第一章 その女、メイド

02 その女、メイド >> HOMEY ARMY ①

 国立大史局学園──通称『ウラノツカサ』。


 

 それは、太平洋沖に浮かぶ淡路島ほどの大きさの巨大人工浮島メガフロート全域を敷地とする、小中高一貫の巨大教育施設である。


 言わずと知れた国内唯一の陰陽師養成機関であるこの学園は、イベント一つとっても通常の学校とはスケールが違っていた。


 学園祭のような学校行事にしろゴールデンウィークのような大型連休にしろ──その影響は、『都市機能』にまで影響を及ぼす。



 ──ゴールデンウィーク、二日前。


 新学期が始まり、生活環境が一変してから初めての大型連休。

 さらに、連休明けからは新しい学年で初めての学校行事である文化祭の準備が始まるというこの季節。


 学園は連休に向けた内外の生徒の移動準備と学園祭関連の物資搬入の影響で、いつにも増して人の流れが複雑になっていた。


 学園の警備システムは『外』との窓口の警戒にリソースを割かれ、平時と比べると『内』の防備は緩くなる。

 生徒達にしてみれば、年に数回訪れる『羽目を外しても叱られにくい時期』だが──



 ────そんな、学園全体がどこか浮足立ったような雰囲気に包まれる時期のことだった。


 こんな浮ついた空気の時には、何かしらの『事件』が発生するものである。


 たとえば、こんな風に。



「たっ、助けてくださいましぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」



 少女の悲鳴が、浮ついた空気の『ウラノツカサ』に響き渡った。



「なっ、なっ、なんなんですのっ!? なんなんですの、このお方はぁっ!!」



 ──遠歩院とおほいん流知ルシルは現在、全力疾走の自己最長ベストを絶賛更新中だった。


 島式の地下鉄ホームを連想するようなだだっ広い廊下を、一人の少女が激走する。


 『廊下を走ってはいけません』というありきたりな警句を蹴り飛ばす勢いで全力疾走している声の主は、傍から見ればどこかの名家の御令嬢といった風体だった。



 年齢はだいたい高校生くらいか。


 絹の糸のように滑らかな髪を波打つように伸ばしたプラチナブロンドのロングヘア。

 高貴な印象のブルーのカチューシャ。サファイアのように輝く蒼い瞳。

 陶器然とした白く滑らかな傷一つない肌。


 純白の制服ブレザーに、濃紫のうしのプリーツスカート──『ウラノツカサ』指定の制服を真面目に着こなしているにも関わらず、その端から漏れた差分を数えるだけで生まれの違いを感じさせるような、そんな容姿。


 総じて、令嬢。



 



 どこからどうみても深窓の令嬢といった風貌なのだが、にしてはあまりにも所作が庶民的に過ぎる。


 ぜえぜえはあはあと肩で息をしながら、妙にフォームよく全力疾走しているのもそうだが、顔は汗まみれ、目元は半泣きでその上ちょっとぐずついている。

 とてもではないが、『深窓の令嬢』という優雅な形容が似合う状態ではない。

 そんな状態を気にしてもいないあたりが、彼女の地金を表しているようでもあった。


 彼女が、何故このように慌てふためいているのかと言えば────



「いー加減に、観念するんだぞ! わたしは!! オマエをブッ倒して……安泰な転生ライフを送るんだぞ!!」



 ──今まさに、謎の少女に追われているからだ。



 目の覚めるような青髪のポニーテール。


 獰猛な魚類を思わせるギザギザの歯と不敵な笑み。

 年の頃は令嬢風の少女よりも下──中等部くらいだろうか。


 流知ルシルと同じ純白の学生服を彼女よりもラフに気崩したその恰好は、彼女もまたこの『ウラノツカサ』に所属する学生であり──即ち、陰陽術に通じていることの証明でもあった。


 それを象徴するように、右手で奇妙なパントマイムめいた体勢をとる。



「か、観念なら既にしているというか……さっきから言っているでしょう!? 降参です、と!! どうしてわたくしへの攻撃を辞めないのです!?」


。これもさっきから言っているだろーが! 

