14 世界を諦めた者 >> CREATER "A" ②

 薫織かおりはアイスピックの着弾を確認すると、さらにその頭を踏みつけにして跳躍し、流知ルシル達の許へと即座に戻ってきた。

 離れたところで戦闘メイドの『ご奉仕』を見守っていた流知ルシルは、突然飛び跳ねて戻ってきた従者を驚きながらも出迎える。


 ただし。



「わっ、もう倒せましたの薫織かおり!?」


「まだだ。



 流知ルシルの間近に勢いよく着地した薫織かおりは、短く言ってから流知ルシルを見据える。



「という訳で。此処から先は、優雅な逃走劇の始まりだ」



 受け答えもそこそこに、言うだけ言って薫織かおりは二人を両肩で俵担ぎにして走り出してしまう。

 二人の腹のあたりを肩で支えて、お尻を前方に向けさせ、後ろ腰を手で抑えて担ぐ形である。

 必然、その体勢はお嬢様的に──というか少女的にも『美しくない』。



「きゃああああ!? 薫織かおり、お尻を突き出す格好はイヤですわ! お嬢様的にアウト!! せめてお姫様抱っこぉ!」


「文句があるなら自力で体勢変えるんだな。りィが、今は逃走こちらの都合を優先させてもらうぞ」


「今動こうものなら落っこちちゃいますわよぉぉおおおおおおおお!!」



 肩の上では阿鼻叫喚の様相を呈していたが、薫織かおりは取り合わない。

 メイドらしからぬ全力疾走で早々に『メガセンチピード』を撒いた薫織かおりは、適当な支柱の陰に二人を下ろす。


 少々の沈黙が続いた。

 真っ先に口を開いたのは、ギャアギャア騒いでいた流知ルシルではなく冷的さまとの方だった。



「……なんでわたしを庇った?」



 俯きがちにしながら、冷的さまとは何かに耐えるように二人に尋ねる。



「わたしは……わたしはオマエのことを襲ったのに。せっかく差し伸べてくれた手を払ったのに。

 シキガミクスだって今は壊れてて、利用価値もないんだぞ。まさかそんなことを一切気にしない底抜けのお人好しって訳でもあるまいし……!」


「あァ……、似たようなモンだが」



 混乱の坩堝の中で藻掻くような冷的さまとに対し、薫織かおりはあっさりと言った。

 そして、それ以上語る言葉は持たないとばかりに口を噤み、顎でしゃくって隣の流知ルシルに続きを促す。

 説明を引き継ぐように、流知ルシルは徐に口を開いた。



「……冷的さまとさん、『ズムプリ』はご存知でして?」


「え? いや……」


「『プリズムプリンセス』。わたくしが子どもの頃にやっていたアニメでしてよ。

 ……そのメインキャラの一人……『黒衛くろえ嶺亜レイア』という女の子ヒロインが、わたくし大好きだったのですわ」



 流知ルシルは何か遠くを見つめるようにして、



「意地悪で、口うるさくて、ちょっと捻くれてて……最初はなんて酷い子なんだって思ってましたけど、本当はとても心優しくて、そして誇り高くて……。

 そんなカッコイイ彼女に、子どもの頃のわたくしは憧れていましたの。まぁ、前世はだからどうというわけでもなくサクッと死んでしまったのですが」



 綺麗な憧れを持っていたからといって、それだけで何かが変わる訳ではない。

 憧れを胸に行動を起こさなければ、胸の中にしまっていた輝きは表に出ることなく、そのまま埋没していってしまう。

 彼女ルシルのかつての一生は、そんな形で終わっていた。


 だからこそ、と流知ルシルは言う。



「今世こそは、彼女を理想にして生きてみたいのです。色々と思うようにいかなかった前世ですけれど、今度こそは、あの人のように気高く心優しく生きてみたい、と。

 ……というわけなので! わたくしは自分の目指す自分に見合う行動をしているだけですので、べつに深い理由とかはなくってよ!」



 少しだけ照れくさそうに最後の方は語調を張り上げると、流知ルシルはそう言い切ってしまった。


 ただ、冷的さまとにだって流石に分かる。

 独力で『メガセンチピード』を叩き潰し、二人の非戦闘員を抱えて余裕をもって逃走が可能な強者メイドとはわけが違う。

 冷的さまとを相手に必死に逃げ回る程度の力しか持たないこの少女が、それでも理想を貫き通すことがどれほど難しいか。


 一度折れてしまった冷的さまとだからこそ、それが良く分かる。


 冷え切った冷的さまとの心に、暖かい何かが灯るようだった。

 単なる綺麗事ならば、こうは響かなかった。

 安全圏から告げられる理想論ならば、受け入れられなかった。

