15 世界を諦めた者 >> CREATER "A" ③

「……そういえば!」



 薫織かおりの霊能──女中の心得ホーミーアーミー

 その能力の解説を聞いていた一同だったが、そこで流知ルシルがハッとする。



「まだ倒さないってどういうことですの!? さっきトドメを刺してしまっていた方がよかったのではなくて!?」


「心配ねェ。あの程度なら、いつでも潰せるからな」


 当然の疑問を呈する流知ルシルに対して、薫織かおりはあっさりと答える。

 相変わらず、戦力のスケールが違うメイドであった。



「それより、あの図体のデカさだ。生徒会室近くまで引き寄せて暴れさせりゃあ、陽動の目的も十分達成できるだろ」



 つまり、倒すだけなら余裕だから上手いこと誘導して利用してやろうという訳だ。


 流知ルシルの懸念を流した後、薫織かおり冷的さまとの方へと視線を向ける。

 意図が分からず首を傾げる冷的さまとに、薫織かおりはじいっと真剣にその瞳を見つめて、



百鬼夜行カタストロフ数日前って状況で、生徒同士の争いに『メガセンチピード』を出す余裕は『生徒会』にはねェ。現に『生徒会』の手が学園中に回ってねェから、『霊威簒奪』の騒ぎは大問題になっているんだからな。

 ……冷的さまと。お前、何か狙われるような心当たりでもあるか?」



 確かに事実として、ピースヘイヴンは何やらデマを流して策略を練っているようだ。

 だが『霊威簒奪』による学園での大規模暴動にしろ、百鬼夜行カタストロフにしろ、タイムリミットはもうすぐそこまで迫っている。

 であるならば、たとえ計画通りであったとしてもピースヘイヴンの余裕は削られてきているはず。

 少なくとも、無駄な手は打たないだろう。

 いくら学内で派手に戦闘をしでかしたといっても、そんなものは昨今の学園では日常茶飯事。こうも素早く、制圧用の『シキガミクス』を駆り出すのはやはり異常だと言える。


 薫織かおりの疑問に対して冷的さまとは首を振り、



「い、いいや……。わたしも全然心当たりはないんだぞ」


「…………ってことは……。…………よく分かんねェな。考えても意味ねェだろうし、とりあえず今は棚上げしとくか」


「だいぶあっさりしてるな!? なんか引っかかるんじゃないのか!?」


「考えても分かんねェことに拘泥すんのは時間の無駄だ。思考の優先順位ってのをつけるんだよ」



 ひょい、と。

 そこまで一息で言い切ると、怪力メイドは流知ルシル冷的さまとのリアクションを待たずにまた米俵でも担ぐみたいに二人の少女を肩に抱える。

 細身の癖に、非常にマッシブなコスプレメイドである。



「それより今は仕事の最中だからな。『メガセンチピード』の追撃を受ける前に、生徒会室まで行くぞ」



 二人を簡単に抱え上げた筋肉質メイドは、少々滑稽な絵面のまま、真剣に周囲に視線を巡らせながら呟く。

 わりと、かなり不吉な部類に含まれる情報を。



「……ちょうど、やっこさんもこっちに来たしな」



 言い添えられた不良メイドの呟きの通りに、であった。



 ゴガンッッッ!!!! と。



 巨体の大百足が後者の壁や床にぶつかりのたうち回りながら戦闘メイドの背後に顔を出す。


 そう。

 お尻が前方に向くように抱え上げられた流知ルシル冷的さまとの、ちょうど眼前に迫るような形で。



「~~~~~~~~~~ッ!?!?!?」



 声にならない悲鳴を上げたのは、どちらだったか。

 4DX何するものぞとばかりの大迫力の光景に、二人の恐怖が明確な絶叫に変化するよりも早く、薫織かおりは跳ねてその場を離脱する。

 全長二〇メートルはある巨体を感じさせないほど『メガセンチピード』は素早かったが、まるでインパラのように軽やかな足取りで縦横無尽に駆け巡るメイドを捉えることはできない。


