85 そしてまた、新たなる序章 >> NEXT CHAPTER ⑥

 そうして、帰路について──



「うわっ」


「おっと」



 その直前の曲がり角。


 薫織は、出会い頭に一人の少年と衝突しかけた。

 素早くバックステップで回避した薫織によってぶつかることはなかったが、少年の方はそうはいかなかったらしい。

 受け身を取ろうとして逆に態勢を崩してしまい、よろめいてしまう。


 その少年が明確に転倒するその直前、素早く切り返した薫織が少年の肩を支えて転倒を防ぐ。

 ──この間、〇・一秒であった。



「悪かったな。不注意だった」


「いや、こちらこそ」



 とはいえ、それだけの遭遇である。


 薫織は少年に頭を下げ、気合を入れ続けている流知の肩を押して立ち去っていく。



 その後ろ姿を眺める少年──。




 ──姿



『どうした、悟志さとし。何か気になることでもあったか? ……いや、あのコスプレメイド衣装は嫌でも目を惹くが。っていうか何だあのイロモノの取り合わせ……』


「………………いや」



 白髪の女にそう呼びかけられた少年は、暫し薫織達の後ろ姿に視線をやっていたが、やがて前を向き直ってそんな軽い否定の言葉を入れた。


 少年は再び歩き始め、



「なんでもなかった。何事もない……」



 少年は、少年の道を歩き出す。


 その道が薫織と交わる未来があるのか。

 それはまだ、誰にも分からない。


 ただし、彼の道がこれから先世界を揺るがすような大きな流れへと繋がっていくことだけは、間違いない。



 少年の名は、神織こうおる悟志さとし


 かつて、『シキガミクス・レヴォリューション』と呼ばれた物語──



「何事もない、ただのすれ違いだった」



 ──その、主人公となった少年だった。




   ◆ ◆ ◆




「……そーいえばさ」



 ──その後、『ライ研』部室。



 ヴィクトリア朝を思わせる瀟洒な印象の木机とパイプ足の学校机が入り乱れた謎の空間において、冷的はぼんやりと頬杖を突いていた。

 彼女が座っているのはティータイムに使うような木机の方だった。

 机の上にはレース地のテーブルクロスがかけられており、高級そうなお茶菓子や綺麗なカップに注がれた紅茶が並んでいる。


 それらの景色を見てから、冷的は慎重に疑念を指摘する。



「…………前に来た時よりも進化してないか? が」



 以前冷的がこの部室を訪れた時は、パイプ足の学校机にティータイムっぽい外装を施してそれっぽく見せていた。

 しかし、流石に家具レベルで本場のものが揃ったりはしていなかったはずだ。

 疑問を呈した冷的に対し、その場のホストであるところの流知はのほほんとしながら、



「あぁ、薫織が取り寄せたんですって。何でも文化祭用資材搬入のゴタゴタに紛れさせたとかで」


「そーゆーの密輸入とかってゆーんじゃないか!?」



 あまりにもワイルドすぎる運搬方法であった。

 そしてあの忙しすぎるバタバタの合間に搬入作業までこなしていたあたり、あのメイドは本格的に化け物であった。



「人聞きが悪りィな。ちゃんと書類申請は済ませてあるよ」



 追加のお茶菓子を流知に差し出しながら、薫織は心外そうに答えた。

 流石に校則をぶっちぎる不法メイドはこの場にはいなかったらしい。

 冷的はほっと胸を撫で下ろした。



「……ぶっ飛んでいるのは変わっていないのでは?」



 そこで、PCに向かって何事かの作業をしている伽退が口を挟む。

 学習机の上に置いてあるシキガミクス製のPC。

 この異様な空間において領域浸食型メイドの影響を受けていない場所に陣取っている──かと思いきや、その机の上には金の装飾がされた白磁のカップが置かれていた。

 駄目だ。

 この部室に逃げ場などなかった。



「で、作業の方はどうだ?」



 一切のツッコミを無視して、薫織は伽退の少し後ろに立って作業画面を眺める。

 ──現在彼女は、部員増加に伴う『ライ研』の活動内容の整理と今後の方針についての資料作成を行っているのであった。


 ちなみに、我らが部長は目下のところ学園祭で使用されるイラスト群のデザイン中である。

 本来はそれらのデザインは嵐殿の仕事だったのだが、顧問になったことでそれらの作業が全て流知に降り注ぐことになったのだった。

 あの痴女も大概無責任である。



「……特に問題はありませんよ。この程度なら作業量としても大したことはありませんので。それより……部長の方を慮るべきでは? 凄まじい作業量ですが」


「うー、キツイですわー。前世デザイナー時代の作業量を思い出しますわー」


「……口調が剥がれてねェ。まだイケる」


「そういうバロメータになっているんですか……」



 すっかり社畜スイッチをONにしている流知だったが、メイドが助け船を出すことはないようだった。

 もっとも、お茶汲みLv.100みたいなこのメイドにデザイン系の業務がこなせるはずもないが……。



「うう。師匠、呪いますわよ……」


「…………そう言えば」



 呻くように言った流知を見て、はたと思い出したように伽退は言う。



