19 見えない暗殺者 >> MURDEROUS CLARITY ③

 傲岸不遜な物言いの裏で、薫織かおりは静かに敵の能力の本質を測っていた。



(『音』で自分の存在を塗り潰しにかかったところからして、光学的干渉で自分の姿を消しているか、オレの視覚に干渉して自分を見えなくしているのは確定。

 ……本体の姿が見えねェのは、オレと同じように着用型なのか、あるいは使役型を遠隔操作しているのか……)



 ──陰陽師が扱うような戦闘用シキガミクスには、その運用方式によって幾つかの種類が存在している。


 冷的さまと皮剥上手ピーラージョーズのように、シキガミクスを陰陽師の意志で遠隔操作できるタイプは『使役型』。


 流知ルシル飛躍する絵筆ピクトゥラのように、シキガミクスを陰陽師自身が手に取り扱うタイプは『装備型』。


 薫織かおり女中の心得ホーミーアーミーのように、シキガミクスで陰陽師自身の動きを補佐するタイプは『着用型』。



 そのほかにも、


 たとえば発現した位置から移動が出来ない代わりに、空間そのものに霊能を適用することができる『展開型』。


 たとえば契約した『怪異』を機体に封印することで、『怪異』の持つ霊能を利用したり拡張できる『封印型』。


 珍しいところでは自身の霊能を他者にも使用できるように変換する機能を持った『嘱託型』というシキガミクスもあったりする。


 ──このように色々と種類はあるが、大概のシキガミクスは先に挙げた三つに分類される。



 しかしながら、着用型は術者本人がシキガミクスの駆動によってダメージを受けないよう精密に調整する必要があり、設計・運用難易度が高い。

 だから基本的に、シキガミクスによる攻撃があるのに周辺に本体らしき人影がない場合、真っ先に疑うべきは使役型シキガミクスの遠隔操作だ。


 シキガミクスは霊気によって動くため、カメラに用いられている霊気が届く範囲であれば遠隔操作が可能である。

 もっとも、この場合シキガミクス視点の視覚のみで操作を行う必要がある為、人体スペックを超える動きをさせることが難しくなるという欠点があるのだが──



(透明化したシキガミクスと周囲に見当たらない術者という状況の場合、まず真っ先に思い浮かぶ敵の霊能と運用方式タイプは二つ)



 警戒を解かないまま、戦闘メイドは思考を巡らせていく。

 傲岸不遜な物言いは、あくまでも相手の思考に圧を掛ける為の揺さぶり。瀟洒なるメイドは、言行両面から盤面を完璧に制御するものなのである。



(1.遠隔操作の使役型で、シキガミクス自体がオレに見えなくなっている。術者は此処にはいない。

 2.オレに見えなくなる霊能の着用型で、術者が自ら攻めてきている)



 とはいえ、薫織かおりは可能性を提示した時点で、既に答えをある程度絞っていた。





 遠隔操作使役型と、着用型の違い。

 それは、着用型が遠隔操作使役型と違って、人体の限界を超えた挙動を取れるという点にある。

 遠隔操作使役型は術者がカメラ越しの一人称視点でシキガミクスを遠隔操作する関係で、あまり高いスペックで操作することが難しい。

 対する着用型は、あくまでも自分の肉体を操作する感覚に依存した操作体系なので、近接操作使役型と同等以上のスペックを発揮することができるのだ。


 つまり、着用型の攻撃は最低でも人体を超えたスペックになる。

 直前に足音を聞いた段階からでは、さしもの女中の心得ホーミーアーミーでも動作が間に合わないというわけだ。

 


(だが、そうすると疑念が生まれる。

 自身を透明化するってことは。そうなれば光はレンズに結像しないから、眼球はモノを視ることができねェしカメラは何も映さねェ。

 ……そういえば、前世むかし読んだことがあったな、確か『透明人間の実現性』だったっけか?)



 物体を透明にする霊能自体は、そこまで珍しいモノではない。

 武器を透明にしたり、地形を透明にしたりする戦略上のメリットは計り知れないからだ。

 たとえば何の変哲もない弓矢を透明にするだけでも、敵の回避難易度は大幅に向上するだろう。


 ただし、を構築することはほぼないと言っていい。

 至近操作の使役型だとしても目視でシキガミクスの挙動を確認しづらいし、遠隔操作の使役型にしても光がカメラを素通りすることでろくに映像を取得できなくなるのだ。

 同様の理由で、着用型のシキガミクスでも自身を透明化する類の霊能を構築することはまずないと言っていい。



他者オレの視覚に干渉している……さっきは可能性として挙げたが、ねェな。

 もしそれが可能なら、どう考えても視覚を奪った方が遥かに話が早えェ)



 透明化も視覚干渉もあり得ない。


 となると、敵の霊能については第三の可能性を考えなければならないが──薫織かおりは、既にその答えに辿り着く為の材料を握っていた。



(……考えられるのはだな)



 敵シキガミクスの霊能にだいたいのアタリをつけた戦闘メイドは、スッとデッキブラシを取り出して構える。

 そして、不可視の相手に向かって声をかけた。



「ちなみに……テメェがピースヘイヴンに肩入れする理由を聞いておこうか」


『『『……聞いてどうする? 今更その結果で答えが変わるかね』』』



 帰って来たのは、当然といえば当然の反応。


 今更ここまできて、理由の如何で動きが変わったりはしない。

 その程度の覚悟で戦場をふらついている人間などここにはいない。

 ただし。



「『霊能簒奪』。……明確に『百鬼夜行カタストロフ』に足を踏み入れる自殺行為だぞ。そんなモンに肩入れしているは、そりゃあ気になるだろうがよ」



 ──これは別に、薫織かおり個人の信条ではない。


 どちらかといえば、流知ルシルのこだわりだ。

 しかし──この先『生徒会』とぶつかるのであれば、間違いなく流知ルシルは彼らが世界の崩壊すらも容認して行動する理由を知りたがるだろう。

 ゆえにメイドとしては、その理由を前以て把握しておく必要がある。

 ご主人様が、迷いなく敵と向き合う為に。



「ああ、なんだ。そんなことか」



 果たして打鳥だどりは、拍子抜けしたような調子で応える。



「何故って、そんなもの分かり切っているだろう。…………『勝ち馬』に乗るためだよ」



 そんな、どうしようもない答えを。



「この世界は、もう駄目だ。『草薙剣』もないことだし、早晩百鬼夜行カタストロフが来ておしまいになる。

 なら割り切って、『終わった後の世界』を考える方が建設的だろう? ピースヘイヴン会長は『終わった後の世界』での俺達の安全を約束してくれた。答えはこれで十分か?」


「…………ああ、十分だよ」



 つまるところ、他力本願の思考放棄。

 自力救済に拘った結果、心ならずも他者を害するようになった冷的さまととは真逆の極致。

 『誰かがやってくれるから、自分は苦しいこの現実について何も考えなくていいや』という諦めの姿勢。


 そして打鳥だどりは、そんな自分の選択に対して違和感を持つことすらない。

 自身の栄達によって誰かが傷つくことが明白だったとしても、悪びれることもない。

 冷的のような──苦渋の選択でもなく、生き残るための切実な決断でもなく。

 『この世界はそうでもしないと生きていけないから』という免罪符を片手に、まるでリモコン片手にテレビを見るような軽い調子で言ってのけた。



「……………………………………煤けたツラしやがって」



 責任も、利益も、決断も。

 徹頭徹尾、誰かの尻馬。


 そんなに対し、薫織は静かな怒りを滲ませながら告げた。



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