21 陰謀は重層する >> DEEP-LAID PLOT ②

 ──状況は、概ね薫織かおりの狙い通りに進んでいた。


 こちらのアキレス腱である流知ルシル冷的さまとは戦場から離脱。

 敵の腹心である打鳥だどりはシキガミクスをこちらに釘付けにし、トレイシー=ピースヘイヴンの守りは手薄。

 ここまで派手に暴れれば、今も潜伏しているであろう嵐殿らしでんは完全にフリーだ。陽動としての目的は十分に達したと言える。



(……だが、此処で満足しているようじゃまだまだメイド足り得ねェ)



 ただし、園縁そのべり薫織かおりは現状に甘んじない。


 陽動は十分できているが、ピースヘイヴンの動きからしてあちらの作戦もかなり進行しているようだ。

 つまりまだ、『作戦負け』──局地的な戦闘で勝っていても、結局は相手の掌の上という状態──しているという可能性は捨てきれないだろう。

 もし『作戦負け』が起きているとすると、このあたりで敵陣営にダメージを与えて計画に遅れを出さないと、嵐殿らしでんにも不測の事態が発生しかねない。


 先ほど『作戦負けをしていた場合はリカバリをすればいい』と薫織かおりは考えたが、余裕があるならばそもそも作戦負けをしないよう努力をすべきである。

 ゆえに、相手に揺さぶりをかけるべく行動を始めようとしたところで──



 ドゴォ!! と。

 薫織かおりのこめかみ辺りに、突如として不可視の『何か』が衝突する。



 戦闘メイドの身体が横薙ぎにされるが──



「ッ」



 衝突の瞬間に反射的に体の勢いを合わせて投擲物の威力を殺していた薫織かおりは、体を傾がせながらも意識はしっかりと保っていた。


 膠着状態が破られたことへの緊張。

 敵シキガミクスの接近に対する警戒。

 自分が受けたダメージへの不安。


 当然、様々な懸念が瞬時に脳裏を過るが──。



 戦闘メイドは、迷わなかった。



 ズバォッッ!! と、風を斬る音。

 それが横薙ぎにされて乱れた態勢から右足を勢いよく振り上げた蹴りであると打鳥だどりが気付いたのは、薫織かおりが受け身を取って立ち上がってからだった。


 遅れて、何かが突き立ったような音が響く。

 天井を見上げれば、天井にはアイスピックが突き立っていた。

 もし仮にその場に打鳥だどりのシキガミクスがいれば、透明だろうと関係なく突き刺さっていたであろう位置だ。



(明らかにクリーンヒットしているはずなのにカウンターだけでなく、霊能の行使まで合わせてくるか……! 肝が冷える……!!)



 これらの事実が示す答えはシンプル。

 薫織かおりは不可視の一撃をモロに食らったその瞬間には、蹴りとアイスピックによるカウンターに打って出ていたということ。


 ただし──



『『『……何かね? 突然何もないところを蹴りだして。退屈でもしていたか?』』』



 手ごたえは、なし。


 遠隔操作使役型であれば、攻撃後すぐさまヒット&アウェイで退避できるほどの敏捷性は持ち合わせていない。

 攻撃をした直後で、今の蹴りを回避することはできないのだが──


 ──パラパラと、粉々になった木片が戦闘メイドの足元に散らばっていた。

 それを見て、薫織かおりは舌打ちする。



「……。となると、少しばかり厄介になってくるな……」



 崩れ落ちていたのは、木製の箱のようなもの──シキガミクスによる小型家霊製品の残骸だった。

 おそらく、打鳥だどりはそれを『透明化』して投擲したのだろう。


 警戒状態の薫織かおりであれば、たとえ『透明化』していたとしてもダメージを与えるのは至難の業だ。

 だから、『透明化』した適当な物品を投擲し、そして──



「……カウンターが空振りした隙を突いて、追撃。少しは考えたんじゃねェか? 褒めてやるよ、風見鶏」



 一回目の投擲自体は、命中こそすれ受け身を取ることでダメージは最小限に抑えられた。


 それを見越した打鳥だどりは、さらにもう一回投擲を行っていたのだ。

 シキガミクスを身に纏っている薫織かおりは、霊気による防御で一般人よりも耐久性が上がっているが──同じく霊気を帯びている家霊製品であれば、その防御を貫通して純粋な衝撃によるダメージを与えることができる。

