06 世界を諦めない者 >> CREATER "B" ①

「…………こんな世界、か」



 ──コスプレメイド、園縁そのべり薫織かおりの半生について話すならば。



 彼女の半生は、まさしく『破天荒』と呼ぶに相応しいものだった。


 陰陽術の名門・園縁そのべり家に長女として生まれた彼女は就学前に陰陽術の基礎を修得し、若くして園縁そのべり家の次期当主としての将来を熱望されるようになる。


 しかし、彼女は小学生になる直前に突如として生家を出奔。

 以降、園縁そのべり家の追手を掻い潜りつつ、小学生の年齢にして放浪の旅をするようになった。



 単なる無鉄砲かと思いきや、修得した陰陽術で民間陰陽師として普通に名を馳せるわ、盆と正月には帰省するものだからいつしか園縁そのべり家の方も半ば出奔を黙認してしまうようになるわ──。


 此処まで来れば、園縁そのべり薫織かおりの『破天荒』の質が分かろうものだろう。


 そうしていつしか『必殺女中リーサルメイド』というおかしな二つ名で呼ばれるようになった頃。

 個人的な恩義のある知り合いに依頼され、依頼主の娘──令嬢風の少女こと遠歩院とおほいん流知ルシルの護衛としてウラノツカサ高等部に入学するに至る。


 しかし、この名物メイドの半生を語る上では、幾つかの説明不能な謎があった。


 何故、これほど早く、そして高度に陰陽術を扱うことができたのか。


 何故、幼くして出奔して一人で生き抜こうなどと思ったのか。


 何故、そのままたった一人で一〇年近く社会活動を営み、大成できたのか。



オレにとっては、思う存分メイドをやれる世界だが」



 何故、そんなにも──破天荒メイドなのか。



「確かアナタ、からメイドでしたわよね? 思う存分メイドをやれることに世界はどうとかは関係ないのではなくて?」


「あァ、そうだな。この世界、思う存分メイドをやれる世界だよ」



 ──転生。


 それらの疑問に答えるならば、ひとまずこの答えが分かりやすかろう。


 端的に言えば、園縁そのべり薫織かおりはこの世界に生まれる前の『記憶』と『経験』、そして『価値観』を有していた。


 そしてこの世界では、彼女と同じように『シキガミクス・レヴォリューション』を、もしくはことのある人間が生前の人格を保持して生まれてくるケースが多数確認されている。



 このウラノツカサで確認されているだけでも、およそ一〇〇人。


 転生者であることを他者に隠している者も含めれば二〇〇人はくだらないだろうと言われ、ウラノツカサの全校生徒のおよそ二割弱は転生者が占める計算となる。


 先ほどのサメ少女もそうだし、薫織かおり流知ルシルもまた数多いる転生者の一人だ。



「……ああ、わたくしできることなら、あと五〇年早く生まれたかったですわ。そうすれば平和な時代のうちに『シキレボ』の世界の楽しいところを思うさま堪能して寿命で死ねましたのに……」


「お嬢様、七〇年弱じゃ人間なかなか死ねないモンだぞ」


「そんなこと言われても、わたくし、前世の享年は三十路前でしかも病死でしてよ! 人生一二〇年時代とかとんだ欺瞞ですわ!!」



 うんざりしたように肩を落とす流知ルシルの横で、自らの主に声をかけるにはあまりにもガラが悪いコスプレメイドはぽんと落とした肩を叩く。



「それに、五〇年前だとちょうど『陰陽再黎明編』のあたりだから今より治安悪いし」


「どの時代も満遍なく最悪ですわよねぇこの世界!! 救いはないのぉ!?」


「お嬢様。口調、口調が崩れていますわよー」



 本気の悲鳴を上げ始めてしまった流知ルシルの背中を押して無理やりに歩かせながら、コスプレメイドはぽつりと呟く。



「救い……救いねェ」



 『シキガミクス・レヴォリューション』の世界は、確かに危険と隣り合わせである。


 何しろ怪異との遭遇事件が日本人の死因のトップ10にランクインしているし、政府は怪異対策に追われていて陰陽術犯罪に対する法整備すらろくに整っていない。

 百鬼夜行カタストロフという霊気の大規模暴走事故が発生すれば、都市などたちまち壊滅してしまうほどだ。



「……『草薙剣』があれば、他の皆さんもまだ未来に希望を持てたんでしょうけど……」



 ──ただし、そんな世界にも救いはあった。



 『草薙剣』。


 神話に語られる剣と同じ名を持つ、『陰陽革命』初期に作成されたシキガミクスだ。


 その刃は百鬼夜行カタストロフの原因となる霊気の淀みを解消し、回避不能の災害のはずの百鬼夜行カタストロフを未然に防ぐことができると言われている。

 ──というか、実際にそういう能力があった。


 『原作』においても、この『草薙剣』は何度となく主人公一行ひいては世界を救うキーアイテムとなっていた。

 このように、『シキガミクス・レヴォリューション』という物語では百鬼夜行カタストロフに対抗する手段もきちんとあり、それらと主人公達の活躍によって辛くも世界滅亡の危機を毎回逃れているのだが──

 


「…………なんかくなっていますものね、『草薙剣』」



 しかし、それは一つ歯車が狂えば『逃れられないバッドエンドが幾つも転がっている世界』という事態にもなりかねない。

 そして直近のリミットは、割合間近に迫っていた。



「多分、転生者の誰かが持って行っちゃったんだと思うんですけれど……客観的に見ればヤバイなんてもんじゃないですわ」



 背中を押されるがままに歩いていた流知ルシルは自分の足で歩き始め、薫織かおりの横に並んで言う。


 つまるところ。



「『原作』が始まるの、三日後ですわよ。三日後」



 ──世界の滅亡カタストロフまで、あと三日。

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