83 そしてまた、新たなる序章 >> NEXT CHAPTER ④

「貴女、正気ですか? 私は戦略上必要だったとはいえ一度は彼女のことを害そうとした人間ですが……。というか、彼女だって驚いているではありませんか」


「あ、いや……。あまりにも予想外だったから声を上げちゃいましたけど、よく考えたら特に問題はありませんわね」


「大アリだろうがボケ!」



 あまりに能天気な台詞に、思わず地が出て声を荒げる伽退。


 ヤンキーというよりヤクザな顏が出て来たことで、流知は小動物みたいに縮こまってしまう。



「……やるわけねェだろ。ただでさえ、私は今後の身の振り方を考えるので忙しいんだ。お友達ごっこに精を出す余裕なんかねェよ」



 吐き捨てるような伽退の拒絶に、流知はさらに落ち込みも加えて水浸しの小動物みたいに哀れな顔になっていく。

 伽退はさらに溜息を吐いて、



「……っていうか、テメェらも分かってんのか? ピースヘイヴンがどういうつもりであれ、アイツは確かに表舞台から退く決断をした。どう取り繕っても、これから『外』の介入が増えていくことは避けられねェ。

 ただでさえこれからは『原作』の時期に入って、世界は混沌としていくってのにだ」



 それは、実際に『外』の組織に身を置いていたことのある彼女だからこその危惧だろう。

 彼女はそのまま二人のことをじっと見据えて、



「そんな時期に呑気に部員探しなんかしてる場合か?」


「逆に聞くが」



 その視線に対して、薫織は少しも視線を逸らさなかった。



?」


「…………、」



 その答えは、少し前までならばYESだっただろう。だが、事情は既に変わっている。


 ちっぽけな復讐の意思は、簡単にへし折られ。


 そしてその憎しみを向けた先は、今や報いを受けている。


 ──そしてそれらを成し遂げたのは、目の前の二人なのだ。

 伽退がクーデターや大規模洗脳なんていう暴挙に出ても成し遂げられなかったことを、この二人はあっさりと成し遂げている。

 まるで、物語の主人公みたいに。



「……私と同じ癖に」



 小さく呟いて、伽退は頭を振った。


 『あの物語』に登場していなくたって、何かを成し遂げることはできる。

 そんなことは──多分、伽退自身だって最初は屈託なく信じられていたはずなのだ。

 いつしか、そういうものを信じるには重荷が積み重なりすぎてしまったが。


 だが、最初から分かっていたはずなのだ。


 だって彼女がこの世界に生まれて来た最大の理由は──あの物語が、好きだったことにあるから。



「……思わねェよ。私が大好きだったあの物語せかいを生きた人達は、そんなに弱くはないから」




   ◆ ◆ ◆




 ともあれ、部員勧誘自体は断られてしまった。


 伽退と別れた薫織と流知は、校舎を出て通学路を歩いていた。

 やはりゴールデンウィーク帰省の影響で人通りは激減しているが全く人がいないわけではない。

 ぽつぽつとすれ違う通行人を横目に見ながら、流知は目に見えて肩を落としていた。



「……良い感じの流れだったじゃありませんの……。なんであの流れで入部してもらえないんですの……?」


「まァ、馴れ合うのが嫌いなタイプってのはいるからな」



 ぶーぶーといじける流知だったが、薫織の方は大して気にもしていないようだった。

 そもそもこのメイド危機感薄すぎじゃないか? と流知は少し不満に思う。

 ご主人様が大事にしている部活動が今まさに廃部の危機だというのだから、ちょっとくらい慌てるというかマジになってくれてもいいじゃないだろうか。



(……これじゃあまるで、あの場所を大切にしていたのが私だけ、みたいに思っちゃうじゃん)



 もちろん、そんな風に短絡するほど流知は子どもではない。

 ただ一方で、やっぱり同じような感情の熱量を共有してもらえないと面白くない部分はあった。


 すたすたと流知を先導するように歩く薫織の背中を見ながら、流知は怪訝そうな表情を浮かべて、



「……ところで今はどちらに向かっているんですの? なんだか足取りに迷いがないみたいですけど」


「あァ。ちょっと顔を出しときたいところがあってな。多分、このへんで……」


「あーっ!!!!」



 と。


 そこまで薫織が言いかけたところで、あどけない少女の大声が通学路に響き渡った。



「オマエ達! なんかあの後色々大変だったんだってな! 久遠姐さんから聞ーたぞ!」



 そこにいたのは、青髪をポニーテールにしたサメのようなギザ歯の少女。


 冷的さまと静夏しずか──彼女もまた、かつては薫織達と衝突した敵だった。

 『霊威簒奪』のデマに踊らされた仲間達に裏切られ、自身もデマを信じて流知のことを襲ったりもしたが、彼女に関しては割と早いうちに和解していた。

 あの時は、断られたまま入部関連の話はうやむやになってしまっていたが──。



「(薫織! でかしましたわよ! 確かに冷的さんなら仲も良いですし、安牌中の安牌でしてよ!)」



 グッ! と拳を握って薫織に目配せしながら、流知は笑みを浮かべる。


 何せ、冷的とは薫織の部屋で一晩中ゲームをして遊んだ仲である。

 彼女自身は元々自分が参加していた部活動を退部しているし、一度は断られてしまったものの、その後色々と関係性も更新されている。

 彼女ならばライ研に参加してくれる可能性は高かった。



「冷的さん。実は──」


「そーそー。オマエらに会ったら報告しよーと思ってたんだ。わたしも──あれから色々考えてな」



 言いかけたところで。


 冷的は、少し照れくさそうにそっぽを向いてそんな風に切り出す。



「わたし、元の部活の仲間達とやり直すことにしたんだ」



 そんな、再起についての話を。



「一時は、色んなものに絶望して、何もかも諦めてヤケになってた。でも、オマエ達のお陰で……もー一度やり直そーって思えたんだ。…………本当にありがとー。全部、オマエ達のお陰だ」


「…………、……そ、そんなそんな……」



 それ自体は、非常に喜ばしい話だ。


 裏切られたといっても、それは世界の終わりによる絶望が蔓延した極限状態によるもの。

 冷的の仲間達が性根から悪人だったというわけではないだろうし、様々なわだかまりを乗り越えてもう一度失われた絆を取り戻せるのであれば、それは心裡から祝福すべきことである。



「……よく、乗り越えたな」



 そんな冷的に、薫織はとても優しい笑みを浮かべながら、拳を突き出す。


 冷的もまた、そんな薫織に少し目を潤ませながら、拳を突き出し返した。



「あー!」



 拳を打ち付け合わせる二人のことを笑顔で見守りながら、流知は口に出しかけた言葉を呑み込む。


 かつての仲間と再び部活動を立ち上げようという少女に入部を求めるような厚かましさは、流知にはなかった。

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