08 世界を諦めない者 >> CREATER "B" ③
「デマぁッ!?」
────先程気絶させられた筈のサメ少女だった。
麻縄でぐるぐる巻きにされた状態のサメ少女は、一瞬間が空いてから自分の状況に気付く。
つまるところ、気絶から復帰していたがあえて黙って情報を得ようとしていたという魂胆がバレてしまった──という状況に、だ。
世にも気まずそうな表情で再度黙ったサメ少女に対し、
「えっ……もう意識を取り戻してましたの!?」
「あらん?
謀反メイドはむしろ気付いていなかったのかとばかりに呆れた表情で
いやだわ、と頬に手を当てる
「か、カマってことは……!」
「あっ、
「……っ、なんで……なんでそんなことが分かるんだぞっ!! 『霊威簒奪』は……『裏設定』の情報は確かなスジから仕入れたんだぞ!! デマなはずないんだぞ!!」
麻縄でぐるぐる巻きにされているにも拘らず、サメ少女は吠えた。
それに対し、
「なんでって……それはね~、あなたみたいなおバカ~なコを返り討ちにした後、拘束して首絞めて気絶させては目覚めさせて首絞めて気絶させて~をざっと一〇〇回以上は繰り返したけど、ま~ったく目に見えた変化がなかったからよん♪
信じられないならあなたでも試してあげよっか、冷的静夏ちゃん?」
じいっと目を見据えられたサメ少女には、すぐに分かった。
温和そうに細められた目の奥にある、その瞳は。
一切、笑っていない。
「…………!?」
言っていなかったはずの名を言い当てられ、思わず息を呑んだサメ少女──
「な~んてウ~ソよう! イヤねぇ、お姉さんも流石にそんな酷いことできないわよん!」
「た、た、性質悪い冗談だぞ、オマエ……」
「ま、まぁまぁまぁまぁ! 師匠もそのへんにして差し上げて!」
ぷるぷると震え始める
すると
「んも~、悪かったわよぉ。怖かった? ごめんなさいねぇ、弟子を襲われたから仕返しに、ちょっと怖がらせちゃおっかなって茶目っ気よ~!」
オホホ、と嘯きながら
「……ま、ホントのことを言えば、デマだっていうのは最初から分かってたの。だってお姉さん、『シキガミクス・レヴォリューション』原作のイラスト担当、オオカミシブキ先生だも~ん」
──そう、あっさりと言った。
『シキガミクス・レヴォリューション』イラスト担当、オオカミシブキ。
『シキガミクス・レヴォリューション』のキャラクターデザインからメカデザイン、果ては都市などの背景デザインまで担当していたという化け物じみたイラストレーターである。
非常に多作な人物で、『シキガミクス・レヴォリューション』以外にもイラスト系SNSで掲載していたイラストや短編漫画などをまとめて定期的に商業出版するような人気クリエイターだった。
『シキガミクス・レヴォリューション』原作者──
生活能力のない虎刺をサポートする為に殆ど同棲状態で生活をしていたとか、『シキガミクス・レヴォリューション』の印税で得た虎刺の莫大な資産の管理を一手に取り仕切っていたりとか──。
とかくエピソードに事欠かない人物で、そのエピソードの一つに『シキガミクス・レヴォリューション』の設定を非公開のものに至るまで聞かされている、というものもあった。
──『ライトノベルイラストレーション研究部』。
つまりは、そういうことである。
「だから、お姉さんは『シキガミクス・レヴォリューション』の設定なら裏設定までバッチリ把握してるの~。……『霊威簒奪』なんて事象は、その中には存在していない。絶対にね」
そこだけは、
しかしその表情はすぐにへにゃりと柔らかくなり、また元の調子に戻って話の続きを始める。
「調査してたっていうのは情報の真偽じゃなくて、デマ情報の出どころなのねん。
「そ、そんなぁ……」
平然と言う
彼女も、『シキガミクス・レヴォリューション』という『悲劇に抗う物語』を愛した読者の一人だ。
できることなら、『草薙剣』の紛失という世界の危機に正攻法で立ち向かいたかった。
しかし──そんなことは、現実的に無理だ。
通常の手法では作成することのできない『草薙剣』でしか阻止することができない
