10 ご奉仕の時間 >> FIRST ORDER ②

「はえ? どういう……、」


「遠慮しておく。わたしなんかを誘ってくれたのは嬉しいんだぞ。でも……わたしには要らないから」



 静かに言って、冷的さまとは立ち上がる。


 しかし、流知ルシルとしては納得ができない。

 彼女の言う通り百鬼夜行カタストロフについては策があるのだ。仲間は多いに越したことはないし、冷的さまとにしたって『シキガミクス』を失っている以上身を寄せる場所は必要なはずである。


 なおも言い募ろうと立ち上がり、



「どうしてですの? まだ襲撃のことを気にしているならどうかお気になさらずに! 本当にわたくしは気にしていませんし……それに、そんなことよりも今は互いに協力し合うことの方が、」


「うるさいなぁ!!」



 一喝するような冷的さまとの叫びで、その言葉は強制的に止められてしまった。



「あ……、も、申し訳、」


「要らないって言ってるだろ!! 今更!!!! 『仲間』なんてものっ!!」



 泣き叫ぶようにそう言い放った後、我に返ったのか冷的さまとはすぐさまハッとした表情になる。

 一瞬の間があった。

 しかし冷的さまとはその表情をすぐさま苦渋に歪めると、流知ルシルが何か言い返す前に走り去って行ってしまった。



「あっ! 冷的さまとさん!」


「行かせとけ」



 反射的に呼び止めようとした流知ルシルを、薫織かおりは声を上げて制止した。



「あのサメガキにも事情があんだろ。


「…………、」



 どこかズレたところこそあったが、冷的さまとは決して根っからの悪人というわけではなかった。

 ──というより、転生者というのは大抵がそうだ。

 平和な社会で人格形成を済ませた転生者は、根っからの悪人など滅多にいないし、何もなければ大それたことなどできない。


 そんな彼女が見ず知らずの人間を襲うなんて凶行に出たということは、必然的にそれ相応の悲劇があったはずだ。

 ──それこそ。

 が。




   ◆ ◆ ◆




「……



 冷的さまとが走り去った後の部室にて。

 嵐殿らしでんは先ほどまでとは打って変わった態度で切り出した。



「……毎度思うが、その変わり身どうにかなんねェのか」



 げんなりした表情で、薫織かおりがぼやく。



 『シキガミクス・レヴォリューション』のイラストレーター・オオカミシブキの性別は、純然たる男性だった。


 心と身体の性別が一致していないということもなく、心も身体も男性である。

 そして今世においても、嵐殿らしでんは身体こそ女性であるものの、性自認は変わらず男であった。

 当然というべきか、先ほどまでの嵐殿らしでんの態度は『おふざけ』であり──こちらの方が『素』だ。

 こんな『素』なのにあんな『おふざけ』をしているからこそ、余計に異常なのだが。



「『これ』も大事な息抜きなのよん♪ なんならエンドレスでコッチでもお姉さんでいいけどな~」


「んで、サメ子のことって?」



 即座にしなを作って言う嵐殿らしでんのことは無視して、メイドはさっさと話を前に進める。

 嵐殿らしでんもさらっと元の調子に戻って、



冷的さまと静夏しずかは、数日前に所属していた部から退部しててな」



 頬杖を突きながら、嵐殿らしでんは軽く語る。

 それは、薫織かおり達と合流する前に調べた『霊威簒奪』のデマ拡散ルートの調査の中で浮かび上がった内容だった。



「『B級映画研究部』。俺達と同じように、趣味に邁進しつつ──世界の現状を憂いて対策を練る、そんな部だったようだ」



 すっかりぬるくなった紅茶を口に運びながら、嵐殿らしでんは続けて、



「……崩壊のきっかけは、部長の乱心だったと聞いている。『霊威簒奪』のデマに乗せられた部長が、部員達を襲った。

 その後は部員同士のサバイバルだ。勝ち残ったのは冷的さまとちゃんだけだった。あとは全員保健棟びょういん送りという訳」


「そ、それって……!」


「ああ。『

 ……すまんね。どこかでそれとなく教えてあげられていれば、ああは拗れなかったんだが」



 嵐殿らしでんは申し訳なさそうに目を細めて、



「ともかく、彼女は信じる仲間達に裏切られてってこと。

 そして信じていた絆の瓦解と引き換えに入手した情報……デマを疑うことは心情的には無理だよなぁ」



 『霊威簒奪』。


 陰陽師を倒すことで、その霊気を己のものにして能力を強化できる『裏設定』。

 その情報が引き起こすのは、即ち陰陽師同士の私闘の散発である。

 そこに『草薙剣』の不在による慢性的な治安の悪化が重なれば──冷的さまとの例のような『かつての仲間同士による裏切り』は当然発生しうる。


 そして人間心理として、自分の大切なものと引き換えにして得た情報は

 つまり、疑うという発想自体を自分から排除してしまう。


 『霊威簒奪』の急速なデマ拡散には、そうした事情があるのかもしれない。



 ──そしてそんな情報に翻弄されて『仲間』を失い、そうして世界に絶望した人間にとって、流知ルシルの提案はまさしく傷口に塩を塗り込むような痛みを伴っていたのではないか。



「そ、そんなの……! じゃあ、が言ったことは……!」


「お嬢様は別に悪かねェだろ」



 メイドは冷的さまとの分の食器を片付けながら適当そうに言って、



「お前は『仲間を増やしてェ』っていう当然の理屈に従って相応の提案をしただけ。アイツはアイツで事情があって交渉は決裂した。そこに誰の落ち度もねェよ」


「ま、諸悪の根源はデマをばら撒いた生徒会長だしな。いや~、あの原作者野郎、随分悪辣な手を使うもんだわ~」



 けろりと言う嵐殿らしでんだったが、流知ルシルは押し黙って俯いてしまう。


 彼女の痛みは。

 それを無神経にほじくり返したという失点は、『行き違い』なんて言葉で納得できるような重みではなかったはずだ。


 だって、彼女は叫んだ後すぐに自らの行いを省みた。

 衝動的な叫びがどんな影響を周囲に齎すかを理解していて、それでも手を取るという選択肢を選び取れなかった。それほどの痛みだったのだ。


 ──なら、そんな痛みを押し付けた自分には相応の責任がある。

 流知ルシルは、そう思っていた。

 彼女は、そう思うことができる少女だった。



「……まァ、そんな理屈で納得する程度の善性タマじゃねェことは分かっているが」



 だから。

 俯く流知ルシルとは対照的に、メイドの方はあっさりとした調子だった。



「アイツには色々と考えを纏める時間が必要ってことだ。お前のお節介癖は知っているが……ちょっかいかけるにしても、アイツの気持ちが落ち着いてからにしな」


「…………うん、分かった。……分かりましたわ」



 ぽん、と宥めるように頭を撫でられながら、流知ルシルは噛み締めるように頷く。

 一秒後には、流知ルシルはすっかり元の調子で前を見据えていた。

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