08 世界を諦めない者 >> CREATER "B" ③

「デマぁッ!?」



 嵐殿らしでんの台詞に一番リアクションを示したのは、薫織かおりでも流知ルシルでもなく──

 ────先程気絶させられた筈のサメ少女だった。


 麻縄でぐるぐる巻きにされた状態のサメ少女は、一瞬間が空いてから自分の状況に気付く。

 つまるところ、気絶から復帰していたがあえて黙って情報を得ようとしていたという魂胆がバレてしまった──という状況に、だ。


 世にも気まずそうな表情で再度黙ったサメ少女に対し、流知ルシルが目を丸くする。



「えっ……もう意識を取り戻してましたの!?」


「あらん? 流知ルシルちゃんてば気付いてなかったの? 薫織かおりちゃんの様子からしててっきりカマをかける流れかとばっかり~……」



 嵐殿らしでんの言葉を聞いて、流知ルシルは唖然としたまま傍らに立つメイドに視線を向ける。

 謀反メイドはむしろ気付いていなかったのかとばかりに呆れた表情で流知ルシルのことを見ていた。


 いやだわ、と頬に手を当てる嵐殿らしでんに、開き直ったサメ少女が拘束されたまま言い募る。



「か、カマってことは……!」


「あっ、情報の真偽についてそっちは事実よん♪ カマって言ったのは、アナタの狸寝入りに対してのコト☆」


「……っ、なんで……なんでそんなことが分かるんだぞっ!! 『霊威簒奪』は……『裏設定』の情報はんだぞ!! デマなはずないんだぞ!!」



 麻縄でぐるぐる巻きにされているにも拘らず、サメ少女は吠えた。

 それに対し、嵐殿らしでんはにっこりと眼を細めたまま、そっと倒れた状態のサメ少女を座った体勢にしてやりつつ、



「なんでって……それはね~、あなたみたいなおバカ~なコを返り討ちにした後、拘束して首絞めて気絶させては目覚めさせて首絞めて気絶させて~をざっと一〇〇回以上は繰り返したけど、ま~ったく目に見えた変化がなかったからよん♪

 信じられないならあなたでも試してあげよっか、?」



 じいっと目を見据えられたサメ少女には、すぐに分かった。

 温和そうに細められた目の奥にある、その瞳は。

 一切、笑っていない。



「…………!?」



 冷的さまと静夏しずか

 言っていなかったはずの名を言い当てられ、思わず息を呑んだサメ少女──冷的さまとからスッと一歩引いて、嵐殿らしでんは冗談を言うときのような気軽さで笑う。



「な~んてウ~ソよう! イヤねぇ、お姉さんも流石にそんな酷いことできないわよん!」


「た、た、性質悪い冗談だぞ、オマエ……」


「ま、まぁまぁまぁまぁ! 師匠もそのへんにして差し上げて!」



 ぷるぷると震え始める冷的さまとがこれ以上追い詰められないうちに、慌てて流知ルシルが割って入る。

 すると嵐殿らしでんはけらけらと笑いながら、まるで世間話をする主婦みたいなノリで手をぱたぱたさせて、



「んも~、悪かったわよぉ。怖かった? ごめんなさいねぇ、を襲われたから仕返しに、ちょっと怖がらせちゃおっかなって茶目っ気よ~!」



 オホホ、と嘯きながら嵐殿らしでんは人差し指を立てて自らの唇にあてて、



「……ま、ホントのことを言えば、デマだっていうのは最初から分かってたの。だってお姉さん、『



 ──そう、あっさりと言った。



 『シキガミクス・レヴォリューション』イラスト担当、オオカミシブキ。


 『シキガミクス・レヴォリューション』のキャラクターデザインからメカデザイン、果ては都市などの背景デザインまで担当していたという化け物じみたイラストレーターである。

