03 その女、メイド >> HOMEY ARMY ②

「かっ、薫織かおりぃ!!」


「悪かったな。お助けに上がるのが遅れた。けどまァ、全体的にもう心配は要らねェよ」


「わたくしもうダメかと、死ぬかと……」


「……あのシキガミクスじゃ死にはしねェだろ。それに……」



 ──そのメイドは、名を園縁そのべり薫織かおりと言う。

 一応こんなナリでも正真正銘このウラノツカサの学生であり、流知ルシルと同じ高等部一年生であった。



メイドオレがいるんだ。お嬢様にそんな危難は降りかからねェよ」


「………………!!」



 その立ち姿を見て、サメ少女は思わず息を呑む。

 衣装の陳腐さとは対照的に、鋭い刀剣のように研ぎ澄まされた体躯。

 一七〇センチほどもある女性としては大柄な体格は、しなやかなシルエットを保ちつつも確かに引き締まった筋肉で覆われていて、見る者に雌豹のような肉食獣を彷彿とさせる。

 美しさよりも強靭さの方が目に付く姿だった。



「な……なんでメイドがウラノツカサに……?」



 その威圧感に圧されて、サメ少女は思わず周回遅れの『常識的な疑問』を思い浮かべて口にしてしまう。

 そのくらい、ツッコミどころに満ち溢れた事態だった。


 流知ルシルやサメ少女を見れば分かる通り、ウラノツカサには指定の制服が存在している。

 それらは多少の改造や着崩しはあれど基本的に皆が着用しているものだ。

 校則でさだめられていることもあり──ウラノツカサで制服を着用しない生徒はいないと言ってもいいだろう。


 それゆえに──そのメイドの姿は悪目立ちしていた。

 たとえるならば、電車移動をしている全身タイツのアメコミヒーローのような異物感。

 当の本人がそれを気にもせず平然としているから、余計に異常さが目立っていた。



「なんだ、そのマヌケ面は。サメでも豆鉄砲食らったらそうなるのか?」



 じろり、と。

 場違いなメイドは怪訝そうに目を細める。


 メイドらしからぬ、重々しい威圧感ではあった。

 肩の長さくらいまである外はね気味のショートカットに、確かな意志の光を感じさせる赤銅の瞳。

 微笑みを向ければ間違いなく見る者を虜にするであろうその美貌は、しかし今は鋭い戦意によって刀のように研ぎ澄まされている。

 眉間にしわが寄せられ、敵対者を射抜く眼光は人ひとりくらいなら既に殺していそうなほどの刺々しさを秘めていた。



「──別にただちょっと、メイドなだけだろうが」


「いやそれがおかしーんだよ!!」



 困惑するサメ少女を周回遅れにするようなその泰然自若とした佇まい。

 当然だが、『メイド』は『ただちょっと』とか『なだけ』とかといった言葉とは結び付かないものである。

 そういうわけで絶賛悪目立ち中のコスプレメイドは、肩に乗せていたデッキブラシをゆったりとした動きで振り下ろした。

 まるでホームラン宣言でもするみたいにデッキブラシをサメ少女へと向けて、メイドは淡々と話す。



オレはなんの変哲もねェ流知ルシルお嬢様の専属メイドだ」


「…………ツッコミ入れちゃ駄目か?」


「黙って聞けサメ子。……つまりお嬢様ソイツにそう容易く傷をつけられると、メイドであるオレの沽券ってヤツに係わるんだよ」



 メイドってそんなボディガードみたいな職業意識が必要だっけ……と素朴な疑問を抱きかけるサメ少女。

 だが、このままこのメイドのペースに乗せられていては自分の本来の目的が達成できない、と首を振って気を取り直す。



「そういうわけだ。悪いが──」



 瞬間、メイドから放たれる闘気が爆発的に増大する。

 唐突なコスプレメイドの登場に動揺していたサメ少女も、此処に至り臨戦態勢へと移行した。

 その後ろで流知ルシルがそそくさと戦線からの離脱を完了させたのを見届けた薫織かおりは、にいっと笑みを浮かべてデッキブラシを構え、