「何故、彼女は嵐殿柚香……もとい、殿のことを師匠と呼ぶのでしょう?」



 確かに、奇妙な話ではあった。


 一見すれば同じ絵を描く者同士の共鳴──という風にも見えるが、そもそも元の業種が違うのだ。

 流知はデザイナー、嵐殿はイラストレーター。

 流知は会社勤めであるのに対し、嵐殿は個人事業主として生計を立てている。

 流知は必ずしもイラストを描くわけではなく、たとえば商品のパッケージのようなものを制作するなど、大きな意味での『画像』を取り扱っている。

 反面、嵐殿は人物だけでなくクリーチャーやメカニック、果ては街並みに至るまで幅広い『デザイン』をすることもあり、やはり業種範囲は異なる。


 こうした違いを考えれば、二人が『師弟』となるのは確かに奇妙と言えるかもしれない。


 突っ伏していた流知はそこで顔を起こして、



「ああ。それは純粋に、わたくしが師匠にイラストを師事しているからですわ」



 と、気軽に言った。



「というか、『ライ研』に最初に勧誘された時の条件だったんですのよ。入部する代わりに、私にイラストのことを教えてくださいと。だから師匠は師匠なのですわ」


「『ライ研』っていう形式自体、お嬢様を納得させるための方便だ。別に嵐殿にとっちゃあ部活にする必要もなかったわけだしな。流知を味方に引き入れる為に、今の形になったってわけだ」


「ああ、なるほど……」



 正確に言えば、というところだろうが、伽退は黙っていた。

 もっとも、過日の戦いではこの流知こそ重要な役割を果たしたとも伽退は聞いているし、実際に彼女が倒された時も流知の役割はかなりあったのだが。



(……あ? 無法メイドのオマケみたいな駒に見せかけておいて、実はこいつもこいつでかなり稀有な戦力だな?)



 今更ながら気付きかける伽退である。



「だからもともと、この部活は師匠が社長のデザイン事務所みたいなものですわ。今やっているお仕事にしたって、師匠のOKをもらったデザインを着手しているような形ですし。

 まぁ、だんだんと師匠のチェックは緩くしていって、ゆくゆくはわたくしの判断でデザインをしていく様になっていくと思いますけれど」


「意外とちゃんとした『お仕事』なんですね……」


「なんか社会人経験を感じるぞ……」



 前世も今世もそうしたクリエイティブな業務とは縁のなかった伽退と冷的にとっては、新鮮なお仕事話である。



「やっはっほーい☆ みんなー、元気に部活してるぅー?」



 と。


 噂をすれば影が差す。

 元気に部室の扉を開けて、ニコニコ笑顔の女校医が顔を出してきた。


 白衣を羽織ったその姿はぱっとシルエットだけ見れば医者然としているが──しかし、その下がやはりド痴女だった。

 ワイシャツは第一どころか第四ボタンまでかっ開き、その下の黒ビキニがなければ完全に社会人として終わっている。

 タイトスカートはガッツリとスリットが入りまくっており下着がV字のアレでなければ横の部分がしっかりと見えてしまっていただろう。

 黒タイツとハイヒールは普通だが、此処まで来たら最早それすらもエロティックな印象を掻き立てる要因にしかなっていない。


 パーツパーツは『典型的なえっちな校医さん』のそれなのだろうが、あまりにもえっちの絶対値が振り切れ過ぎている。


 あまりに露骨すぎるせいで、一種の兵器のような威圧感さえ放っていた。



「……前見た時よりも進化してないか? 趣味が」


「いよいよ露骨すぎて胸やけしてきたんだが……」



 呆れる冷的に、思わず素が出かける伽退。

 リアクションは散々だったが、筋金入りの痴女はこの程度で痴女ムーブを改めるほど脆くはない。



「うんうん、ちゃんと作業を進めているようで、先生何よりよう☆ そこで、本題なんだけれどねぇ」



 そう言いながら、嵐殿はモニタ型の汎用シキガミクスをさっと胸の前に広げる。

 ノートパソコンくらいのサイズはあるその画面に映し出されたのは──



『やぁ。部員No.5のトレイシー=ピースヘイヴンだよ』



 ……今は学生牢に幽閉されている重罪人であった。

 あのあと、結局ゴリ押しによって部員としてカウントされることになった元黒幕の生徒会長は、こうして部活の時にはテレビ参加をしているのであった。

 ……そのうち崩れ去る定説リヴィジョンでも持ち出して現地参加をし始めかねないと流知は本気で懸念しているが、果たして。



『さて、今日は部活動の前に私から共有事項があるんだ』



 そして。


 画面の中の原作者は、そう言って話を始める。



「…………なんだか、果てしなく嫌な予感がしてきたんですけれども!」


「諦めな、お嬢様。……どうやら、『ご奉仕』の時間って訳らしいぜ」



 あるいは、次なる厄介事ものがたりの序章についてを。




『悪いな転生者諸君。──マズイことになった』




   ◆ ◆ ◆




  唯神夜行 

   >> シキガミクス・レヴォリューション


  第一部 完


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