 実際に身の危険に晒され、己の無力を噛み締めてもなお理想を諦めず、そして誰かに手を伸ばすことが──この世界で、どれほど難しいことか。

 それを向けてもらえることが、どれほど救いになることか。


 かつて仲間に裏切られた冷的さまとだからこそ、それが良く分かる。



「…………ありが、と」



 気付けば、冷的さまとはくしゃくしゃに顔を歪めて、涙を流していた。

 『仲間』に裏切られた時に、涸れ果てたと思っていた涙だった。



「たすけてくれて……ありがとー……!!」


「……いいんですのよ。……というか、結局助けたのは薫織かおりですしね」


「あ? オレは『メイド』として、流知ルシルお嬢様が助けるって言ったから手ェ貸したんだ。そこはお嬢様のお陰で良いだろ、別に」



 ふいに話を振られた薫織かおりは、みなまで言わすなとばかりに手をひらひらと振る。


 二人の優しさに、冷的さまとはしばし静かに泣いていた。




   ◆ ◆ ◆




 ややあって。

 涙を拭った冷的さまとは気を取り直すと、周辺の気配を探って索敵中(メイドの職能で可能かは気にしてはいけない)の戦闘メイドに対して尋ねる。



「ところで……オマエ、何だったんだ、アレ?」



 冷的さまとの脳裏には、ピクリとも動かないまま視界の外へと消えてしまった『メガセンチピード』の姿が今もこびりついていた。

 その頭部には、何度見てもアイスピックが突き刺さっていた。戦闘中、虚空に突然現れたアイスピックが。


 だが、あの現象は何度考えてもおかしい。

 このメイドの『シキガミクス』の霊能は『身体の精密操作』のはずだ。

 ナイフの軌道を精密に調節したのも、蹴りでアイスピックを精密に突き刺したのも、この霊能があってのこと。

 あの常人離れした挙動は、そういうことでないと説明がつかないはず。


 だが、だとするとアイスピックを突然虚空に出現させた現象の理屈が分からない。

 霊能は、一人につき一つ。

 それを拡張運用している『シキガミクス』だって、一機につき一つまでしか能力を持つことができない。

 『身体の精密操作』が霊能の正体ならば、扱える霊能はそれ一つだけというのが揺るぎない道理ルールなのに。



「オマエの霊能は、肉体の精密操作なんじゃなかったのか……?」


「いや、それは単なるメイドの嗜みだ」



 なお、道理ルールは引っ込んだ。



「いや、嗜みってレベルじゃなかっただろーが!?」


「まァまァ落ち着け。人体は意外と限界を知らねェんだから」



 憤慨する冷的さまとだが、適当に言う薫織かおりのどうでもよさに押し流されて無理やり宥められてしまう。

 出来ちゃってるんだからしょうがないのだ。


 そうしてひと心地ついた冷的さまとに向かって謎解きをするように、戦闘メイドは腕を組みながら言う。



「そもそも、おかしいとは思わなかったか?」



 つまりは、己の霊能の秘密──その根幹についての情報を。



「最初の戦闘。オレは体の陰からナイフを取り出したが、それは本当にオレの懐から取り出したものだと確認したか?

 部室で目を離した隙にお茶会の準備が整っていたのは?

 『メガセンチピード』との戦闘の時にいつの間にかデッキブラシを取り出したのは?」


「…………、」



 言われてみれば、確かにおかしな点は幾つもあった。

 状況に翻弄されていた冷的さまとには、気付けなかったが。

 ──いや、冷的さまとが状況に翻弄されて気付けないように、このメイドが盤面をコントロールしていた、と言った方が正しいか。



オレの霊能は、『女中道具』……メイドの仕事道具の『取り寄せ』だ」



 たとえば、掃除の為のデッキブラシを取り出したり。

 たとえば、調理の為のナイフやアイスピックを取り出したり。

 たとえば、接客の為のティーセットや紅茶、お茶菓子を取り出したり。


 それらを総じて、『女中道具』。

 これを自在に取り出すのが、このコスプレメイドの持つ霊能である。



「つまるところ、『女中の心得ホーミーアーミー』。メイドらしいシキガミクスだろ?」


「ま、まー……」



 得意げに言う危険メイドに、冷的さまとは歯切れの悪い答えしか返せなかった。

 『家庭的な軍隊ホーミーアーミー』。

 メイドに結び付けるにはあまりにも物騒すぎる語彙だが、しかしこのメイドらしい名ではあった。

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