11 ご奉仕の時間 >> FIRST ORDER ③

「……さて、それじゃあこれからのことについて話そうか」



 そんな二人を微笑ましそうに眺めつつ、嵐殿らしでんは次の話題を語り始める。



「とりあえず、流知ルシルちゃんの為にもデマの流布を止めるのは前提として。

 問題は生徒会長の狙いだ。虎刺ありどおし看酔みようを前世から知る者としては、アイツがここまでする裏には絶対に何かの『計画』が動いてるはずだと思うんだよな」


「……『計画』ですの?」


「そそ。アイツ、前世から企み事大好きだったからな。絶対に、何かしらの『計画』があるはずだ。だから、それを知っておきたい」



 まるで世間話でもするみたいに言って、嵐殿らしでんは腕を組む。

 ずしん、と両腕で大きな胸を押し上げるような態勢をとった嵐殿らしでんは、さらに続けて、



「具体的には、トレイシー=ピースヘイヴンの側近レベルの『生徒会』役員の頭脳を確保できれば最高だ」



 なんてことを、しれっと言い始めた。



「頭脳を確保……そ、それってもしかして、拉致ってこと!? そんなこと本当にできますの……?」


「まぁ、できるかどうかで言えば余裕だろうが……」



 実現性にすら想像が及ばない一般お嬢様とは対照的に、先ほどしれっと転生者を完封した戦闘メイドは渋々といった感じで首筋に手を当てて、



「だが、気は進まねェな」



 そう断言した。

 方法の実現性を認めた上で──なお、矜持メイドゆえにその方法は選ばない、と。

 強固な意志を瞳に浮かべながら、決意のメイドはやる気なさげに言う。



「捕まえて尋問するってことだろ? そいつはご主人様コイツ好みのやり方じゃねェ。


「あー、違う違う。流石にそこまで手段を選ばないつもりもないさ」



 吐き捨てるように言う薫織かおりに、嵐殿らしでんは慌てて手を振って否定する。



。俺のシキガミクスはもできるわけ。だから拉致までする必要はなくて……対象に触れるだけで問題ない。それならどう?」


「……なるほど」



 『詳しい内容は企業秘密だから、二人にも教えられないけどね』──と嘯きながらの嵐殿らしでんの提案に、薫織かおりは考えながら頷いた。


 拉致ではなく、接触。

 薫織かおり嵐殿らしでんのシキガミクスは一度も見たことがないが、おそらくその応用で相手の思考なり知識なりを読み取ることができるということなのだろう。



「それじゃ、生徒会室に乗り込むか? 陽動が要るだろ」


「陽動もメイドのやることではありませんわよね?」



 一転して乗り気になる戦闘メイド。

 ニヤリと笑っているところにツッコミを入れる流知ルシルだったが、乗り込み志願メイドはこれを完全にスルーしていた。

 ご主人様として、いつかメイドの職分についてちゃんと話し合いたいと思う流知ルシルであった。



「あ、あの~。イラストレーター・オオカミシブキの名前を使って対抗の噂を流すのは駄目ですの?」



 仕方がないので、流知ルシルは遠慮がちに手を挙げながら話し始める。



「何も、相手の計画を全部知る必要はないと思いますの。というかその為に生徒会室に乗り込むとか危なすぎるし……。

 たとえば、噂を書き換えてしまえば相手の計画は狂いますわよね? それでも目的は果たせるのではなくて?

 何も生徒会室に乗り込まなくても……」


「お前は戦闘の危険を避けたいだけだろ」


「ど、どうですのっ!?」


「うーん、難しいだろうねえ」



 流知ルシルの提案に対し、嵐殿らしでんから帰ってきたのはやんわりとした否定だった。



「向こうの方が噂の流布に割ける人員も、使用しているネームバリューも上だ。

 下手をすれば、『嵐殿らしでん柚香ゆずかがオオカミシブキというのはデマ』という形でこちらの手札まで潰されかねない」


「…………じゃ~やっぱり乗り込むしかありませんわね~……」



 肩を落としながら、流知ルシルは観念したように溜息を吐く。



「……いや、別に流知ルシルお嬢様はついて来なくていいんだぞ? 何なら事が片付くまでオレの部屋に避難しておけば、オレの妹もいるし安全だろ」


「それじゃ薫織かおりの妹さんを頼っているみたいで情けないじゃありませんの! わたくしだってアナタのご主人様なのですから、メイドが陽動に行くのなら付き添いますわよ~……」


「アイツ、だから気にしなくていいんだが……」



 本当に渋々という形ではあるが、流知ルシルの方はもう自分から行かないという選択肢を排除しているようである。妙なところで律儀な少女だった。


 ともあれ、方針は固まった。


 薫織かおり流知ルシルが陽動の為に生徒会室へ向かい、その混乱に乗じて嵐殿らしでんがピースヘイヴンの腹心から情報を奪う。

 それによってピースヘイヴンが『原作者』としてのネームバリューを利用してデマを流してまで進めたがっていた『計画』を暴く。


 その為に、各々が行動を開始しようとした矢先。



「うわァァあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」



 と、少々色気のない少女の悲鳴が、廊下から響いてくる。

 薫織かおりが即座に部室の扉を開けると、『それ』はすぐに見えた。



 部室から、一〇〇メートルほど先。

 そこにいたのは、地下鉄のホームのようなだだっ広い廊下ですらも窮屈さを感じさせるような体躯の、巨大な百足だった。


 いいや。


 より正確には、巨大な百足の妖怪『大百足』──である。

 黒光りする光沢と、大量に伸びる鋭い脚。

 生物的な動きは、機体に刻まれた『MM-Mega_Centipede』というロゴがなければ、本当に異形の化け物にしか見えないかもしれない。


 まるで、怪異と見紛うような機械。

 それが、今まさに少女に向かって襲い掛かろうとしていた。

 ただし、別に異常事態というわけではない。

 それを証明するように、人工の大百足はその機体から自動音声らしき感情を感じさせない言葉を発する。



『こちらは「ウラノツカサ生徒会執行部」です。シキガミクスによる暴行事件の容疑者として、生徒会室まで同行を願います』



 その機体の名は、『シキガミクス・メガセンチピード』。


 『生徒会』が所有するの一機で、怪異・大百足をモチーフにした『ミスティックミメティクス』シリーズの一つである。

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