 言わば脇腹に野球ボールを思い切り投げつけられたような状況である。

 戦闘慣れしていない流知ルシルあたりがモロに食らっていれば、今頃二本の足で立っていることすらできなかっただろう。


 ──平然としている薫織かおりの脇腹にも、鈍い痛みが蓄積しつつあった。



『『『随分強がるじゃないか。……分かるかね? 今の一撃は、私の策略が君の処理能力を超えた証左だ。

 此処から先は早いぞ。……雪崩れるように君は劣勢に追い込まれていくだろう』』』



 ただの一撃、と思うかもしれない。


 だが現状、薫織かおり打鳥だどりに対して有効な手を打つことができていない。

 この状況は、打鳥だどり寄りの膠着状態なのだ。この盤面で打鳥だどり薫織かおりに一撃を入れることができたということは、その状況のまま膠着状態が続いていくことを意味する。


 ──たとえ薫織かおりがどれほど戦闘慣れしていたとしても、そのスタミナは人間相応でしかない。

 つまり、いずれは体力の限界が来て薫織かおりの方が先に膝を突くことになる。


 そのくらい、今の一撃は重い意味を持っていた。



(まさか、これほど劇的に変わるとは!)



 モニタ越しに盤面を見据えながら、打鳥だどりは内心でほくそ笑む。



(『透明化』は場当たり主義の迷彩ハプハザードアサシンの機体にのみ作用させるのが限界だと思い込んでいたが……。

 ……確かに、霊能の仕様を考えれば他対象も可能にする余地はあった……! それが此処まで私の戦略を広げるのか……!)



 ちらり、と打鳥だどりは視線を横にズラす。


 何やら木製のタブレット端末を使って作業をしているらしいピースヘイヴンの表情は此処からでは伺い知れないが──

 ──やはり、原作者。

 その叡智は、凡百の転生者でしかない打鳥だどりとは比べ物にならないくらい有益だ。



伽退きゃのくあたりは冷ややかだが、やはりこの人は勝ち馬だ……! こっちに着いて行けば、俺が破滅することはない!!)



 確信めいた予感を以て、打鳥だどり場当たり主義の迷彩ハプハザードアサシンを操作する。


 『透明化』を維持している場当たり主義の迷彩ハプハザードアサシンは、薫織かおりから見て左斜め前五メートルの位置にある支柱の陰にいた。

 霊能が十全に働いているなら隠れる必要はないのだが、今は攻撃の直後だ。

 あの戦闘メイドであれば攻撃の方向から現在地くらいは平気で割り出しかねないので、念の為移動して身を潜めているのである。



(それに……ヤツの霊能の弱点も分かってきた)



 過去の戦闘、そして今回の戦闘を遠隔監視していた生徒会は、既に女中の心得ホーミーアーミーの大まかな霊能の分析を終えていた。


 どこかに保管してある道具を引き出す霊能。


 これが、薫織かおりのシキガミクスの神髄である。

 ナイフ、アイスピック、デッキブラシ……その種類は多岐に渡り、その多彩さは敵対者にとっては手数の読めなさに直結する。

 その対応力も含め、園縁そのべり薫織かおりは──必殺女中リーサルメイドは手強いのだ。



 だが、手数の多さはある弱点と表裏一体でもある。


 ──それは、だ。

 確かに女中の心得ホーミーアーミーは多彩な手数を誇り、戦闘において無数の選択肢を持っている。

 一方でそれは、『戦闘中に考慮すべき可能性が多い』という欠点でもある。

 相手の攻撃に対して常に複数の対応策が頭の片隅にあり、それを選択しながら戦う──時間に余裕があるのであればそれでも問題ないのかもしれないが、戦闘はリアルタイムに状況が変わり、そして敵は待ってなどくれない。

 未知の事象や予想外の展開があれば、それらの負荷はダイレクトに処理能力に重くのしかかっていく。

 ──そんな状況で無数の選択肢を自前で確保してしまえば、目の前の敵に対する行動も疎かになりかねない。



(向こうだってプロだ。通常であればそんな心配は要らなかったのだろうが……俺の霊能は相性が悪かったな。

 このまま負荷を強めていけば、早晩処理能力の限界を迎えるはず……!!)



 オーケストラの音の中に紛れる小さな物音の聞き取り。


 敵霊能の分析。


 この戦闘の外にある状況への思索。


 そしてそもそも、今まさに向かっている世界の破滅への危惧。



 これだけ考えるべき事柄が積み重なって、普段通りのパフォーマンスが発揮できる人間などいるはずがない。あとは消化試合だ。

 功は焦らない。

 確実に、完璧に、必殺女中リーサルメイドを削り倒す。

 油断も慢心もなく、打鳥だどりはそのタスクを消化しようとして──



 カッ!! と。



 突如、眩い光が場当たり主義の迷彩ハプハザードアサシンのカメラを焼いた。

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