第30話 思い出のボレロ
「お父さん見て見て!あんな所に大きいピアノが!」
「本当だな..立派なピアノじゃないか」
「お父さん!あれ弾いて!かすみあれ大好き!」
「はは じゃあ一緒に弾こうか」
「全く2人とも..せっかく遊園地に来たのにピアノなんて..」
「まぁ良いじゃないか..自然に囲まれながら弾くのもまた良いものだよ」
(..懐かしいなぁ あの頃は一緒にピアノ何か弾いて..)
ジェットコースターの奥にある小さな森
その中に置いてあるグランドピアノを見て昔の記憶が蘇ってくる
狭い観覧車の中から見えるのは大好きだった景色
まだ涼風が産まれる前家族3人でよくここに来ていた
「立花さん?大丈夫..?ってあそこ!チュッピーだよ!」
「ほ、本当だ..!可愛いっ!」
「さっき調べたらさここってチュッピー以外にもあと2人キャラクターが
いるらしいよ えっと..」
(..鷹藤君 近くで見ると眉毛凄く綺麗..)
今私は鷹藤君と2人で11年ぶりにここ千葉ワンダーランドに来ている
「..?俺の顔に何かついてる?」
「えっ?な、何で?」
「さっきまで外の景色を見てたと思ったら今度は俺の方を見てるからさ..」
「えっ!い、いや..何でも無いの..!」
鷹藤君がカッコよくてつい見てたなんて言えるはずがない
何だか私変だ いや私たちが今日はちょっといつもと違う
「そう?なら良いけど..」
「今日色々あったけど楽しかったね」
「うん 鷹藤君のハンバーガー食べる時..面白かったな..」
「あ、あれはさ!そのここのサイズが大きすぎるんだよ!
あんなどう食べて良いか分かんないじゃん!」
「ふふふ.. そうだね..確かに..」
「ちょっと立花さん!笑わないでって..もう!」
「でも本当に一瞬だった..今日は誘ってくれてありがとうね!」
外は既に夕陽が出ている
時刻は丁度5時半 もうそろそろ楽しかった時間も終わってしまう
「はぁ明日はまた学校だよ.. まぁでも智紀たちにお土産買えたから良かった」
「明日はテスト返しだね..鷹藤君大丈夫?」
「大丈夫!って言ったら嘘になるかな..
まぁでもいつもよりはマシ..なはず..」
「ふふ もぅ 何それ!」
やっぱり鷹藤君と喋るのは楽しい
鷹藤君と仲良くなったきっかけは『たかたかちゃんねる』だった
そこから色々喋って一緒に出かけたり料理を作ったりするうちに
私たちは自然と仲良くなった
『何かあったら力になるから!』
私が初めて鷹藤君の家に行った時に言われたこの言葉..
私がピアノの事でお父さんと喧嘩してる事を話した時
1番言われて嬉しい言葉を言ってもらえた
私..やっぱり鷹藤君になら言える気がする
「あ、あのさ鷹藤君」
「ん?どうしたの?」
「最後に行きたい場所があるんだけど..」
「行きたい場所?」
「うん..すぐそこだから」
「分かった じゃあ行こっか!」
観覧車も一周しそろそろ終わる頃
「うん..じゃあはい」
「え?こ、これって..」
私は鷹藤君の前に手を出す
本当は行くつもりは無かった場所..
でも鷹藤君とだったら..
「はぐれないように..でしょ?」
***
「こっちであってる?何か自然がいっぱいだけど..」
「うん ここをまっすぐ行った所に..ほらあれ!」
私は久しぶりの場所に少し興奮して鷹藤君を引っ張ってしまう
でもギュッと握った手は離さないように走る
「これは..ピアノ?」
「うん 懐かしいな..」
久しぶりに見るピアノは何も変わっていない
ただ少し埃を被っているような気がする
「こんな所にピアノなんて..」
「うん..私も昔家族で来た時に見つけたの
パンフレットにも小さく書いてあるけど..」
「そうなんだ..それにしても凄いピアノなんて音楽室でしか見た事ないよ..」
鷹藤君は目の前のピアノに興味津々のようだ
確かに料理一筋の鷹藤君ならあまりピアノに触れる機会もないから
珍しいのかもしれない
「た、鷹藤君..ちょっとこれ持っててくれる?」
「良いけど..もしかして弾くの?」
私は持っていた服とカバンを鷹藤君に預ける
そして椅子に座り鍵盤に手を置く
「うん..久しぶりにこのピアノで演奏したくて..」
「まじか..俺ずっと立花さんの演奏聞いて見たかったんだよ!」
「ふふっ..そんなに凄いものじゃないよ..」
そうやって言って貰えるとやっぱり嬉しいな
私は11年ぶりにこのピアノの鍵盤を押す
「..♪..」
「..! 凄い..!」
11年前お父さんがプロとして海外に行く前..