 非常に多作な人物で、『シキガミクス・レヴォリューション』以外にもイラスト系SNSで掲載していたイラストや短編漫画などをまとめて定期的に商業出版するような人気クリエイターだった。


 『シキガミクス・レヴォリューション』原作者──虎刺ありどおし看酔みようとは高校時代からの友人、かつ公私共に親しいことで有名。

 生活能力のない虎刺をサポートする為に殆ど同棲状態で生活をしていたとか、『シキガミクス・レヴォリューション』の印税で得た虎刺の莫大な資産の管理を一手に取り仕切っていたりとか──。

 とかくエピソードに事欠かない人物で、そのエピソードの一つに『シキガミクス・レヴォリューション』の設定を非公開のものに至るまで聞かされている、というものもあった。


 ──『研究部』。

 つまりは、そういうことである。



「だから、お姉さんは『シキガミクス・レヴォリューション』の設定なら裏設定までバッチリ把握してるの~。……『霊威簒奪』なんて事象は、その中には存在していない。絶対にね」



 そこだけは、嵐殿らしでんは真顔で断言した。

 しかしその表情はすぐにへにゃりと柔らかくなり、また元の調子に戻って話の続きを始める。



「調査してたっていうのはじゃなくて、デマ情報の出どころなのねん。冷的さまとちゃんは周回遅れにしちゃって悪いけど~」


「そ、そんなぁ……」



 平然と言う嵐殿らしでんに、冷的さまとは世にも情けない表情で溜息をついてしまう。


 冷的さまとだって、別に襲いたかったから流知ルシルを襲っていた訳ではない。

 彼女も、『シキガミクス・レヴォリューション』という『悲劇に抗う物語』を愛した読者の一人だ。

 できることなら、『草薙剣』の紛失という世界の危機に正攻法で立ち向かいたかった。


 しかし──そんなことは、現実的に無理だ。


 通常の手法では作成することのできない『草薙剣』でしか阻止することができない百鬼夜行カタストロフ

 にも拘らず、肝心の『草薙剣』は存在せず、タイムリミットである『原作』のスタートは数日後にまで迫ってきている。

 ……この状況で、ウラノツカサの転生者達は『霊威簒奪』によって自分の実力を高める動きしかしていない。

 世界に見切りをつけるには、十分すぎる状況と言えるだろう。


 だから彼女は、百鬼夜行カタストロフの阻止について『できる訳がない』と諦めて、『滅んだ後の世界』で有利に立ち回る為に『霊威簒奪』の噂に飛びついたのだ。

 つまり彼女は言うなれば、自分と誰かを天秤にかけて、どうせ世界が壊れるならと自分を優先したに過ぎない。


 その根拠となる『裏設定』がデマだったとなれば。

 それはもう、無意味に誰かのことを傷つけただけである。


 自分を救ってくれるはずの方策が実は存在していなかったという絶望もさることながら──成果が得られなかったことで改めて『誰かを一方的に傷つけようとした』事実が、背に圧し掛かる。

