20 陰謀は重層する >> DEEP-LAID PLOT ①

 ──こんなはずではなかった。



 打鳥だどり保親やすちかは、既にそんな心境になっていた。


 元々、簡単な任務のはずだったのだ。

生徒会長トレイシー=ピースヘイヴンが矢面に出て注目を奪っている間に、目下一番の障害である必殺女中リーサルメイドを無力化。

可能であれば、遠歩院とおほいん流知ルシルを拉致。

これを以て、『オオカミシブキ』を機能不全にする。


 その点で、透明になれる打鳥だどりのシキガミクスは最適だった──ハズなのにはずなのに。



 蓋を開けてみれば、完璧なタイミングでの奇襲は土壇場で防御されてしまった。

 そもそも、アレがケチのつき始めだ。

 なんだ? 足音が聞こえたとは。

 目の前に最大の敵がいるにも拘らず何故そんなに注意深く周辺を警戒できるんだ?

 メイドという言葉では説明がつかないだろう流石に。


 それでも咄嗟の機転で生徒会権限を使い、校内放送をジャックして音の弱点を潰し、遠歩院とおほいん流知ルシル拉致の可能性を意図的に残して相手の判断能力に圧をかける戦法を思いついたのはよかった。

 しかし、あのメイドと来たら即座に対応して地面にスプーンやらフォークやらをバラ撒く始末。

 お陰で打鳥だどりは強制的に必殺女中リーサルメイドとの一対一を余儀なくされた上に、戦闘区域も制限されてしまった。



打鳥だどり君、ちょ~っと調子が悪そうだけど、大丈夫かい?」



 横から、先ほど戻ってきたトレイシー=ピースヘイヴンが退屈そうに打鳥だどりを覗き込んでいる。


 ──生徒会所有の準備室。


 打鳥だどりは、そこから薫織かおりと戦闘を繰り広げていた。



「……会長が遠歩院とおほいん流知ルシルを確保しに行ってくれれば、私も少しは楽をできるのですがね」


「はっはっは、冗談はよしてくれ打鳥だどり君。遠歩院とおほいん君は囮だよ。彼女の周辺には柚香ゆずかの警戒網が敷かれている。

 私が勇み足を踏もうものなら、ヤツは嬉々として私と接触するか……あるいはその隙に君を叩きに来るだろうね」


「…………!」


「何より、あのメイドのことだ。ご主人様をダシに使えば、キレて手が付けられなくなると思うよ?」



 そんな忠誠心があるようには見えなかったが──と打鳥だどりは思うが、ほかならぬ会長の言うことだ。打鳥だどりとしては疑う余地もない。


 それより問題は、目の前で繰り広げられている戦闘だ。

 画面内の戦況は、完全に硬直している。戦闘メイドは目に見えない敵を見つけ出すことができていなかった。



(……いくら俺のシキガミクスが遠隔操作の使役型とはいえ、此処まで決め手に欠けるものかね!?

 いや……それはない。今までの校内での戦闘だってもう少しうまくことを運べていた。あのメイドがイレギュラーなんだ……!)



 ──打鳥だどりのシキガミクス『場当たり主義の迷彩ハプハザードアサシン』は、人型のシキガミクスである。


 電球のように膨れ上がった頭部を合わせて体長は一・五メートル程度で、少し小さめの成人男性くらいの体躯はある。

 格闘能力はそこまで高くないが、それでも決して非力というほどではない。

 シキガミクスの頑丈さと併せて、頭部に一撃入れれば人間であればあっさり昏倒する程度の攻撃力はある。


 にも拘らず、打鳥だどりは一撃であの戦闘メイドを倒すイメージが湧かなかった。

 たとえ絶好のタイミングで不意を打てたとしても──その状態から防御される。そんなイメージがこびりついて離れないのだ。



(そして……一撃で倒すことができなければ、待っているのはカウンターからの即死!)



 百鬼夜行カタストロフがすぐにでも起きかねない状況でシキガミクスを失うのは致命的だ。

 いくら自分がピースヘイヴンの庇護を受けているからといって、絶対的な安全が約束されているとは限らない。


 現にピースヘイヴンはこうして敵対勢力から襲撃をかけられている。つまり計画自体が失敗する可能性は全然ありうるし──

 それに失敗しなかったとしても、早期にリタイヤした打鳥だどりがピースヘイヴンから『利用価値なし』と判断されてしまうかもしれない。

 打鳥だどりから見ても、ピースヘイヴンがそうした切り捨てをしないとは言えなかった。──何せ、彼女は実際に


 そしてそうなれば、庇護を失った打鳥だどり百鬼夜行カタストロフに対して全くの無力となる。



(だが……やるしかない! このまま戦況が硬直し続ければ、おそらく今フリーになっている嵐殿らしでん柚香ゆずかの思う壺だ!

 いや、それだけじゃない……。痺れを切らした園縁そのべり薫織かおりが此処を放棄していまえば、俺は完全に遊兵になってしまう!)



 内心の不安を推し殺し、打鳥だどりは覚悟を決める。

 彼もまた、転生者。

 学園全体が崩壊しかねないような陰謀を企てる生徒会長に付き従う以上──彼もそれなりに、世界の現状に対して『諦め』と『妥協』を積み重ねている。

 たとえば──



虎刺看酔げんさくしゃの……生徒会長の描く社会に乗るって決めたんだ……。……こんなところで、会長の計画が狂ってしまっては困るんだよ……!!)



 トレイシー=ピースヘイヴンの思い描く世界。

 そこに用意された席に着くことで、確実に滅亡する現在の社会から逃れる為のノアの箱舟へのチケットを手に入れる、とか。



「そうだ、打鳥だどり君」



 と。

 ノアの箱舟の造物主──戦況を脇から見ていたピースヘイヴンが、軽い調子で声をかける。

 

 ただし。



「前々から思っていたんだけどね……使?」



 当人がどれだけ軽いつもりで発した言葉でも。


 圧倒的な力を持つ者の言葉は──その知識で、その発想で、何かを致命的に変えてしまうこともあるのだが。

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