13 世界を諦めた者 >> CREATER "A" ①

 ──シキガミクス。


 それは最早、日本国民の生活に密接にかかわるものとなっている。

 そしてその種別は、まさしく千差万別。多種多様にわたっていた。


 冷的さまとが扱っていた皮剥上手ピーラージョーズのような、陰陽師固有の霊能をサポート・拡張するのが目的のシキガミクスだけではない。

 部室に置かれていた木製パソコンや木製プリンタのようななどは、陰陽術を修めた者ならば誰でも等しく扱うことができる。

 むしろこうしたシキガミクスこそが歴史の特異点となった『陰陽革命』の原動力であり、そして──



『こちらは「ウラノツカサ生徒会執行部」です。速やかに戦闘態勢を解除し、投降してください。

 指示に従わない場合、武力を以て鎮圧行動に移ります。その際に発生した負傷については、当執行部は一切保証いたしません』



 ──木造りの大百足。

 怪異を模した『模造妖怪ロボット』もまた、そうした歴史の特異点を生み出したシキガミクスの一種だった。



「わわっ、動き始めましたわよ薫織かおり! わたくし達はどうすれば!?」


「下がってな。後ろで従者の戦いを見守るのが、主人の役目ってモンだ」



 『メガセンチピード』を前にしながら、薫織かおりはそう言ってデッキブラシを構える。


 『ウラノツカサ』の廊下全体を埋め尽くさんばかりに蠢く『メガセンチピード』は、その敵対行動を以て完全に優先対象を薫織かおりに変更したらしかった。

 ギギ、と機械仕掛けの関節が虫が蠢くような耳障りな音を立てながら、薫織かおりの方へ向き直る。


 おそらく全長にして二〇メートル程度はある体躯を持ち上げたその姿は、最早百足というよりも神話に現れるような大蛇や邪竜のそれにも近しい威容を誇っていた。

 その一連の動きを見ていた戦闘メイドは、すぐに動けるよう身を低く屈める。


 戦端を切ったのは、『メガセンチピード』の方だった。



『投降の意志なしと判断。鎮圧します』



 グオォ!! と持ち上げた上体だけで、高さは五メートルほどか。

 それを鞭のようにしならせた『メガセンチピード』は、まるで持ち手が一人しかいない大縄跳びの縄のように地面を掬い上げる軌道でひと薙ぎにする。


 ──『ウラノツカサ』の廊下は道幅が一〇メートル強、天井までの高さが五メートルある非常に広々としたつくりだ。

 だが、体長二〇メートルほどもある『メガセンチピード』がその胴体を使って目の前をひと薙ぎにすれば、どれだけ広かろうが関係ない。

 ただそれだけで、陰陽師だろうとなんだろうと戦闘不能にする、圧倒的質量。


 それに対し薫織かおりは──



 たん、と軽い音を立てて跳躍し、致命の一撃を容易く回避した。

 人間の領域を、遥かに超えた機動力で。



(あのメイドの異常な身体能力……『着用型』に違いないぞ。たぶん、あの目立つメイド服そのものがシキガミクスなんだ!!

 それなら、あのコスプレも納得……いや納得できないけど……)



 とはいえ、あの身体能力にも限度はあるだろう、と冷的さまとは予測する。

 攻撃を回避したあたり、おそらく真正面からは撃ち合えないとか、そのくらいの限界があるはずだ。

 鮮やかな回避を見せた戦闘メイドだが、それを後方から見守っていた冷的さまとは心配そうに声を上げた。



「マズイんだぞ! 『メガセンチピード』のヤツ、っ! 空中に逃げたオマエを叩くつもりだぞ!」



 空中。


 身動きが取れない薫織かおりに、何もない空間を薙いで頭を低くした姿勢の『メガセンチピード』の頭部センサが焦点を合わせる。

 『メガセンチピード』が攻撃に使ったのは、頭側の体躯五メートルほど。全長を二〇メートル程度とした場合──残り一五メートルは、すぐにでも動ける待機状態ということになる。


 即ち。


 



(何となくだけど……分かってきたんだぞ! あのメイドの霊能は、おそらく身体の精密操作! わたしを追い詰めたあのナイフも、霊能で精密に回転を調整していたに違いないぞ!)



 ただ、それが霊能なのだとしたら、薫織かおりの現在の状態は非常に厳しい。

 先ほど薫織かおりは『メガセンチピード』の一撃を叩いて逸らした。

 しかし、あれは地に足をつけた状態で、なおかつ冷的さまとに向けた攻撃を横から逸らしただけだ。


 踏ん張りの効かない空中で、しかも自分自身を狙った一撃。

 仮に薫織かおりのシキガミクスが『メガセンチピード』と同等の膂力を持っていたとしても、どう考えたって力負けする状況だ。

 薫織かおりの霊能が単なる『精密動作』であれば、そもそも霊能を活かすどころの話ではなくなってくる。



(クソっ! 旧型の『メガセンチピード』くらい、皮剥上手ピーラージョーズが健在だったら手助けできるのに……!)



 ドヒュ!!!! と。


 まるで矢のような速度で、『メガセンチピード』の尾に当たる部分が突き出された。

 実在の百足同様に鋭く伸びた脚を備えた尾部の一撃は、食らえば貫通は免れないだろう。


 対して、薙ぎの一撃を跳躍して回避した直後の薫織かおりは空中にいて、それ以上攻撃を回避するようなことは──



「や、やめてくれェ!!」



冷的さまとさん。……ウチのメイドを、あまり甘く見ないことですわ」



 焦る冷的さまとを窘めるように、流知ルシルが落ち着き払って宣言した直後。

 ゴガンッ!! と。


 


 別にさしたるトリックがあったわけではない。

 ただ、手に持ったデッキブラシを振り下ろしただけ。

 ただそれだけのアクションが、全長二〇メートルにも及ぶ巨躯との肉弾戦にも打ち勝てる──

 ──ただそれだけのこと。



(……って、ことは……最初から、この盤面に『メガセンチピード』を誘導する為の…………!?)



 その事実を『メガセンチピード』の判断能力に悟らせない為の、あえての跳躍。

 『メガセンチピード』も冷的さまとも、まんまと薫織かおりの誘いに乗せられたにすぎない。



「そもそも。旧型の『メガセンチピード』ごときに力負けするようなシキガミクスで、一〇年以上も民間で陰陽師をやっていける訳がありませんもの」


「じゅ、みん、え……?」


必殺女中リーサルメイドは伊達じゃない、ということですわ」



 はたき落とされた『メガセンチピード』の尾部は、そのまま頭部に勢いよく叩きつけられる。

 司令塔たる頭部への衝撃で一瞬行動が停止した隙を、百戦錬磨のメイドは見逃さなかった。



「『メイド百手ひゃくしゅ』──」



 その手にあったデッキブラシが──突如として、消失する。

 代わりに次の瞬間には、空中で振りかぶられたメイドの足先の空間に、一本のアイスピックが



「あ、れ? 足……? アイスピック……??」



 一部始終を眺めていた冷的さまとが茫然として呟いたのも束の間。


 薫織かおりの足が、勢いよく振りぬかれる。

 



「──『曲芸奉仕アトロイドサービス』!!」



 ズガン!! と。


 蹴り飛ばされたアイスピックが、寸分違わず『メガセンチピード』の脳天に突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る