 その罪の意識を感じることができる程度に、冷的さまと静夏しずかという少女はまともだった。

 ──



「そこで罪悪感を覚えられるんなら、まだ救いようはあるだろ」



 そんな冷的さまとの様子を見て、薫織かおりはふんと鼻を鳴らして言う。

 流知ルシルに目配せをして頷くのを確認した後、薫織かおりは項垂れる冷的さまとを縛っていた縄を解いてやった。



「……い、いーのか? 急に襲い掛かった上に追いかけまわして、けっこー本気で攻撃したのに」


お嬢様アイツが良いって言ってるんだ。メイドのオレが是非もあると思うか?」


薫織かおりぃ、それじゃただ威圧されるだけだと思いますわよ」


「……そうか? 気にしてねェって言ってるつもりなんだが」


薫織かおりはただでさえコワモテなんだから、ちゃんと口にしないと分かりづらいんですわよ!」


「……む……」



 指摘されて、コワモテメイドは自らの顔を指先で揉む。

 そうしていると美少女らしい可愛げがあるもので──流知ルシルはその様子を見てころころと笑う。

 平和な光景だ。

 百鬼夜行カタストロフまで秒読みというこの状況で、このメイドとお嬢様はその人間性を損なうことなく、当たり前のような日常を過ごしている。


 ……そして冷的さまとは、自分の為にその日常を破壊しようとした。

 色々と理由をつけてはいたが、本質はそこだ。

 冷的さまと静夏しずかは、自分可愛さで何も悪くない少女の日常を自分勝手に破壊しようとした。すべては、そこに集約される。

 ──しばし気まずそうに視線を彷徨わせた後で、冷的さまとはおずおずと口を開いた。



「その……、……ごめんなさい。勘違いで襲って……、いや、そもそも襲ったこと……」


「終わった話ですわ。それに……アナタとお友達になれたと思えば、アレも良縁の始まりでしょう。……ね?」



 項垂れながらもか細い声で詫びた冷的さまとに、流知ルシルはにっこりと微笑みかける。

 本当に、それだけで良かった。

 たったのこれだけで、全ての禍根を水に流し──ただ目の前の少女との出会いを言祝ことほげる。

 それが、遠歩院とおほいん流知ルシルという少女だった。



「……それで! デマの出どころって結局どこだったんですの? 師匠」



 少し湿っぽい沈黙が流れかけたところで、流知ルシルがパン! と手を叩いて話を切り替える。

 一部始終を楽しそうに眺めていた嵐殿らしでんだったが、話を振られたことで『そうね~』と相槌を打ってから、



「まず、この噂って妙な点があるのよねぇ」



 と、徐に話し始めた。



「『裏設定を発見した』。これ自体はまぁいいわ。でも、その検証はどうやってやったのかしらん? 霊力の増減なんて見た目では分からないじゃない。


「…………あ、確かに」



 言われて、まんまとデマに引っかかっていた冷的さまとは納得してしまった。

 『勝敗によって霊気に変動が発生した』という情報が事実だとして、そんなものを感知できるような人間はほぼいない。

 この情報自体、その確認の難しさを利用して広められている節がある。


 だが一方で、転生者達だってただのバカというわけではない。

 むしろその多くは前世である程度の人生経験を積み、多少の賢しさを備えた人間である。


 検証ができないということは、目に見える根拠がないということだ。

 いかに百鬼夜行カタストロフによる滅亡が回避できない状況とはいえ、果たして全く根拠のない情報を信じたりするだろうか。

 ──答えは、否。

 おそらく、個人個人に何かしらの『信じるに足る理由』があったはずだ。

 たとえば、情報源が個人的に信頼できる相手だったとか。

 もしも信頼を置く相手から伝えられた情報だった場合は、根拠がなくても信じてしまうかもしれない。


 では、冷的さまとにデマを聞かせた人物は誰からその話を聞いたのか?

 さらにその『誰か』は、どこから情報を仕入れたのか?

 そうして大元を辿っていけば、おのずと答えは見えてくる。



「その前提を考えた時点で、ある程度アタリはついてたんだけどね~。調べてみたら、案の定だったわよん♪ デマの出所、その名は…………」



 そこまで言って、嵐殿らしでんはその名を口にした。



「……『生徒会執行部』」



 ウラノツカサ生徒会執行部、通称『生徒会』。


 それは『原作』には存在しない、学内最大の組織だ。

 その正体は、未確認の者も合わせれば総勢二〇〇人程度の転生者がいるという『ウラノツカサ』において──実に五〇人以上にも及ぶ構成員を誇る巨大組織である。

 実質的に学園の運営を支配しているこの組織の長には、こんな噂がまことしやかに囁かれていた。


 ──噂に曰く。




「『』、トレイシー=ピースヘイヴン」




 『生徒会長の正体は、「シキガミクス・レヴォリューション」の原作者である』、と。

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