16 見えない暗殺者 >> MURDEROUS CLARITY ①

「さて、お客人達────お名前を、伺っても?」



 相対する敵対者。

 その関係でしかないはずの相手へ、ピースヘイヴンは鷹揚に問いかけるだけだった。

 シキガミクスすら伴わず、黒幕が無防備な姿を晒しているこの異常。

 異様すぎる状況に対して、薫織かおりすらも二の句が継げられず──、


 ──そこまで考えながら視線を薫織かおりの方へ巡らせ、そこで流知ルシルは気付いた。


 いや、違う!

 こいつただ単に、自分はメイドだから相手の代表者に名乗りを上げるのは主人である流知ルシルの役割だと思ってるだけだ!

 その証拠に、今も『はよ名乗れ』って目でこっちを見てる!



「………………、」



 内心、非常にげんなりとする流知ルシルである。

 しかし一方で、あまりにも普段通りすぎる薫織かおりを見て肩の力が抜けている自分がいるのも確かだった。



「…………遠歩院とおほいん流知ルシルと申しますわ。

 こちらはわたくしのメイドの園縁そのべり薫織かおりで、こちらがご友人の冷的さまと静夏しずかさん」



 良くも悪くも平常心を取り戻した流知ルシルは支柱の陰から完全に出ると、そう言って一礼する。

 落ち着き払った、いかにもお嬢様らしい格式張った礼だ。横で馬鹿メイドが満足そうにしているのが雰囲気だけで分かった。



「あぁ、遠歩院とおほいん君か。君の活躍は耳にしているよ。学園祭の準備で色々協力してくれているらしいね。いやぁ、設立一ヶ月だというのに『ライ研』の活躍は目覚ましいな!」


「おほほ。そ、そうです?」



 直球で褒められたことに対して、流知ルシルは困惑しながらも嬉しさを隠せていなかった。

 ──部活動というのは基本的には生徒の自主的な活動だが、その活動内容によっては、部に対して『生徒会』などの公的校内組織が協力を要請することもある。


 『ライ研』、即ちライトノベルイラストレーション研究部については、この一ヶ月の間にある程度の活動実績を残したこともあり──

 ──そのイラスト制作能力を買われて、学園祭で使用するイラスト制作の一部を受注しているのだった。


 あくまでも本質は『原作乖離による世界の崩壊を防ぐ集まり』だが、だからといって表向きの活動を疎かにしている訳でもないのである。

 まぁ、その辺は流知ルシルのシキガミクスがGペン型だったり、そもそもイラストレーターだった嵐殿らしでんが部長を務めていることからも明白だろうが。



「それで。わざわざ『メガセンチピード』に喧嘩を売ってこっちまで来たんだ。何かしらの思惑があるのだろう? 生徒会長として、生徒の用件を聞こうじゃないか」


「何故、『霊威簒奪』なんてデマを撒いた?」



 両手を広げて演説でもするみたいに語るピースヘイヴンの言葉を遮るようにして、薫織かおりが問いかける。

 腕を組んで佇む姿は戦闘態勢とは程遠いが、それでも彼女の放つプレッシャーは並の生徒なら気圧されてしまいそうなほどに強大だった。

 ──しかしピースヘイヴンはそんなものに意も介さず、



「おっと、案外直球だな、園縁そのべり君。?」


「……オレが必死に稼がなくても、どうもお前が勝手に時間を稼いでくれているみてェだしな」



 平然と薫織かおり達の目的を言い当てたピースヘイヴンだったが、薫織かおりは欠片も動じずに言い返す。


 というか、そもそもこの盤面でピースヘイヴンが登場してくるのは、そのくらい異常なことなのだ。


 『生徒会長』という立場を持ち、最大派閥を率いているピースヘイヴンには、汎用シキガミクスを含めて大量の手駒が存在している。

 通常であれば、長であるピースヘイヴンはそれらを指揮をする立場であり、こうして現場に出てくることなどありえない。



(あるとすれば……『大ボスが登場する』っていうイベントを発生させることで、こちらの動揺を誘うとかか?)



