09 ご奉仕の時間 >> FIRST ORDER ①

「……それで」



 カチャリ、と。


 木製のスクールチェアに腰かけた冷的さまとは、手に持った白い陶器製のティーカップをゆっくりと学習机の上のソーサーに置く。

 学習机、のはずだった。

 『はずだった』というのは、その天板には真っ白いテーブルクロスが敷かれており、学習机の要素は傍から見たらテーブルクロスから伸びるパイプの足しかないという意味だが──



「なんなんだよ、この状況っ!?」



 冷的さまとのツッコミが、その『部室』の中で空しく響く。


 流知ルシル嵐殿らしでんもこの状況には慣れ切ってしまっているのか、優雅にお紅茶を楽しむのみ。

 傍でしれっと給仕をしているコスプレメイドだけが、我関せずとばかりにテキパキ働いていた。



 ──現在地、ライトノベルイラストレーション研究部・部室。


 『立ち話もなんだから~』という嵐殿らしでんの提案により、冷的さまとも含め四人で部室に入ったのだが──

 『イラストレーション』研究部と銘打たれている割には、五台ほどのパソコンとプリンタがあるだけの殺風景な室内には、明らかに場違いなヴィクトリア朝的エッセンスの装飾が散りばめられていた。

 まぁそれは十中八九このガラの悪いメイドの趣向なのだが、問題はそこではない。



「このテーブルクロスとかっ、ティーカップとかっ! さっきまでなかったんだぞ!? どっから出てきたのこれ!?」


「それはちょっとそのへんから」


「収納上手かっ!?」



 当然ながら、部室にはお茶会セットがしまえるような収納スペースはない。

 なおも食い下がる冷的さまとだが、どうやら薫織かおりの方はこの一連の流れを完全にギャグとして処理するつもりらしい。

 しかもちょっと目を離した隙に、テーブルの上にはなんともおいしそうなお茶菓子が配置されていた。無駄に完璧な仕事であった。


 ──冷的さまと、ツッコミを諦める。



「……さて、話を戻そう。『生徒会長』がデマの出どころってことは、冷的さまとの情報源も生徒会そこか?」


「もぐ。いや、わたしに『生徒会』の知り合いはいないぞ。

 わたしに『霊威簒奪』の情報を……ヤツは確信を持って断言してたけど、『生徒会』かどーかは……正直……」



 冷的さまとはそう言って、食べかけのクッキーに視線を落とした。

 給仕は一人だけ部屋の隅に佇みながら、あえてそこには触れず、話を逸らすように言う。



「にしても、まさかデマの出所が生徒会長本人とはな。確かな情報なのか? それ」


「ええ。複数の生徒会役員からの証言を入手済みよ~」



 ──元々、『生徒会』という組織はただのモブに過ぎなかった。


 『シキガミクス・レヴォリューション』において、基本的に勢力争いは『部活』単位で行われていた。

 例外は、あらゆる部活勢力に与しない『主人公』達くらいのものだった。


 さらに作中で陰謀を張り巡らせるのも生徒ではなく教師が主となっているという事情もあり、『原作』でも委員会や生徒会といった『学校主導の生徒組織』の名前が出てくることはほぼない。

 精々、サブキャラクターの設定に組み込まれている程度だ。


 『生徒会』もそんな程度の組織だったはずなのだが──転生者が溢れたこの世界においては、『ウラノツカサ』でも最大の生徒組織ということになっていた。


 そしてその長が、トレイシー=ピースヘイヴン。

 ──当然ながら、この名前が『原作』に登場したということも一度たりとも存在していない。



「…………本当の本当に、会長は原作者なのか?」



 冷的さまとが、おそるおそる問い返す。


 ピースヘイヴンが『原作者』というのは、転生者の間では有名な話だった。

 というのも、本人が原作者であることを吹聴しており、そして実際にそうとしか思えないほどに卓抜した陰陽術の腕前を持っているのだ。


 『原作』に関する情報が、『生徒会』を出どころに広まっている。

 であれば、そこに『原作者』かつ『生徒会長』であるピースヘイヴンが関わっていないという方が不自然だろう。



「間違いなく、トレイシー=ピースヘイヴンの正体は虎刺看酔ねぇ。むか~し、本人と直接話したことがあるから。これは確実よ~」



 顔色を伺うように問いかけた冷的さまとに、嵐殿らしでんはきっぱりと答える。

 その答えを聞いて、冷的さまとは静かに項垂れた。


 無理もない。

 本来であれば最も信頼できる情報源であるはずの原作者が率先してデマ情報の流布に関わっているとあれば、最早検証していない『裏設定』の情報など何も信用できなくなってしまう。


 ──いいや、それだけではない。

 『原作者』がデマを流布しているという事実。これも、考えてみればかなり深刻な情報だった。

 明らかに原作者自身が転生者に向けて『悪意』を以て混乱を齎そうと動いているのである。

 ただでさえ絶望的な情勢なのに、さらに希望が失われたような気分になるのも、仕方がない。



「……ま、アレもアレでまだこの世界のことを諦めてはいないはずだけど……。

 でも、なーんでよりによって自分の作品についてのデマ情報なんて流すのかしらね~」



 嵐殿らしでんは頬に手をあててぼやきつつ、もう片方の手でお茶請けのクッキーをつまんだ。



「……問題は、『生徒会』から流れたデマのせいでウチの流知ルシルちゃんが襲われてるってことよね~。

 まだ連休前だっていうのに、冷的さまとちゃんで三人目。このままじゃ薫織かおりちゃんでも捌き切れなくなる……というか」



 クッキーをつまんだ嵐殿らしでんは、それを両手の指で挟みなおして半分に割る。



流知ルシルちゃん以外の被害者のことも考えると、今度は報復やら予防攻撃やらで、学園全体を巻き込んだ暴動が起きちゃうんじゃないかしら~ん?」



 もしそうなれば、当然学園はバラバラになってしまうだろう。今まさに割られたクッキーのように。



「ヒエ…………」



 至極殺伐とした嵐殿らしでんの予測に、流知ルシルは青い顔をする。


 もしそうなれば、もう世界滅亡の危機を阻止するどころの話ではない。

 『原作』が本格開始する時系列に到達する前に生徒の暴動で学園が本格的な無法地帯になり、いよいよこの世はどうにかなってしまうだろう。

 メイドは不安そうにしている流知ルシルを横目に見遣り、



「気にすんなよ。。それに、策が不発シクっても最悪お嬢様の命だけは護れる準備はしてるし」


「わたくしだけじゃ困りますのよ!」


「……、……まァ、そりゃそうだけどな」



 気軽そうに言う薫織かおりだったが、逆に憤慨したように返す流知ルシルに言われてバツが悪そうに視線を逸らした。

 一連のやりとりに含まれた文脈を知らない冷的さまとは当然首を傾げる。それに気付いた流知ルシルはパンと手を叩いて、



「そうですわ! 無事に冷的さまとさんとも和解できたことですし、この機にアナタも一緒にこの『ライ研』に所属しませんこと?

 わたくし達としても仲間が増えるのは大歓迎ですし!」



 そう、朗らかに提案した。

 流知ルシル冷的さまとが返答するよりも先に続けて、



「ああ、ご心配なさらずに。薫織かおりが言っていたように、わたくし達も百鬼夜行カタストロフに対して無策というわけではなくてよ。

 実はわたくしの──」


「遠慮しておくよ」



 そこで。

 ぽつりと、しかし断ち切るような鋭さで、冷的さまとは言葉を差し挟んだ。

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