 それどころか、回避されることによって地面や壁に衝突するたび、『メガセンチピード』の機体の破損は広がっていき、それに応じて動きの精彩も失われる。

 このままいけば、『生徒会室』に辿り着く頃には薫織かおりの目論見通り殆ど暴走のような様相を呈して、運用者である『生徒会』の施設にすらも牙を剥きかねない状態だった。



「しっ、死にますわッ!? 薫織かおり、せめて顔を、顔を前の方に! こんな大迫力、寿命が縮んで今この場で死にますわ!?」



 ……もっとも、その代償にメイドのご主人様の寿命は絶賛恐怖でゴリゴリ削られ中なのだったが。



「口調が崩れてねェな! まだ良し!」


「わたくしの口調を平常心バロメータみたいに使わないでくださいましぃ!!」



 言い合っている間にも『メガセンチピード』は薫織かおりに攻撃を仕掛けてくるが、全力疾走中の超人メイドはそちらを見もせずに跳躍しては回避していく。


 下段の横薙ぎは単純な跳躍。

 続く袈裟斬りは身を屈め。

 縦の叩き落としはサイドステップで苦も無く躱し。

 あまつさえ、隙があれば足を止めて横蹴りで機体にダメージを蓄積させることも忘れない。


 しかもこのメイドは、それを二人を肩に抱えて後ろを一度も振り返らずに実行しているのだ。

 『危なげない』という言葉がこれほど似合う逃走劇も、早々ないだろう。

 あまりの安定感に、むしろ助けられているはずの冷的さまとの方が不安になってくる始末だった。


 むしろ、異能が身近な世界で一五年以上も生きておきながら、ギャースカと新鮮にビビることができる流知ルシルの方が凄いのかもしれない。

 ブレなさすぎる平和ボケという意味で。



「なっ、なんで躱せるんだぞ!? 後ろに目でもついてるのか!?」


「流石にそこまで人間離れはしてねェよ。窓のサッシとか扉の金具とかガラスとか、そのへんの環境物に反射して映る景色を見て把握してるだけだ」


「まだ後ろに目がついてた方が人間っぽいと思うぞ……」


「まァ、メイドだし……」



 言われてみれば、確かに学園内は細かな反射物には事欠かない。

 薫織かおりが説明した窓のサッシ、扉の金具、ガラスといったものを逐一確認してみれば、確かに反射して映り込んだ映像情報は大量にある。

 実際に目を凝らすと、そういった部分に『メガセンチピード』が映っているのが見えないこともない。


 ……のだが。

 それを飛び跳ねつつ『生徒会室』という明確なゴールを頭に入れて実行するのがどれほど難しいことなのか。

 凝視していてもそんな米粒みたいな情報から正しい情報を獲得できるのか。

 そもそもメイドであることは関係あるのか。

 冷的さまとには分からない。何も分からない。多分、考えてもしょうがないことなのだろう。



「……よし、このへんで良いだろ」



 超人メイドはふいにそう言うと、抱えていた二人を地面に降ろす。


 突然の着地と少しの慣性で軽くよろめいた流知ルシル冷的さまとだったが、顔を上げる。

 するとそこには、生徒会室の前であることを示す教室表札プレートが。


 流石に、流知ルシルの行動も早かった。

 即座に身を低くして駆け出すと、そのへんの廊下の支柱の陰に身を隠す。



「ほらっ、冷的さまとさんもこちらに! 薫織かおりの戦闘に巻き込まれますわよ!」


「なんとーか、オマエも手慣れてるな……」



 呆れつつ、自衛手段を持たない冷的さまとも同様に支柱の陰に身を隠す。

 とはいえ、此処は既に敵地の近く。

 『生徒会』の人員に捕まってしまう可能性もあるので、警戒は忘れないでおく冷的さまとである。



(……こっちのお嬢様の方は、どーも警戒心とかそーゆーのが薄いみたいだしな……)



 自分がしっかりせねばなるまい。

 前世も含めればもう三〇歳になる大人の女性なのだから、と冷的さまとは自分を奮い立たせる。


 そう、覚悟を決めた瞬間だった。

 ゴガァアン!!!! と派手な音が、流知ルシル達の隠れている支柱の向こう側から響き渡った。

 何が起こったのか、を伺う必要すらない。隠れている支柱の陰からでも見えるように、『メガセンチピード』の残骸が転がってきたからだ。



「ど……どういうことですの!? もうちょっと暴れて混乱を誘うのではなくて? ついうっかり壊してしまいましたか!?」


「いいや。生徒会室の近くであまり暴れられても、厄介なのでね」



 答えたのは、薫織かおりではなかった。



「下手に物を壊される前に、私の方で処分させてもらったよ」



 代わりに聞こえてきたのは、鈴が転がるような少女の声。

 落ち着いた大人のような口調とは裏腹に、その声色は童女のように弾んでいる。

 それでいて声色からだけでも感じるくらいに、その声からは明らかな敵意が滲み出ていた。


 おそるおそる流知ルシルが顔を出すと──そこは凄まじい戦場だった。


 まず、『メガセンチピード』は粉々に砕けている。

 おそらく頭部の付け根あたりが起点となっているであろう破壊の痕は、まるで巨大な鉄球のような『何か』がめり込んだであろう事実を示唆している。

 それが一発ではなく、複数発。

 『メガセンチピード』の機体は完全に大破していたし、廊下にもその破壊の余波が及んでいた。



「か、薫織かおり──!」



 反射的に考えるのは、その破壊力が自身のメイドに向けられたのではという危惧。

 即座に薫織かおりの身を案じた流知ルシルだったが、その心配が杞憂であることはすぐに分かった。


 『メガセンチピード』から数メートル。

 廊下の壁際のところに、薫織かおりは無傷で佇んでいたからだ。


 そして──その彼女の視線の先。

 『メガセンチピード』の残骸たちが散らばる中心地点に、『そいつ』はいた。


 大空のような、スカイブルーの長髪。

 深海のような、エヴァーグリーンの瞳。

 口元は三日月のようにゆったりと笑みの形に伸び、佇まいからは余裕が滲み出ている。


 齢は、だいたい一七、八歳くらいだろうか。

 大人の女性と呼んでも相応しいほどに成熟した容姿だったが、どうにもその所作からは稚気じみた可愛げが滲み出ているようだった。


 旧式とはいえ、二〇メートル以上の巨体を一瞬にしてバラバラにしてみせたその張本人は。

 支柱の陰から顔を出した流知ルシル冷的さまとに対してウインクすらするほどに自然体だった。



「やぁやぁ、初めましてといったところかな。私はトレイシー=ピースヘイヴン。この学園の生徒会長、だが……」



 そいつの名は。




「『虎刺ありどおし看酔みよう』という名の方が、君達にとって重要度は高いかね?」

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