 もー一度言う。観念して削り倒されろ! ──わたしの『皮剥上手ピーラージョーズ』にな!!」



 次の瞬間。


 パントマイムは事実へと変貌していた。



 現れたのは、まるで水中にいるかのように空中を泳ぐ二メートルほどの大きさの『木製のサメ』。


 髪色と同じ青にペイントされた体躯をうねらせたサメ型の機体──皮剥上手ピーラージョーズは、静かに流知ルシルへ照準を合わせていた。



 肩越しにその様子を見て思わず息を呑んだ流知ルシルへ、青髪の少女はせせら笑うように言う。



「何を驚いてるんだぞ。シキガミクスは『札』から呼び出す。オマエも陰陽師の卵なら……どーすればいーかは分かるよな?」



 ──シキガミクス。



 これこそ陰陽術の再発明によって人類が手にした技術の中でも極めつけ。


 平たく言えば、霊力によって稼働する木製のロボットである。


 陰陽術を修得している者──即ち日本国民の九六%が扱える『文明の礎』だが、陰陽師の扱うそれは汎用のそれとは毛色が違う。

 彼らは宿自分だけの専用シキガミクスを設計・開発し、運用することが出来るのだ。

 『ウラノツカサ』に所属する学生にしても、それは同じことだった。──青髪の少女が操るこの木製のサメのように。



「…………っ!!」



 逃走一辺倒に限界を感じたのか、流知ルシルも逃走の足を止め向き直る。

 そしてその手に──木製のGペンが現れた。


 ただし、それは武器を構えるような形では無い。

 どちらかといえば、物を差し出すような──掌の上にシキガミクスを載せる、害意の欠片も感じさせないものだった。



「わ……わたくしのシキガミクスはこれなのですわ! 戦闘用ではありません!

 それに……それに、痛いのはイヤですわ! 何かお困りなら相談に乗りますから、もうこんなことはおやめくださいまし!」


「だァかァらァ……」



 流知ルシルの半泣きの命乞いにも、青髪の少女は応じない。

 むしろ話が通じない苛立ちをあらわすかのように傍らの皮剥上手ピーラージョーズがヒレを傾けると、



「それならさっさと……おとなしく、わたしに倒されるんだぞ!! 逃げずにィ!!」



 突風のような勢いで、サメ型の機体が流知ルシル目掛けて突撃した。



「きゃああああああ向かってきましたわぁぁあああああああああ!?!?!?!? ええい『飛躍する絵筆ピクトゥラ』!!」



 絶叫する流知ルシルだったが、判断は冷静だった。

 突進してくる皮剥上手ピーラージョーズへと、令嬢風の少女が木製のGペンのシキガミクス・飛躍する絵筆ピクトゥラをさっと持ち替えて切っ先を向ける。

 そしてさらに、雑巾でも絞るみたいにそのグリップを握り込むと──まるで槍か何かのような長さまで伸長したのだ。


 つまるところ、槍の伸長機能を使った衝突タイミングの

 敵が流知ルシルのことを侮っていることも踏まえれば、一矢報いる可能性のある一手である。



「お願いですから、弾いてくださいましぃ!!」



 しかし。


 ガイン!!!! と、二メートルほどに伸びた飛躍する絵筆ピクトゥラの方が、逆にあっさりと弾かれてしまう。



「…………!!」


「できるじゃないか、戦闘!! やっぱり手札を隠し持ってたな……油断ならないぞ!」



 辛くも飛躍する絵筆ピクトゥラを手放すことは回避できた流知ルシルだが、しかしその代償は大きかった。

 弾かれた筆槍に体を殆ど引っ張られ大きく体勢を崩した彼女は、無防備な脇腹を獰猛な木製のサメの目の前に晒すことになる。

 その上、生半可に抵抗したことが却って裏目に出たらしい。襲ってきた青髪のサメ少女の表情に、獰猛な笑みが浮かんだ。


 当然、流知ルシルに打つ手は、ない。



「……!! 悪く思うなよ、こーしなくっちゃ、この世界じゃ生きていけないんだぞ……!!」


「──おいおい。まさかそんなチンケな理由で、ウチのお嬢様に強制全力マラソンをさせてたってのか?」



 だから、その直後に青髪の少女の背後から放たれた声に関しては、この場の誰にとっても想定外だったと言って良いだろう。



「しまっ、皮剥上手ピーラージョーズ!! 戻、」



 青髪の少女が咄嗟に両腕を顔面の前で交差させて防御態勢に入ったのと同時に、ゴッ!! という鈍い打撃音が響いた。

 長物によるものらしき一撃を食らった青髪の少女は、自分が突進させた皮剥上手ピーラージョーズのすぐ近くまで転がるようにして吹っ飛ばされる。


 そこに立っていたのは、彼女達と同じく学生、


 



 ──純白の学生服とはかけ離れた、黒衣の装い。

 ……と、そう言えば聞こえはいいが。

 黒衣の上に纏うエプロンドレスに、頭部についた白いフリルのついたヘッドドレス。

 膝丈のミニスカート、真っ白いニーソックス、漆黒の革靴といった衣装は、どこからどう見ても──



「……………………えっ。メイド?」



 ──ありていに言えば。

 その女は、安っぽいコスプレ感丸出しの全力全開ミニスカメイド衣装を身に纏っていた。

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