にも拘らず、肝心の『草薙剣』は存在せず、タイムリミットである『原作』のスタートは数日後にまで迫ってきている。
……この状況で、ウラノツカサの転生者達は『霊威簒奪』によって自分の実力を高める動きしかしていない。
世界に見切りをつけるには、十分すぎる状況と言えるだろう。
だから彼女は、
つまり彼女は言うなれば、自分と誰かを天秤にかけて、どうせ世界が壊れるならと仕方がなく自分を優先したに過ぎない。
その根拠となる『裏設定』がデマだったとなれば。
それはもう、無意味に誰かのことを傷つけただけである。
自分を救ってくれるはずの方策が実は存在していなかったという絶望もさることながら──成果が得られなかったことで改めて『誰かを一方的に傷つけようとした』事実が、背に圧し掛かる。
その罪の意識を感じることができる程度に、
──そのまともな少女が道を踏み外すのが、この世界の現状だった。
「そこで罪悪感を覚えられるんなら、まだ救いようはあるだろ」
そんな
「……い、いーのか? 急に襲い掛かった上に追いかけまわして、けっこー本気で攻撃したのに」
「
「
「……そうか? 気にしてねェって言ってるつもりなんだが」
「
「……む……」
指摘されて、コワモテメイドは自らの顔を指先で揉む。
そうしていると美少女らしい可愛げがあるもので──
平和な光景だ。
……そして
色々と理由をつけてはいたが、本質はそこだ。
──しばし気まずそうに視線を彷徨わせた後で、
「その……、……ごめんなさい。勘違いで襲って……、いや、そもそも襲ったこと……」
「終わった話ですわ。それに……アナタとお友達になれたと思えば、アレも良縁の始まりでしょう。……ね?」
項垂れながらもか細い声で詫びた
本当に、それだけで良かった。
たったのこれだけで、全ての禍根を水に流し──ただ目の前の少女との出会いを
それが、
「……それで! デマの出どころって結局どこだったんですの? 師匠」
少し湿っぽい沈黙が流れかけたところで、
一部始終を楽しそうに眺めていた
「まず、この噂って妙な点があるのよねぇ」
と、徐に話し始めた。
「『裏設定を発見した』。これ自体はまぁいいわ。でも、その検証はどうやってやったのかしらん? 霊力の増減なんて見た目では分からないじゃない。だから裏設定なんて理屈が通ったんだし」
「…………あ、確かに」
言われて、まんまとデマに引っかかっていた
『勝敗によって霊気に変動が発生した』という情報が事実だとして、そんなものを感知できるような人間はほぼいない。
この情報自体、その確認の難しさを利用して広められている節がある。
だが一方で、転生者達だってただのバカというわけではない。
むしろその多くは前世である程度の人生経験を積み、多少の賢しさを備えた人間である。
検証ができないということは、目に見える根拠がないということだ。
いかに
──答えは、否。
おそらく、個人個人に何かしらの『信じるに足る理由』があったはずだ。
たとえば、情報源が個人的に信頼できる相手だったとか。
もしも信頼を置く相手から伝えられた情報だった場合は、根拠がなくても信じてしまうかもしれない。
では、
さらにその『誰か』は、どこから情報を仕入れたのか?
そうして大元を辿っていけば、おのずと答えは見えてくる。
「その前提を考えた時点で、ある程度アタリはついてたんだけどね~。調べてみたら、案の定だったわよん♪ デマの出所、その名は…………」
そこまで言って、
「……『生徒会執行部』」
ウラノツカサ生徒会執行部、通称『生徒会』。
それは『原作』には存在しない、学内最大の組織だ。
その正体は、未確認の者も合わせれば総勢二〇〇人程度の転生者がいるという『ウラノツカサ』において──実に五〇人以上にも及ぶ転生者の構成員を誇る巨大組織である。
実質的に学園の運営を支配しているこの組織の長には、こんな噂がまことしやかに囁かれていた。
──噂に曰く。
「『生徒会長』、トレイシー=ピースヘイヴン」
『生徒会長の正体は、「シキガミクス・レヴォリューション」の原作者である』、と。
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