05 その女、メイド >> HOMEY ARMY ④
「おう。例のサメは片付いたぞ、お嬢様」
戦闘が終わった後の
声をかけられて、廊下の隅の方で膝を抱えて座っていた
「……にしても、これで何度目だ? 『霊威簒奪』に釣られてお嬢様に襲い掛かってくるバカ。いい加減に元を断たねェと、いくら
「面目次第もございませんわ……」
しょんぼりと肩を落としながら、
しょげた声色で答えたお嬢様風の少女は、そのままのっそりと立ち上がる。
この
ちなみに、彼女自身はこの口調にしてお嬢様でも何でもない。
彼女の実家はなんの変哲もない印刷所を営む普通の家系であり──何なら、お嬢様口調すらも高校入学を機に始めたくらいだ。
つまるところ、ハリボテの一般人お嬢様。不良メイドとは何だかんだ言ってお似合いのコンビなのだった。
そんな
「わたくしが、もっとまともに戦えるシキガミクスを持っていたら……」
「あァ、気にすんな気にすんな。ご主人様が安全に暮らす為にメイドってのは存在するもんだ。お嬢様が武器を手に取るようなことがあれば、そいつはメイドの名折れってモンだよ」
「……メイドってそんなボディガードみたいな職業意識が必要でしたっけ?」
奇しくも先程ブッ倒された下手人と同じ疑問を抱くご主人様だったが、メイドの方はやはりこれを完全にスルーして、
「……それより、『霊威簒奪』をどうするか、だな」
そこだけ見ればいかにもメイドらしい物憂げな表情を浮かべて言う。
「『弱敵を倒せばお手軽にパワーアップできる』って風説が流れてるのがマズイ。加えてこの情勢だ。どいつもこいつも倫理観のタガが大分外れやすくなっていやがる」
「新発見の『裏設定』でしたっけ。皆さん躍起になっていますわよね」
「お陰で非戦闘タイプの
「ですが、お相手の気持ちも分かる気がするんですのよ。だってこんな世界ですし……」
「襲われてる被害者が敵に同情してんじゃねェよ」
ぺし、と軽く
廊下の窓の外では、連休前の慌ただしい人の流れが学園を行き交っていた。そんな人の営みを眺めながら、
「…………こんな世界、か」
◆ ◆ ◆
────『シキガミクス・レヴォリューション』は名作だった。
『シキガミクス・レヴォリューション』。
作者・
その人気はすさまじく、原作小説は一巻発売当初から大ヒットを飛ばし、その勢いのまま有名少年漫画雑誌でコミカライズ連載を開始。
その後、有名制作会社からアニメ化すると、これも大ヒット。破竹の勢いで発表された劇場版映画は世界のアニメ映画興行収入のランキングを塗り替えた。
スピンオフ作品も多数制作され、少女漫画から児童雑誌まで様々なジャンルの作品が最低でも一度はアニメ化されるほど。
商業的な実績で作品の良し悪しを語るのはあまり行儀がよくない行為だが、しかし『商業的成功』という一面において、このコンテンツのクオリティが世界史に名を遺すレベルで確固たる評価を得たのは間違いなかった。
──惜しむらくは、原作小説自体は作者病没の為に未完で終わってしまったことだろうか。
シキガミクスという木造とSFガジェットが融合した設定が織りなす、近未来感と和風伝奇感を両立したユニークな世界観。
そしてその世界観に立脚したバックボーンを持つ、老若男女さまざまに魅力的なキャラクター達。
それに何より、広い作品世界を縦横無尽に駆け巡る息をもつかせぬ急展開の連続と、それらが絡み合って生まれるドラマの数々。
端役の敵キャラクターにすらカルト的な人気があり、読者に愛されていた──といえば、その魅力の一端くらいは伝わるだろうか。
この物語の本質は、『悲劇に抗うこと』だった。
この物語に、根っからの悪役というのは存在しない。過去に起きた悲劇であったり、生まれから来る歪みであったり──そうした『世界の理不尽』があって、人は闇に堕ちる。
確かに利害や善悪の関係で主人公たちが倒すべき敵役というものは存在するが、本当の意味で『悪い』悪役というのは存在しない。
ゆえに、主人公たちが戦うことで向き合うのは、敵の人格というよりもそこに巣食う世界の闇だった。戦いを通して、主人公たちは敵が抱える闇に触れ、それを打破し──そしてある種、敵すらも救っていく。
そうして最後に、『ああ、読んでよかった』という爽やかなエンディングがやってくるのだ。
だからこそ『シキガミクス・レヴォリューション』は空前の人気を博し、世界中で愛された。
そして世界中を席巻した『シキガミクス・レヴォリューション』は、圧倒的な知名度を持っていた。
マニア層は、
敢行されるライトノベルを逐一読み漁るようなラノベ好き。
毎週連載をリアルタイムで追いかけるような漫画好き。
毎クール深夜アニメを一通りチェックするようなアニメ好き。
一般層は、
学校で話題になっていたからとりあえずチェックしたような学生。
普段はサブカルなんか触れたことのないご老人。
果てはたまたま居間でやっていたアニメを見ていた通りすがりの猫まで。
広まりすぎて、作品を楽しめて当たり前という雰囲気からくる同調圧力が『シキハラ』なんて造語で呼ばれてお昼のワイドショーで取り上げられるくらいには、誰もが知っている作品だった。
そしてそれだけ多くのファンがいれば、一定数のファンはこんなことを空想する。
もしも自分があの作品の世界にいたならば。
いったいどんな風に、人生を過ごしていくだろうか。
そうした世界に『転生』する──といったような、創作の話だけではない。
行ってみたい作品、使ってみたい能力、友達になってみたいキャラクター。
──そうした雑談のタネにするようなごく普通の『空想』の対象に、この魅力的な作品は多く選ばれた。
ひょっとしたら、『シキガミクス・レヴォリューション』ではない作品でそんなことを考えたことがある人もいるかもしれない。
それは、その作品がその人にとって素晴らしいものだった証明だ。
その作品の世界観を愛し、キャラクターを愛し、物語を愛しているからこそ、その中に入り込みたい、触れあってみたいと願うのだから。
そうした心の動きは、その作品を愛しているからこそ出てくる発想だ。
──ただし。
そうした憧憬に、果たして『作品』は応えてくれるか?
素晴らしい物語には、相応の失敗が、相応の窮地が、相応の悲劇がある。
主人公が誰かを救う華々しい活躍の裏側には、逆説的に救われるべき痛ましい被害者達の苦しみが存在しなければならない。
数々のドラマがある世界ということは──数々の悲劇が産まれるに足る、悲惨な世界であることの証左にもなりかねない。
もしも、その作品に転生した自分が『現実』だったならば。
異能と戦いがあるということは即ち、それに自らの身が晒される危険があることを意味する。
世界に変革を起こした新技術の席巻は、それに伴う技術の利権が争いを生むことを意味する。
──魅力的な敵役達は、虐げられている当人から見ても魅力的だろうか?
──才能なき者達にとって、手の届かない異能は浪漫だろうか?
それらの疑念は、自ずと
即ち。
ハッピーエンドが約束されていない現実は。
かつて憧れた名作の世界は────
──果たして本当に、自分が生きていたい『現実』か?
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