一緒に弾いたこの曲名前は『ボレロ』
「..♫」
単調なメロディーだけど力強い
優しかったお父さんと一緒に弾くこの曲が大好きだった
あの頃は毎日好きだったピアノをひたすらに弾いて..
たまに連れてきてもらう遊園地が好きだった..
お父さんがプロとして3年間海外に行ってた間..
寂しかったけど信じてた
またお父さんが帰ってきたら前みたいに楽しく一緒に過ごせるって..
でも現実は違った お父さんが帰ってくる日..
お母さんと一緒にケーキを作った
あの時は失敗して真っ黒になっちゃったけど..
今思えばあの時から料理にも興味はあった
失敗はしたけど気持ちを込めて作ったから喜んでくれるって..
そう思ってたのに..
「そんなのは良い..それより香澄..」
「久しぶりにピアノを聴かせてみろ」
「え?」
優しかった父親はプロになって変わった
一切の甘さのない 自分の実力だけで稼ぐプロの世界に父親は染まったのだ
その頃からピアノ以外はさせて貰えなかった
やりたかった料理も「プロには必要ない」って一蹴された
あの頃から好きだったピアノを弾くのが怖かった
そして中学生になったある日父親に誓った
「私はもうピアノは弾かない」って
もちろん父親にはそんなこと聞いて貰えず今もずっとこんな感じだ
高校になってからはある程度落ち着いて
料理の事とかは目をつぶって貰えるようになった
その代わり「ピアノはもう弾かない」って約束した
父親は中途半端が嫌いだったから料理とピアノの両立は無理だって思ったみたい
だから私は高2になって鷹藤君にあってそこから料理だけずっとやって来た
でも..
私 やっぱりピアノが好きだったみたい
「..ポロン」
気がつくと演奏は終わっていた
「どうだった?」
「立花さん..」
私は臆病だから1人でピアノを弾くのが怖かった
だから鷹藤君になら..鷹藤君とならと思って弾いた
「俺はピアノ評論家じゃないし..音楽なんてこれぽっちも分からないけどさ」
「凄かったよ」
「そう..わざわざ聞いてもらってありがとう」
正直こうやってピアノを弾いたのも半年ぶりぐらいかもしれない
ずっと怖かったから ピアノを弾くのが
でも今日ここで 大好きだったこの場所でピアノを弾けた
ようやく決心できた これで気持ちも落ち着いた
ようやくピアノをやめる理由ができた気がする
これ以上ピアノを弾いてても自分が辛いだけだから..
好きだからこそこれ以上好きなピアノで傷つきたくないから..
「じゃあ..行こっか」
私はそう言ってぎこちない笑顔で立ち上がる
これで良かった..これで..
「でもさ」
「?」
私が荷物を受け取ろうと鷹藤君に近づいた時だった
「何だかさっきの曲の中に寂しさというか..
悲しい音が混じっているように聞こえたんだ」
「え?」
「お、俺は素人だから間違ってるかもしれないけど..
その..何か変な事言っちゃってさ..」
「..!!」
「っ!」
私は無意識のうちに涙を流していた
そしてそのまま感情のまま鷹藤君の胸に抱きつく
「わっ..!た、立花さん!?」
当然鷹藤君も驚いている
もちろん私自身もだ
「分かるの..? 鷹藤君..!」
おそらく今の私の顔は酷いことになっている
それでも涙が止まらなかった
ずっと辛かった 苦しかった
そんな私の叫びを曲の中から..
音の中から見つけてくれた..!
「分かるさ.. 君が辛いって事くらい..」
鷹藤君はそう言って私をそっと抱きしめてくれた
その時私の中でこれまで溜まっていたものが
感情のダムが崩壊したのかもしれない
「私..!ずっと辛かった!ピアノを弾くのが..!
大好きなのに..!だからここで忘れようとしたのに..」
「好きだった頃の思い出でピアノを忘れようとしたけど..
ダメだった.. だってピアノが好きだったから..」
「..」
鷹藤君は何も言わずただ私の話を聞いてくれる
それがとても居心地が良くて..暖かかった
感情のままひとしきりに泣いた後
鷹藤君はハンカチでそっと私の涙を拭いてくれた
「俺さ前に言ったようにずっと立花さんの味方だよ」
「だからもし立花さんが1人でピアノを弾くのが怖かったらいつでも側で聞くし
辛い気持ちだったら一緒に美味しい料理でも作って話聞くからさ..」
「だから..」
「また聴かせてよ..! 立花さんのピアノを」
「..!鷹藤君..!」
好きを諦めなくて良いんだよ
そう言ってくれてるような気がした
鷹藤君なりの言葉 それが今では何よりも嬉しくて..
「鷹藤君..」
何よりも暖かく感じた
「..勿論!」
流れていた涙もとっくに乾いて
夕陽も私達を照らしていた
私は今できる全力で笑った
「また来ようね!2人で!」
「..うん!」
今ここで確信した
私は鷹藤君の事が好きなんだ
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