 想定外の事象が発生したことで、嵐殿らしでんの判断を鈍らせ、こちらの行動を後手に回す作戦であればピースヘイヴンが突然矢面に現れたことにも納得がいく。

 もちろん、だからといって敵の目的がそうであると断定するのはあまりにも危険な判断だが。



(まァ、敵の目的がどうであれオレは自分の役割を果たすだけだ。作戦負けしていた場合はその時リカバリすれば良い)



 懸念材料はあるが、薫織かおりはそこで迷いを押し殺す。


 行動する前から正解が明確に見えていることなど、現実では早々ない。

 そうした迷いが実戦では致命的な隙を生むことを知っている薫織かおりは、迷いを自覚しながら『迷わない』ことができた。


 それに、このピースヘイヴンの動きは薫織かおり達との目的とも合致する。

 目的は、全面戦争というわけでもない。

 よって薫織かおりはあえて戦闘態勢を解きながら、最初の問いについての追及を再開する。



「ただでさえ、もうじきやってくる『百鬼夜行カタストロフ』のせいで学内の治安は終わってんだ。ここに『霊威簒奪』なんてデマをぶち込めば、学内がどうなるかくらい分かんだろうが」


「んー……。そもそもシロウ……ああ失礼、柚香ゆずかの言は疑わないのかね?」



 少し困ったように、ピースヘイヴンは首を傾げる。



「君達は『霊威簒奪』とかいうデマの出所は私だと考えているようだが、その情報もどうせ彼女からだろう? しかもあの胡散臭さだ。彼女が虚言を吐いて私を黒幕に仕立て上げようとしている可能性を何故考えない?」


「『メガセンチピード』を出して来てんのに今更すぎんだろ」



 飄々と問いかけるピースヘイヴンに対し、薫織かおりの返答は一切ブレなかった。



「『メガセンチピード』の目的は人質調達だ。『シキガミクス』を失った冷的さまとを攫えばこっちとしては見捨てる訳にはいかねェからな。オレはそっちにかかりきりになる。

 ウチのお嬢様の性格キャラを知っているなら、真っ先に考える手だよ」



 即座に切り返されたピースヘイヴンは、浮かべた笑みに少し気まずそうな色を滲ませ、それから大して間も置かずに答える。



「……『メガセンチピード』を使った襲撃が私の陰謀であることは認めよう。だが、それは柚香ゆずかから君達を引き離すのに必要なことだった。潔白でないからと言って黒幕であると断ずるのは早計ではないかね?」


?」


「…………、」



 薫織かおりが突きつけるようにそう言うと、ピースヘイヴンの滑らかな言葉が暫し止まる。



「仮にデマの出所があの痴女野郎だったとして。アイツ自身が言っていたように、そんなもんは所詮搦め手にすぎねェ。基盤も権威もテメェ自身の方が上だ。テメェがシロなら、あっさりと潰せるはずだろうがよ。こんな噂」



 そこまで言い切った薫織かおりは、溜息を吐くように目を伏せてから、



「答え合わせをしに来てんじゃねェんだ。お前は黒幕。それは前提。こっちが聞きてェのは周回遅れの悪足掻きなんかじゃなくて、『霊威簒奪』なんてデマを撒いた黒幕サマの意図だっつってんだよ」



 はっきりと、刃を突きつけるようにピースヘイヴンに言った。

 ピースヘイヴンの煙に巻こうとする言動も、意に介さない。さりとて、仲間の言葉を妄信している訳でもない。この異常事態において──このメイドは、盤面を正確に、そして強固に理解している。



(賢しさというよりはと表現すべきか。……厄介な性質だな……)



 メイドの言動を実際に見聞きして、ピースヘイヴンは静かに彼女の脅威度を引き上げる。

 ──静かな言葉の鍔迫り合いを続けながら、ピースヘイヴンはバツの悪そうな笑みを浮かべて、



「…………治安悪化という特大のデメリットを加味してもなお果たさねばならない目的があるから、と言っても……おそらくは納得してもらえないだろうね」



 あっさりと、それ以上己の疑義を晴らすことへの拘泥をやめた。



「虚偽の情報を真実だと思い込ませるのは、全体の虚偽の中に一握りの真実を加えておけばそう難しくはないんだ」



 そして、ピースヘイヴンは種明かしをするように──己の敷いていた陰謀の解説を始める。

 まるで、最早この真実には隠すだけの値打ちも存在しないとでも言いたげに。

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