を運営していた。



 被災者支援NPOの代表として長く活動していた男は、やがていつの頃からかそうして巡り合った子ども達を守る砦を作ることを目指す様になった。

 ──そして今、彼の運営する児童養護施設では多くの子ども達が生活している。


 この少年と少女も、そうした子ども達の一人であった。



「あーっと、何だったか? これ。シキガミクス・エボリューションだっけ?」


「レヴォリューション! 違うでしょ!」


「ごめんごめん。もう間違えねェよ」



 そして最近、子ども達の間でとある作品が流行っていた。


 『シキガミクス・レヴォリューション』。


 原作は洞窟文庫から刊行されているライトノベルであり、対象年齢層としては少年~青年向けなのだが、小説、コミカライズ、アニメ共に大きな人気を博している。

 最近は幼児向けの展開もされているという一大コンテンツである。


 そして年長組を経由してアニメの存在が広められ、最近はこの施設でも『シキガミクス・レヴォリューション』はブームとなっていた。



 見たところ、年長組が持っている雑誌を借りた少年──柚希が『シキガミクス・レヴォリューションの劇場版映画が公開予定』という情報を確認したのだろう。

 それを少女──夕見子に伝えたという流れらしい。


 おそらく、その情報を得た夕見子がいてもたってもいられず、映画を見に行く約束を取り付けにきた、といったところか。



「で? その映画がどうしたって?」


「うん……。これ、八月にやるらしいんだけど、あのね、見てみたく……て……」



 勢いよく声をかけてきたわりに本題に入った途端伏し目がちになってしまうのは、どこかで遠慮があるからだ。


 もちろん男も、子ども達が遠慮を覚えるような教育はしていない。

 少なくとも娯楽で不自由させたことはないし、そういう意味では同年代よりも奔放に育っているのは間違いない。


 ただし──それでも、子どもというのはままならないものだ。

 本当の親ではないとか、同年代の子ども達とは違うとか、そういう部分で彼らの心は少しずつすり減っていく。

 こればかりは、メイドであるこの男でも如何ともしがたい『現実』であった。



 ──ただし。



 その物語は、そうした遠慮を超えるだけの熱量を子ども達に与えていたらしい。



「…………いいじゃねェか、映画」




 噛み締めるような男の言葉を聞いて、二人はぱあっと顔を明るくさせる。

 男はニィと野性的に笑い、



「ただし、抜け駆けは駄目だな。行きてェヤツは全員でだ」


「ぬけがけ?」


「楽しいことを、自分テメェ一人で先に味わって独り占めしちまうことだな」


「うん! 分かった!」


「じゃ、他の皆にもこの話伝えられるか? 柚希、お前も手伝ってくれるな?」


「はーい!」


「……う、うん」



 それぞれ返事をしてから、二人の子どもは他の子どもの輪の中へと入って今日一番のホットニュースを広めていく。

 やがて、子ども達の中で爆発的な歓声が上がっていった。



「……あーあー、すごい騒ぎだねぇ。良かったん?」



 と、そんな様子を優しい眼差しで眺めていた男の後ろに、一人の女性が立つ。


 彼女もまた、男と同じようにNPO法人を経由して児童養護施設で勤務するようになった職員だ。

 男とは十年来の付き合いの友人にして同志の一人でもあった。


 エプロンをして頭にヘッドドレスをつけた女性は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、



「劇場の手配とか。あんだけの数の子ども達が入ったら、他のお客さんの迷惑になっちゃうでしょ。それ自体はいいとしても……あの子たちが嫌な思いをしちゃうかもだし」



 『シキガミクス・レヴォリューション』は幼児向け・ファミリー向けの作品ではない。


 全世代に人気なので子どものファンが珍しくないというのは事実だが、劇場に足を運べば当然大人も

 そして悲しいことに、そうした環境に大勢の子どもが集まれば余計な軋轢が産まれてしまう。

 利用客に我慢を強いるか、さもなくば子ども達が悲しい思いをするか。

 いずれにしても、子ども達を導く立場の者からしてみれば前以て摘んでおくべき悲劇の芽ではある。


 ──のだが、そこについては、大人が呑み込めばいい苦労である。

 子ども達がこうして楽しそうな笑みを浮かべることができる機会を奪っていい理由になど、なる訳もない。


 そしてこの男が、そうした懸念に対して先回りしていないはずもなかった。



「心配要らねェよ。劇場関連についちゃあツテがあるから協力は得られる。……それに、ここんところは家庭用上映機器の技術革新や個人配給サービス業の発展で映画館も景気が悪りィって聞くしな。

 そのへんを絡めてキッズシアターみてェな新事業の構築を手伝ってやれば、向こうもWIN-WINだろ」


「横紙破りぃ……」


「ビジネスコンサルタントってヤツだよ。副業って言い換えても良いが」



 男は適当に笑い、



「……アイツらはまだ、心の傷が癒え切ってねェ。見て分かる通り、活発な夕見子ですら、どこか遠慮が残っちまってる。

 俺達はアイツらがなりたい自分になるまでの手伝いをしているが……その為にはまず、アイツらの心が一人で立てるくらいに回復しねェといけねェんだ」


「………………」


「その為なら、横紙破りの一つや二つは何てことねェよ。……俺には、こうやってアイツらの楽しみを増やしてやることくらいしかできねェからな」



 どこか寂しそうな表情を浮かべる男の肩に、女の手がそっと添えられる。



「……そんなことないよ。メイド長は、ちゃんとやれてるよ」


「あァ…………。だと良いんだがな」



 男はそう言うと、表情を切り替えて過熱し始めた子ども達の輪へと飛び込んでいく。


 ──いずれ異なる世界で園縁そのべり薫織かおりとなる男の眼差しは、優しく子ども達の将来を見据えていた。

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