07 世界を諦めない者 >> CREATER "B" ②

 ──それは、長い『シキガミクス・レヴォリューション』における最初の物語。



 そこで一度、世界は滅亡の危機に瀕することとなる。


 世界滅亡の危機それ自体は、人為的な事件ではない。

 陰陽術を学ぶ場所である『ウラノツカサ』では、島中に日常的に霊気が発散される環境が生まれている。

 この環境は霊気が大量に滞留することで暴走を起こす百鬼夜行カタストロフが非常に発生しやすい条件が整っており──『草薙剣』はそれを抑止する役割を持ったシキガミクスだった。


 『シキガミクス・レヴォリューション』一巻では、百鬼夜行カタストロフの危機を大して考慮せずに『草薙剣』を私欲の為に奪おうとする敵が登場し、それに対し主人公達が立ち向かっていくことになる。

 しかし──この世界では既に、その『草薙剣』が紛失してしまって存在しない。


 もちろん、転生者達はまず最初にこの『草薙剣』の復元もしくは代用を考えた。

 しかし、『草薙剣』はによって構築されているので、真っ当な方法では代用も複製もすることなどできない。


 つまり。

 いわゆる一つの、詰み状態。


 しかも、『草薙剣』ほどの超重要シキガミクスの紛失なんて事実は公表できない。

 なので転生者達は『ウラノツカサ』に入学し、それなりに学園の状況に精通するようになってようやくこの事実を知るわけなのである。


 ──知った時には、既に手の打ちようがなくなっているこの地獄。

 結果として、先ほどのサメ少女のように『極端な自己救済策』へと流れていく者が後を絶たない訳だ。



「しかも、物語全体から見れば、あそこは別に大一番ってわけではありませんもの。

 ステージ1で、もうこの体たらく。

 その後の波乱万丈の物語を考えたら、『原作』開始直前のこの時期に学園にいる生徒の何割かはもう自暴自棄なのかもしれませんわ……」



 ご覧の有様である。


 数日後の逃れられぬ最悪の事態カタストロフ

 それによるある種の末法思想が、この学園全体を包み込んでいるのだ。


 世界の危機は、この世界が『シキガミクス・レヴォリューション』の世界である限り当然のように降りかかる。

 そんな『世界の流れ』に対し、一個人ができることなど限られている。であるならば──現状に絶望し、『世界の危機によって全てが終わった後』を見据えた行動を取るのが賢い選択になるのかもしれない。

 あの、青髪のサメ少女のように。

 ただし。





 そこで、薫織かおりは足を止める。



「世界にどれだけ絶望が溢れていようと関係ねェ。この世界はそれだけじゃねェことを、。だから、この世界は終わらせねェ」



 地下鉄のホームのようにだだっ広い廊下を進んだ、その終着点。

 彼女達の前には一つの教室──より正確には『部室』があり、スライド式の引き戸には『ライトノベルイラストレーション研究部』という胡乱な看板がかけられていた。



「その為に、オレ達がいる。だろ?」



 ニッと勝気に笑うメイドの横顔に滲む不敵さは、そうした絶望や無力感からはかけ離れていた。




   ◆ ◆ ◆




 ──何も、この世界の行く末を知る者てんせいしゃの全てが悲観論に囚われているわけではない。

 このコスプレメイドをはじめ世界の現状を正しく認識した上で『世界の破滅』を回避する為に活動している転生者も、相当数いる。



 そうした転生者達を分類する手軽な区分は、『部活動』であった。



 『シキガミクス・レヴォリューション』は序盤の主な舞台が学園内である関係上、生徒主体の多くの組織が部活動の形で登場する。


 作中の人気キャラが所属する部活を挙げるだけでも、『文芸部』『華道部』『柔道部』といった王道の部活動はもちろんのこと、『ボディービル部』、『川柳部』から始まり、『第七校舎探検部』──

 ──挙句の果てには『第七校舎探索部2』といったような胡乱きわまりない部活動まで、本当に様々である。


 『ウラノツカサ』では部活動は申請さえすれば生徒が自由に設立できる為、こうした数々の胡乱な部活が誕生していたわけだが──転生者達もこの流れを汲み、各々部活動を結成し自分たちの望む世界の為に活動しているのだ。


 そして薫織かおり流知ルシルが所属しているのは、この『ライトノベルイラストレーション研究部』。

 その名の通り、ライトノベルのイラストについて研究したり、描いてみたりするといういかにもなサブカル系の部活だったが──その真価はそこにはない。



「う~ん、頼れる発言。先輩感心しちゃうわねん」



 と。

 部室の前で話している二人に向けて、軽薄そうな女の声がかけられた。



「…………うげ」



 薫織かおりの口から形容しがたい呻き声が出てくるのも宜なるかな。


 そこにいたのは、痴女だった。


 学校指定の制服──ではあるのだろうが、白のブレザーを着ずにその内側のワイシャツだけを着ている、のはまだいい。

 しかしそのボタンは全く留められておらず、シャツ自体を胸の下あたりで結んで済ませている。

 当人がかなりの巨乳なのも相まって、かなり危険な状態に陥っていた。


 狼を連想させる癖毛気味なダークシルバーのロングヘアをポニーテールにしているだとか、胡散臭そうな糸目だとか、すらりとした高身長のモデル体型だとか。

 そういう印象が完全に塗り潰されたような『キャラクターデザイン』。

 その蠱惑的な肢体をいっそコメディに映るほど大袈裟にくねらせながら、女は言う。



「乱れに乱れ、崩れに崩れたこの世界で、それでも『シキガミクス・レヴォリューション』を楽しみ尽くす。その為に必要なら、世界も救ったりしちゃう!

 いやぁ~、我が部の精神を体現する部員達に恵まれて、お姉さんってば幸せ者だわぁ!」



 ──痴女の名は、嵐殿らしでん柚香ゆずか

 彼女もまた薫織かおり流知ルシルと同じく転生者であり、こんなナリで彼女達の保護者的な立ち位置──つまるところこの胡乱な部活動の部長の座にいる女だった。



「絵面が最悪なんだよ悦に浸るな変態。……んで、情報は掴めたんだろうな?」


「そりゃもちろんよぉ。お姉さんのこと誰だと思ってるの~?」



 嵐殿らしでんはちらりと薫織かおりの引きずっているサメ少女に視線を向けると、そこは黙殺して胡散臭さいっぱいの笑みを浮かべてこう告げた。




「『霊威簒奪』。このについて調査してきたから、さくっと報告しちゃうわよん♪」

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