90 旅立ちは唐突に >> SHOTGUN TOUR ①

 そして翌日。


 その日、作戦決行が午後一二時からということもあって、薫織と流知は準備の為に朝から学校に行くことにした。



「……ほぁ~……」



 通学中。


 薫織と連れ立って歩きながら、流知はのほほんとあくびをしていた。


 最初は己の霊能を使って空を飛んだりする生徒に戦々恐々としていた流知だったが、今はもう電磁浮遊するリニアモーターカー型シキガミクスとすれ違っても平然と『ごきげんよう』と言えるようになった。

 人は慣れる生き物なのだ。


 そんな流知を窘めるように、



「お嬢様。大口を開けてはしたねェぞ」


「あ、メイドみたい」


「メイドだろうが何言ってんだ」



 通学路を歩く流知に対し、薫織は流知の斜め後ろを歩いている。

 それだけでなく、薫織は何故か流知の鞄を持って、体の前のあたりで瀟洒に携えていた。

 これだけ見ると流知が本物のお嬢様であるかのように感じるが──彼女はしがない印刷会社の娘であり、実家は全然普通の一般家庭である。

 今日の朝ごはんも、普通に鮭の切り身と卵焼きと納豆と白米であった。

 作ったのは(何故か早朝に自宅にやってきた)薫織だが。



「眠いんだから仕方ないじゃありませんの。いつもお休みの日は九時くらいまで寝てますし……」


「眠気が取れねェなら抱えてビルの屋上を飛び移りながら通学してやってもいいが……」


「あぁ~おかしいですわねぇ~~~!! 急に眠気が覚めましたわぁぁぁぁ~~~~~!!!!」



 一気に元気になった流知は力の限りそう叫んで、それから周りの目を気にして恥ずかしそうに咳払いをする。


 わたくしは常識人なので人目も気にしますと言いたげな流知だったが、悲しいかな、メイドに自分の通学鞄を持たせて手ぶらで優雅に通学する女はどこからどう見ても変人であった。



「……意外とまだ人通りがありますのね」



 気を取り直した流知は、人目を気にして周囲を見回した時に気付いたことを口にする。



「ゴールデンウィークに入ったから、もっと閑散とすると思っていましたわ」


「学園が長期休暇に入っても外の街は動き続けなきゃいけねェからなァ」



 『ウラノツカサ』が存在する『常世島』は自然にできた島ではなく、人が作った足場を海に浮かべた人工島──巨大人工浮揚島メガフロートである。


 そしてこのシキガミクス文明社会においては、当然ながらこの島もシキガミクス技術によって開発されている。

 ゆえに常世島は国内唯一の陰陽師養成機関を擁すると同時に、世界最大のシキガミクスでもあるのだ。


 もちろん、そのメンテナンスには膨大な人員を要する。

 『ウラノツカサ』の関係者も含め、彼らの生活をサポートするメンテナンス要員を補充するだけでも一つの街に等しい規模の経済圏が必要となるくらいだ。


 ゆえに、『ウラノツカサ』の規模は常世島の総面積の二分の一程度に留まっており、その外には通常の『街』が広がっている。

 そしてその『街』の賑わいは、意外と学園の長期休暇には左右されないのだった。



「それに、一部の転生者れんちゅうからしてみりゃ、これからが本番みたいなトコはあんだろ」



 そう言って、薫織はスッと手を伸ばす。

 すると薫織の手の甲からぽうっと光の玉が浮かび上がり、そして虚空にウインドウが表示された。


 それを受けて、流知も真似をするようにウインドウを表示させる。

 実はあの後、『管理人★』が書いていた通りに流知のもとに『内弁慶どもの社交界ゲームチェンジャー:タイプ2』が飛来して、流知にも転生者交流掲示板が確認できるようになったのだった。



「此処だ」



 そう言って薫織が指差したスレッドは、『【勉強厳禁】原作情報共有スレ【実況歓迎】』と題打たれていた。



「『原作情報共有スレ』。ここんところはピースヘイヴンの野郎の件もあったから話題が二分されていたが、昨日からこのスレッドの伸びが異常に増えてる。どいつもこいつも気にしてるってこった」


「あー、なるほどですわねぇ」



 『ライ研』の新入部員探しをしたときに『今の時期に学校に残っている生徒は里帰りをしたがらない理由がある問題児である可能性が高い』という話をしたが、その『里帰りをしたがらない理由』の中には、色々なものが存在する。

 『「シキガミクス・レヴォリューション」の事件の顛末を改変したい』とか。

 『「シキガミクス・レヴォリューション」の事件を間近で見てみたい』とか。

 『「シキガミクス・レヴォリューション」のキャラと仲良くなりたい』とか。

 そういったものも含まれているはずだ。


 とはいえ、薫織はそのあたりの、人によっては『薄っぺらい』と吐き捨てられそうな動機であろうと否定したりはしない。



「そういうのは、好きにしたらいい。好奇心で首を突っ込んだ程度で壊れるほどこの世界は脆くねェしな。だが問題は、そういうミーハーな転生者共の動きをよく思わねェ勢力がいるってところだ」