「此処から先は、『ご奉仕』の時間だ」


「……上等だぞ。メイドがサメに、勝てると思うなよ!!」



 その動きを制するようなサメ少女の言葉を合図に、皮剥上手ピーラージョーズが突進を開始する。

 狙いは当然、目の前のメイド。

 その動きに呼応するように薫織かおりは瞬時に腰を低く落とすが──皮剥上手ピーラージョーズは臨戦態勢のメイドの手前二メートルほどで急停止する。



「!!」



 戦闘メイドの表情が強張った、その次の瞬間。

 ゴッブァ!!!! と、津波のような暴風が吹き荒れた。

 それは、皮剥上手ピーラージョーズが体を捻ったことによって引き起こされた『空気の高波』だった。

 当然、その場で身を屈める程度では到底防ぎようもない圧倒的な暴風だ。まともに食らえば、人体ならソフトボール投げのような勢いで吹き飛ばされるのは確実である。


 霊能をその身に宿し、シキガミクスを操る陰陽師だが──その身体能力は一般人相当なのが原則だ。

 大妖怪と渡り歩き神様と契約を交わすような凄腕の陰陽師であっても、殴られれば痛いし刺されれば死ぬ。暴風を浴びれば、普通に吹っ飛ぶ。

 つまるところ──こんなものをまともに食らってしまえばひとたまりもない。


 ──その、はずなのだが。



「良いね。浪漫のある機体じゃねェか」



 楽し気なメイドの声が聞こえてきた瞬間、サメ少女は心臓が止まるかと思った。


 暴風を巻き起こした皮剥上手ピーラージョーズの真下。

 そこに、スライディングのような姿勢で滑り込んでいた薫織かおりの姿があった。



「はぁ!? 何!?」



 その光景を、サメ少女は一瞬理解できなかった。


 確かに、皮剥上手ピーラージョーズの真下にいれば暴風の影響は限りなく小さい。

 機体をうねらせることで発生させる『空気の高波』は、その性質上攻撃範囲が前方に絞られるからだ。


 そういう意味で、真下に飛び込むことでこのメイドが難を逃れたという展開自体は、何の異常性もない。

 もっとも…………皮剥上手ピーラージョーズの動き始めを見てから一瞬のうちに移動する俊敏性があることを異常と呼ばないならば、という但し書きはつくが。



「だが、狙いがめェ」



 不可避のはずの広範囲に向けた暴風。

 それを無傷でやり過ごされた──だけではなく、それを可能にしたのが常識外の機動性であることに、青髪の少女は一瞬思考を空白で埋められた。



「予測がせェ。連携がつたねェ。対策がせェ。対応がめェ」



 その間に、薫織かおりは行動を続けた。

 薫織かおりは両腕を地面に立てると、腕力だけで身体を前方へ押し出す。

 滑るようにして皮剥上手ピーラージョーズの真下から抜け出た薫織かおりは、そのまま前転。

 前転の勢いで立ち上がると、振り返りざまにナイフを取り出し皮剥上手ピーラージョーズへダーツでも投げるみたいに投擲した。


 が、これは何かに弾かれてしまう。



「…………それに何より、術者テメェがしょっぺェ」



 弾かれたナイフを横目に見ながら、薫織かおりは正面──即ちサメ少女へ向き直る。

 サメ少女はそこで、薫織かおりが『自分と皮剥上手ピーラージョーズの間』に割って入ったことに気付いた。



「ぴ、皮剥上手ピーラージョーズ! 戻るんだぞ!!」



 先ほどのような展開を警戒して、青髪の少女はすぐさま皮剥上手ピーラージョーズに呼びかけた。サメ少女の指示に従い、サメ型の機体が即座に術者の傍らに戻る。

 ……なお、戻る際に薫織かおりを轢くような軌道で移動していたはずなのだが、これは当然のようにバク宙によって回避されてしまった。



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