18 見えない暗殺者 >> MURDEROUS CLARITY ③

「なッ…………!? 薫織かおりぃ!!」


「心配要らねェ! 防御はしている!!」



 己の従者がノーバウンドで数メートルほど吹っ飛ぶ姿を見て、流知ルシルは思わず悲鳴をあげる。


 しかし、薫織かおりはと言えば吹っ飛ばされる直前に両腕を交差させて身を守っていたらしく、ダメージ自体はそこまででもないようだった。

 そのまま薫織かおりは空中で一回転して、その後すぐさま跳躍し、流知ルシル冷的さまとの元へと戻る。


 その足取りは、ダメージを感じさせない軽やかなものだ。

 しかしその代償として──先程まで目と鼻の先にいた黒幕・ピースヘイヴンの姿は、既に跡形もなく消えていた。

 まんまと逃げられたことを自覚した薫織かおりは、忌々し気に舌打ちする。



「…………ピースヘイヴンは……尻尾巻いて逃げやがったか。ある程度の時間と情報は稼げたから良しとはするが……」



 すっかり戦闘モードになっている薫織かおりだったが、今この盤面には欠落しているピースが一つあった。


 それは──薫織かおりを吹っ飛ばした攻撃の正体。

 あの場には、薫織かおり流知ルシル冷的さまと、それとピースヘイヴンの四人しか人影は存在していなかった。

 となると、アレ自体はピースヘイヴンの能力のように思えるが──



(……今のはピースヘイヴンの能力じゃねェな。。逆に言えば、シキガミクスの姿すら確認できない能力ではねェってことだ)



 最初の時点では能力を出し惜しみして、確実な不意打ちを行おうとしたという可能性も──あるにはある。


 しかし、それならばわざわざシキガミクスを見せながら『メガセンチピード』を破壊するより、能力を使って『メガセンチピード』と戦っている薫織かおりの隙を突く方が合理的である。

 会話中よりも、第三者との戦闘中の方が割かれている集中の比率は圧倒的に多い。

 現に今回の奇襲だって、ギリギリのところではあるが薫織かおりは防御できてしまっている。


 ……つまり、ピースヘイヴンは奇襲よりも『メガセンチピード』の早期破壊を優先しつつ、少しでも奇襲の成功率を上げる為に姿を現して薫織かおりの警戒を自分に向けようとしていたと考えられる。


 そう考えると、先ほど薫織かおりを攻撃した敵はピースヘイヴンとは違う新手で、ピースヘイヴンとの会話に熱中している薫織かおりを襲ったが、寸前のところでガードされてしまった──という流れなのだろう。



『『『……参ったな。まさか初撃を無傷でやり過ごされるとは思っていなかった』』』



 と。

 あたりからほぼ同時に、複数の声が重なって響いた。


 少年──というには、あまりにも落ち着いた声色だった。

 声の張りは確かに少年なのに、まるで四〇過ぎの壮年の策略家を相手にしているような──そんな気配が、声の裏から漂っている。


 見れば、廊下の各所には校内放送用の小型スピーカーが幾つも配置されていた。

 薫織かおりはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、



「なるほどな。ピースヘイヴンの突然の登場は時間を稼ぎつつ、お前の奇襲を成功させる為の囮だったって訳だ。得心がいったよ」


『『『……生憎、不発に終わったがね』』』


「お前、自分の姿を消すタイプの霊能使ってんだろ? 視覚的な無敵にかまけて足音消し忘れてたぞ」



 存在を認識できないままの完全なる不意打ち。


 その攻撃に薫織かおりが対応できたのには幾つかの要因があるが、そのうちの一つに『襲撃の直前に微かだが敵の足音が聞こえていた』というのがあった。

 それに加えて、スピーカー──即ち自分の声の位置が特定しづらくなる工夫を施しているところを見ると、透明になるとか、対象の視覚から自分を消すとか、そういう霊能である可能性が高くなってくる。

 そこまで一瞬で思考を巡らせた戦闘メイドに対し、声の主は少しばかり言葉を選んで、



『『『……ご忠告痛み入る。流石は必殺女中リーサルメイドといったところか。だがそれはつまり、聴覚を潰せば打つ手がなくなるということにもならないかね?』』』



 直後。

 複数のスピーカーから、荘厳なオーケストラ音楽が鳴り響いた。

 突然の爆音に薫織かおりは眉を潜めつつ、舌打ちする。



流知ルシルとサメ子は……戦場から退避し始めている、か。サメ子と一緒に行動させておいて正解だったな。あっちの方がまだ平和ボケ度合いは薄いし)



 視界の端で走り去って行く二人の影を見たメイドは、口端に笑みを浮かべる。


 直後──ガチャチャチャチャチャチャチャン!! と。

 薫織かおりの背後に、大量のフォークやスプーンが撒き散らされた。



『『『……何かね? 意図が読めないが……』』』


「気にしなくていい。単なるメイドの仕事だ。

 使



 事も無げに。

 薫織かおりは、この場において最悪の可能性を指摘する。



「あるいは、オレにその可能性を警戒させることで隙を誘発させるとかか? いずれにせよメイドとしては放置していていい可能性じゃねェな。

 だから、テメェがお嬢様を襲いに行けばいくら大音量でも掻き消せねェ音が出るように『鳴子』をバラ撒いておいたってだけだ」


『『『…………、食器を粗末に扱うのはメイドとしてまずくないかね?』』』 


「メイドの第一優先レゾンデートルはご主人様の安寧だよ。……それに、落第メイドってのも悪くねェ響きだ」



 不良メイドはどうやら無敵だったらしい。

 襲撃者はその様子を見て大きく息を吐くと、一転して悠長な態度を取り始めた。



『『『……やれやれ。これは長丁場になりそうだ。……まずは自己紹介をしてもいいかね?』』』



 オーケストラをBGMにしながら、ゆったりとした調子で襲撃者は語りだす。



『『『……私の名は打鳥だどり保親やすちか。……生徒会副会長の任を仰せつかっている。会長の「腹心」と、そう受け取ってもらっていい』』』


「ほォ、そいつは都合がいい。こっちの目的は生徒会の攪乱だ。重要ポストをボコボコにできりゃあ、組織に与える衝撃ってのも十分だろ」


『『『……血の気が多いな。……何かね? 私程度であれば問題なく倒せるとでも?』』』


「逆に聞くが、テメェは自分がオレに釣り合う実力だと思ってんのか?」


『『『……何も言うまい。……相手が勝手に油断してくれているならば、その機に乗じない手はないのだから』』』



 会話が、そこで一旦途切れる。


 静かに、しかし確実に──二人の戦闘の火蓋が、切って落とされようとしていた。

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