「よく思わない……勢力?」


「これ見てみろ」



 そう言って、薫織は別のスレッドを開いてからウインドウを見せる。


 色々な書き込みのうち、ちょうど真ん中あたりにはこんな書き込みがあった。



『リフレイン:神織さんと綾乃の所在は今も不明。神織さんは昨日黒髪ロングの女と行動を共にしていたって情報があるし、そいつの差し金かも』


『優子:その女絶対に転生者でしょ!抜け駆けしやがって~!!』


『Death-13:ふざけてんじゃねーぞ 原作崩壊の危機だろうが』


『優子:あ?こっちだってマジなんだよガチ恋ナメてんじゃねえぞ』


『ミロク:こっちは剣菱綾乃推しの原作介入派閥を殲滅したよ。雁金港で張ってたらまんまと出て来たから笑っちゃった。』


『あぎり:そういえば波浪アンチ転生者軍団ってどうなったの?確か、けっこう前に何人かぶっ飛ばしたけど』


『SAYAKA:全員追いかけて倒しましたよ~。やっぱアンチは骨のある連中が多くてってて楽しいですね~!!』


『差夢孫:ルビやめい』



 ──その後も、様々な目的を持った転生者の情報とそれについての対応が書き連ねられていた。


 流知は少しだけ眉を顰めながら、薫織に問いかける。



「これ……転生者が転生者の行動を妨害している、ってことですの?」



 流知の問いに、薫織は頷いて、



「コイツらの目的は……まァ色々だが、一番多いのは『正史の流れを遵守すること』。そして正史の流れを阻害しかねない要素を徹底的に排除することってとこかね」


「薫織が認識されたら速攻で襲い掛かられそうですわね……」


「あァ。入学してから二回襲われたよ。キャラが濃すぎるって」


「まさかの経験済み!? そして返り討ち済み!?」


「安心しろ、もう諦められてる。最近は襲撃されることもねェしな」



 あまりにも無敵すぎるメイドであった。



「主義主張についちゃあ今は置いておこう。問題は、転生者の中には『正史』に介入したい連中とそういう転生者を排除したい連中がいること。

 つまり『第一巻』案件の開幕を経て、今この界隈は『正史』を取り囲むようにして、対立する転生者同士の争いが勃発しやすい環境にあるって訳だ」


「そもそも、『正史』の流れなんて放っておいてあげればよろしいのに……」


「……まァ、オレの影響を受けたお前ならそう言うわな。だが、だ」



 悲しそうに眉を顰める流知に、薫織はピッと人差し指を立てて、



「たとえば、そいつが許せないことがあったとしたらどうだ。『正史』の流れで死んだヤツを救いてェとか。逆に、別の転生者が殺そうとしてるヤツを守りてェとか」


「それはもちろん、両方とも正しいに決まっているではありませんの!

 死の運命から誰かを守りたいという気持ちは正しいですし、たとえそれがどれだけ悪人でも人を殺すのを防ぐのが間違いだなんてことありませんわよ! ……あっ」



 もちろん薫織が挙げた例は大雑把すぎるので、条件次第では善悪など如何様にでもひっくり返る。

 しかしそれでも、流知は即答してみせた。

 どんな事情があっても、どんな状況であっても、誰かの命を守るという行動そのものだけは肯定されるべきだ、と。


 薫織はご主人様のそんな素朴な善性に少しだけ頬を綻ばせてから、



「だろ? だから別に、『正史』へのスタンスに『原則こう!』なんて持論を用意する必要なんかねェ。オレだってケースバイケースなところはあるしな。

 ただ、それによって争いが起きやすいってところだけがオレ達にとって問題なんだ。お嬢様は、そこだけ認識しておいてくれ」


「……言われてみれば、薫織が襲われている以上、わたくしも襲われる可能性はありますものね……」



 そうこう言っているうちに、二人の眼前には四車線分くらいはありそうな幅広の校門が見えて来た。


 ──国立大史局学園、通称『ウラノツカサ』。


 此処から始まる『ライ研』の新たな戦いに思いを馳せて、そこで流知はとある重大な事実を見過ごしていることに気付いた。



「あ!!!! そういえばさっきのスレに、神織さんと綾乃ちゃんが消息不明って書かれておりませんでしたこと!? これかなりヤバイのでは!?!?」


「さァな……。オレ達が気にしてもしょうがなくねェか? アイツなら何とかするだろ」


「うううう~~~~!!!! 態度が一貫しすぎ~~!!!!」



 あまりにブレなさすぎる鋼のメイドに、ご主人様は思わず頭を抱えてしまう。


 …………『正史』に介入しようと思う転生者の気持ちが、ちょっとだけ分かった流知であった。

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