84 そしてまた、新たなる序章 >> NEXT CHAPTER ⑤
そんなわけで、結局アテは完璧に外れてしまい。
薫織と流知は、薫織の部屋のある学生寮マンションに向かっていた。
ちなみに途中で元副会長の打鳥保親も見かけたのだが、流知の『流石に、女所帯に一人少年を巻き込むというのも……』という遠慮により断念と相成った。
それを言ったら自分も嵐殿も前世は男だが……と思う薫織だったが、この一五年ですっかり女の所作が板についた薫織がそれを言っても話がややこしくなるだけである。
本音はそっと心に仕舞って、ご主人様の意向を遵守するのだった。
なお、学生寮マンションへと歩を進める流知は完全に知人のツテ路線を諦めてこの一週間の新入部員にかけて入部募集ポスターを作る気で色々試案している。
一方、薫織の方は特に何も考えていなさそうな調子で気楽そうなものであった。
慢心しているようにさえ見える薫織に対して、流知はさすがに不満を隠しきれずに、
「薫織、なんでそんな気楽そうなの? この時期じゃ新入部員は大体部活動決めてるし、薫織はかなり浮いてるから部員になってくれる人なんていないかもしれないのに!」
「浮いてるのはお前も大概だからな」
『えっそうなの……?』とカウンターで顔を蒼褪めさせる流知に、薫織は溜息を吐きながら、
「それに、こういうのは肩肘張ってたって余計に疲れるだけだぞ」
「だって~……」
半泣きでぶーたれる流知が二の句を継ごうとしたタイミングで、薫織が不意に足を止める。
遅れて足を止めた流知が怪訝そうに薫織の方へ視線を向けようと──
「話はこの人から聞いたぞ。水臭いじゃないか!」
背後から、聞き慣れた声。
振り返るとそこにいたのは、先ほど別れたはずの冷的。
──と、かなり不本意そうにしている伽退だった。
「部員、探してるんだって? そーゆーことならわたしも協力するぞ。『ウラノツカサ』は兼部オッケーだし。ね、お姉さん!」
「い、いや、私は……」
人懐っこく笑う冷的にたじたじとなっていた伽退は、そこで鋭い眼光で薫織を睨みつけると、高速で距離を詰めてきた。
声を殺した伽退は、忌々しさを隠そうともせずに言う。
「(言っておくが、これは私にとっても計算外だからな……! ただ通りすがりにテメェらの交友関係上で一番部員に該当しそうな人物を見かけたから、人脈を伸ばすつもりで話題に出したら話の流れで一緒に来ちまっただけだ……!! 別に私に入部の意思は……)」
「どーしたんだぞ?」
「あ、いや……なんでもありませんよ」
首を傾げる冷的は、猫かぶり状態で押しの強さに弱い伽退が振り払うのは少し厳しいようだった。
あと流知の時と違って全体的に押しに弱いところを見ると、意外と小さい系の子全般が弱点なのかもしれない。
哀れだ。
薫織は『いい機会だし、まァ適当に押してコイツも部員にしとくか』と勝手に心の中で決める。
「あら~、なんだかんだで部員、あっさり集まってるじゃな~い」
と。
話がまとまりかけたところで、スーツ姿の嵐殿が合流してきた。
「嵐殿柚香……? なんですあの恰好」
「あァ、アイツは今日付けで学生牢の校医になったんだと」
「はぁ……?」
首を傾げる伽退だが、このへんの話は細かく説明してもだいぶ意味不明である。薫織は早々に説明を諦めて疑問は流すことにした。
嵐殿の方は楽しそうに身体をくねらせながら、
「せっかく教員になったんだし、顧問の先生も必要かな~って思ってね。関連書類を集めて来たのよ~」
と、手に持ったファイルで扇のように自分をあおいでいた。
なんだかんだで嵐殿のことを師と仰いでいた流知も、嵐殿が部活動に合流できそうなことに明確に表情を明るくする。
そんな流知にウインクをしたりしながら、嵐殿はさらに続けて、
「ついでに、入部届も預かってきたわよ~」
「……宛名は?」
「トレイシー=ピースヘイヴン」
「とっとと燃やしな」
◆ ◆ ◆
──そんなこんなで、ライ研は廃部の危機をその日のうちに乗り越えることに成功したのだった。
正味、廃部の危機なんて本当にあったのかと言いたくなるレベルのあっさり具合だったが──それはさておき。
「しっかし、こんなにあっさり解決するんだったら
その後。
書類仕事を買って出てくれた嵐殿や入部希望の面々と別れて歩く学生寮マンションまでの道すがら、薫織は拍子抜けしたように言っていた。
流知はそういえばと思い返しながら、
「薫織、なんだか今日ずっと余裕そうでしたわね。もしかして何かしてくれてたんですの?」
「おう。どうにもならなかったら久遠に入部してもらうつもりだった」
「あ~…………」
言われて、流知はすべてに得心がいった。
園縁久遠。
帰宅部。
確かに薫織の妹ならば、入部くらいは頼めばあっさりOKしてくれることだろう。
心当たりの人員にあたってみつつ、どうにもならなかった時の為に安牌も用意しておく。
やはりどこまでも用意周到なメイドであった。
メイドというのは用意周到なものだから、当然といえば当然なのだが。
「まァ、お嬢様の人徳のお陰で無事に部員は揃ったし。これで新生ライ研も無事発足できるってもんだ」
「……そうですわね! いやー本当に、一時はどうなることかと思いましたけど……かつては敵同士だった人達がこうして部員として名乗りを上げてくれるなんて、本当に嬉しいことですわ!
文化祭に向けて、心のエンジンがかかるってものですわよ!」
「頼むぜ部長。おそらく残った部員で絵心があるのはお嬢様だけだからな」
「へ? 部長?」
何気なく言った薫織の言葉に、流知は首を傾げる。
薫織は頷いて、
「当たり前だろ? 部活の存続を一番に願ったのもお嬢様だし、一番やる気があるのもお嬢様だ。お嬢様以外に誰が部長をやるっていうんだよ」
「おぉ……、何かのリーダーをやるのなんて、今世の小学六年生でやった給食の班長以来かも……」
「それはリーダー経験に数えられるのか?」
真顔でツッコミを入れる薫織だったが、流知の方はもう薫織のツッコミなど耳に入っていないようだった。
それはそれで、やる気があるなら望ましい。
薫織は苦笑しながら、流知の背中を軽く叩いて横を追い抜いていく。
「その調子で頼むよ。期待してるぜ、ご主人様」
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