04 その女、メイド >> HOMEY ARMY ③

「なるほどな。テメェの霊能…………『気流操作』か」



 軽やかに着地した薫織かおりは、俯いて床を見つめた姿勢のまま、静かにそう呟いた。



 ──陰陽術の再発明に伴い、人類は陰陽五行説に基づいた世界の観測法を手に入れた。


 この理論と物理法則の……それによって人類が得た異能を、俗に『霊能』と呼ぶ。

 霊能は一人につき一つあり、その能力は千差万別、個々人によって異なる。

 ただしこの異能は、よほど霊気の扱いに長けた達人でもない限り独力での運用は不可能。──これは、『シキガミクス・レヴォリューション』の序章でも語られた大前提の設定だ。


 そして、通常では使用することのできないこの異能を、シキガミクスを介して発現できるようにする者。

 それこそが、陰陽師の数ある定義の一つであった。

 言ってみれば、フリーハンドで完璧な直線を引くことが難しくても、定規を使えば容易く直線を引けるようなものだ。


 加えて陰陽師は、シキガミクスを介して霊能を発動させる際に、シキガミクスの機能を調整することで霊能をある程度自在にカスタマイズできる。

 これはちょうど、特殊な定規を使えば直線以外の線も綺麗に引けるようになるのに近いか。


 例えば、サメ少女の霊能も──



「大元の気流操作能力を『移動用』と『防御用』で使い分けることで、能力を特化させている訳だ」



 本体の近くへと戻った皮剥上手ピーラージョーズを一瞥して、薫織かおりは感心するように言う。



「……ご名答だぞ。そーだ、皮剥上手ピーラージョーズの真骨頂はその身に纏う『鮫風』!! それに防御だけとは限らない……。暴力的な気流で、触れた相手をズタズタにできるんだぞ!」



 サメ少女は、能力を言い当てられたにも拘らず不敵に笑みを浮かべる。


 即ちそれは、自信の表れでもあった。

 機体を纏う風は、ナイフだろうが槍だろうが触れる前に弾き、そして敵に突進するだけで、その肉体をズタズタにすることができる。


 ゆえに、


 空中を縦横無尽に泳ぎ回る機体は、最強の盾と最強の矛の役割を同時にこなしてくれるのだ。

 まるで因幡の白兎の毛皮をズタズタに引き裂いた神話の世界の和邇サメのように──その暴威は余人には対抗できない。



「このシキガミクスは、わたしの身を守る為に作った機体だ。霊能もその為に考えられる最強の形にカスタマイズしてる!

 こので生き残るなら……最強の存在はサメに決まってるからな!!」


「いや、そうとも限らねェだろ」


「は? オマエ、サメ映画見たことないのか?」


「……、テメェのおかしな趣味はどうでもいいとして」



 おそらくこの場の誰もが『お前が言うな』と言いたいところだっただろうが、悲しいことにツッコミを入れられる状況の人間は一人もいない。

 ブーメラン直撃型メイドはしかし、直球でサメ少女が抱える矛盾を指摘する。



「その『』で、なんでウチのお嬢様を襲ってんだ?」


「フン。『霊威簒奪』のことを知らないのか?」



 サメ少女は小バカにした態度で笑うと、得意げに人差し指を立てて続ける。



「陰陽師が霊能を扱う時には、霊気を消耗する。けど……陰陽師は、霊気を一〇〇%完璧に活用できるわけじゃない。これ自体は、『原作』でも語られていた部分だぞ。何せ百鬼夜行カタストロフに関連する部分だからな。

 でも、陰陽師が霊気を消耗するケースはそれだけじゃなかった。

 たとえば、戦いに負けたらその陰陽師は敗北のショックで霊気を知らず知らずのうちに放出する。──『原作』でも語られたことのない、』だぞ!!」



 そして、とサメ少女は続けて、立てた人差し指を薫織かおりに向けた。



「さらに『裏設定』によると、戦いに勝った陰陽師は、勝利の高揚感で霊気を吸収する能力が上がる! つまり、陰陽師との戦いに勝つと、勝った分だけ強くなる! それが『霊威簒奪』だぞ!!」


「あー、それで弱そうなウチのお嬢様に狙いを定めた、と」



 得心がいったからか、スッ、と薫織かおりは肩の力を抜く。

 脱力した薫織かおりの動きにサメ少女が怪訝な表情を浮かべた瞬間、



「……? 



 ドシュ!! と、薫織かおりが体の陰に隠していた左手から、青髪の少女目掛けてナイフが回転しながら投擲される。


 しかし、これ自体は青髪の少女にとっては予想外の事態ではなかった。ナイフの投擲は先ほども見ていたし、その前段階の行動から既にサメ少女は薫織かおりの行動を怪訝に思い、警戒している。

 だからあっさりと皮剥上手ピーラージョーズはサメ少女の前に盾になるよう動き、ナイフはその表面に展開されている『鮫風』に弾かれた。

 クルクルと高速で回転しながら、銀のナイフが宙を舞う。


 彼女にとって予想外があったとすれば──それは、その後のナイフの軌道。


 『鮫風』に弾かれたナイフは、サメ少女の額に向かって吹っ飛んだのだ。


 息をする間もなかった。

 ガッ、と。


 サメ少女が何かする前に、彼女の額にナイフ──が衝突する。



「ひぁっ、」


「メイドの手練をナメるなよ。、それを計算に入れてナイフを投げるなんざ造作もねェ」



 頭蓋を揺らされ、思わず数歩ほどたたらを踏むように後ずさりするサメ少女。

 時間にすれば、ほんの一秒の停滞。


 しかしその間隙は、一瞬のうちに『空気の高波』の致傷圏内から抜け出せる俊速のメイド相手には、まさしく致命的な時間だった。



「『霊威簒奪』。負けた陰陽師は、勝った陰陽師に霊気を奪われるんだったか?」



 メイドにはとても見えない禍々しい威圧感を放ちながら。


 気付けばコスプレメイドは、サメ少女の眼前に立っていた。


 そして。





 主人に襲い掛かる下手人に対し、そのメイドは迅速に『お掃除』を開始する。




   ◆ ◆ ◆



 サメ型のシキガミクス。全長は二メートルほど。

 鋭くとがった歯が特徴的で、歯は実は装填式。やろうと思えば射出も可能。


 空中遊泳する能力。

 シキガミクスを取り巻くように気流を生み出し、それにより空中を水の中のように移動できる。速度も本物のサメ同等の速さで移動することができる他、旋回性については本物以上。

 また、機体周辺に強力な気流を纏う『鮫風』を備えており、防御力についても優れている。


 ただし、空気がなければ泳げない他、牙による攻撃を成立させる関係上口内に続く領域には『鮫風』は効果が薄く設定されている為、リスクを恐れず口内に攻撃されると内部にダメージが入りやすい。


 元々は単純な気流操作の霊能だったが、機能を分割特化させることで気流操作の強度を向上させている。


皮剝上手ピーラージョーズ

攻撃性:80 防護性:55 俊敏性:70

持久性:60 精密性:05 発展性:70

※100点満点で評価




 

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